落日のアッサム
[クール・アッサムの華麗なる日常、ダイジェスト版]
(俺の名は、クール・アッサム。
アッサム王家の末の末の更に末に連なるアッサム騎士爵家の息子。それが俺。
騎士とは、新ためて叙爵されない限り一代のみの貴族。
つまり、この社会で頭角を現すには、俺自身のみの実力で貴族位か、それに代わる位を勝ちとらねばならない。
望むところさ。
俺は、実力主義を標榜する冒険者ギルドに入り、四苦八苦、七転八倒しながら、七転び八起きしながら、遂に騎士と同格と認められるレッド昇格試験に挑むのであった。
そこで、俺は未来の嫁との運命の出会いを果たす。
一目惚れだ。
おお、麗しきアルファルファ・アールグレイ嬢。
俺の明けの明星。一番星よ。
待っていておくれ。試験に合格して君を迎えに行く。
だが、なんたる悲劇か。
俺の試験合格の前に立ちはだかったのは、俺の未来の花嫁、アールグレイ嬢だったのだ。
どうする俺?)
…以上。
初日、ハクバ山探索行出発。
同日、未来の嫁発見。
同日、未来の嫁と模擬戦、完敗。
同日、ブルー同士で総当たり戦、全員に完敗。嘘?!
最下位決定。
同日夜、風呂。←今ここ
今、俺は、露天風呂に入っている。
蓄積された疲労が、湯に拡散されていくようだ。
ああ…やっちまった。
侮っていた…レッドの実力を。
まさか、ブルーとレッドで、天地程の実力差があるとは。
傲っていた…戦闘力だけなら、俺ならレッドにも届くと。
今、考えれば恥ずかしい。何の根拠があったというのか。
未来の嫁との第一戦を想い返す。
…
最初、俺の蹴りは、通じたはずだ。
この技こそ、不断の修練でものにした必殺の蹴り。
油断も過信もせず、俺は、全力で蹴りを放った。
だが、女の子でも、流石レッドだ、受ける前に、一歩踏み込み受けたポイントをずらして威力を殺した。
流石だ…だが、ふんっ、俺達を舐め過ぎだぜ!
何が全員で、掛かってこいだ!
いくらレッドでも、複数のブルーを相手に余裕ぶるとは、舐めるにもほどがあるぜ。
ここは、躾てやらねば。
結婚生活は最初が肝心だ。
俺の蹴りを受けて小さく可愛い悲鳴をあげる嫁。
とたんに後悔する…躾てやらねばと思ったが、本当は本意ではない。
今すぐ、抱き起こして、土下座して謝りたい。
小さい頃、母の大切にしていた火の鳥の硝子細工が好きで、強く握り締めて壊してしまった事を思いだす。
だが、踏みとどまる。ぬぬ、心が揺らぐ…君との結婚が掛かっているんだ。今は、俺を許して欲しい。我慢だ…武人として手加減は出来ん。
未来の嫁を倒すのは不本意なれど、俺の必殺の蹴りの効果はあった。
倒せる→未来の花嫁、俺の強さに惚れる→レッド合格→未来の花嫁と結婚→俺、天にも昇る幸せ!
よ、よし、もう一度だ。
ブルー最上位の3人の力を結集した、縦列、俺を一番手にした、前から流れるような前衛、中衛、後衛の三連攻撃。
今日、初めて組んだ奴らだが、チームワークは、図らずも万全の体勢、流石、若くして選ばれたブルーの最上位(俺も含めてな) 。
俺は、この流れるような、三連攻撃をジェットストレートアタックと名付けた。
完璧だ。これは避けようがない。
それに対し、俺の未来の嫁は、ただ真っ直ぐ歩いて来ただけ。
俺達の強さに勝つのを、あきらめたのか?
勝った!…嫁が花嫁姿で俺の元へ歩いて来る幻想が見えた。
その瞬間、俺はゴム毬のように吹っ飛んだ。
車に轢かれたような衝撃を受けて、空に身体が舞い上がる。
なにー!この俺を吹っ飛ばしやがった!
錐揉み状に回転し、気を失う直前に地上の残りの二人も成す術無く吹っ飛ぶ姿が見えた…。
…
お湯をすくって、顔にかぶせる。
ふー。お湯の熱さが心地良い。
俺は、あの後、負けたのを自分の責としなかった。
負けたのに反省せず、教訓として活かせず、油断したから女の子だからと、知らずに手加減したとか自分を誤魔化した。
現実を見る勇気がなかったからだ。
そして貴重な負けた経験を、俺は無駄にしてしまった…。
今なら分かる…後の、俺の敗因は、そこにある。
…皆んなは、違った。
空を見上げれば、満天の星々。…なんて綺麗なんだ。
それに比べて、俺の無様な事よ。
気持ちが泥のように沈殿し続けている…今でも。
俺は、未来の嫁との再戦を想い返す…。
…
気を引き締めた。
前回、俺は、相手が未来の花嫁だと思い、何処かで手加減してしまったに違いない。
きっとそうだ。
何故なら俺の上段蹴りは、師範の御墨付きをもらった程の威力の蹴りだぞ。本物の蹴りだ。
今度こそ、油断はしない。いつも通りに闘えば俺の勝ちだ。
…
だが、結果は俺の負けであった…。
違う!
こ、これは武術ではない。
俺の蹴りが、十代の女の子に人差し指1本で軽々と止められるとは如何なる術か!
てっきり、武術戦かと思ったのに。
ずるいぞ。怪しげな幻術なぞ使いやがって!
可愛いくて、清純そうで、凛とした美しさがあって、あの胸が柔らかそうで、俺の好みドストライクならば、何をやってもいいのか。ど畜生ー!
…
カコーンと、風呂場に桶を置いた音が響く。
ん?誰かが入って来たのか。
今の俺の無様な姿を見せたくない。
俺は湯煙に隠れるように、肩口まで湯に浸かった。
ははっ…これも逃げだ。
俺という奴は、いつも肝心な処で、逃げ出す、誤魔化す、自分を騙す。
だから、幸せを、この手に掴むこと能わず。
幸せは、俺から逃げていく…当たり前だ。
自分から逃げる奴に、幸せなど来るものか。
ブルー同士の総当たり戦は、思い出したくもない。
自分の弱さを認めず、逃げたした駄目男と、自分の負けを素直に認める勇気を持ち、謙虚に反省して改善し、より強くなった者では、対戦しても結果は、最初から分かっていた。
俺は…俺は、全敗して初めて、自分が勇気の無い卑怯者だと認めることが出来た愚か者だ。
しかも、俺は愚かにも、今回選抜されたブルーの中でも、トップクラスだと思い込んでいた。
…何の根拠もないのに。
そんな俺に、ブルーの仲間達は気を使ってくれた。
料理は女子が作ってくれるし、テントの設営などの雑用はやっとくから、女子が入った後の一番風呂でも入って元気だせよと譲ってくれたルフナ曹長。
馬鹿野郎、それじゃ、俺が変態みたいじゃねえか。
まったくあの人は…。
ロッポ中尉や、レイ、フォーチュン曹長、年少のウバ曹長まで、この俺を気遣って声を掛けてくれた。
そこに俺に対する侮りや、同情は無い。
ただ労わりの心だけがあった。…なんて良い奴らなんだ。
その上、女子達も、声を掛けてくれた。
ダルジャン曹長なんか、俺の背中をバンッと叩いて、「元気だせ!青年よ、大志を抱け!」とか言ってくるし。
アントワネット曹長は、「私が武器の使い方を教えてあげてもよくってよ。」なんてツンツンしながら言ってきて参ったぜ。
エトワール少尉なんぞ「まあ、その…なんだ…げ、元気があれば、何でも出来るぞ。」なんて分からない事、言ってたけど、多分、あれ、俺を元気ずけようとしてくれたんだよな。
マリアージュ・エペ曹長は、理路整然と何故俺が駄目だったか教えてくれた。
傷口に塩を塗られたようで、辛かったが、他人から言われる事が俺には必要だったんだと、今は納得できる。
同期とは言え、俺の為に嫌な役どころを演じてくれた。
あいつには、もう頭が上がらないよ。
声を掛けてくれなかったのは、アールグレイ少尉ぐらいだ。
しかし、俺に厳しくする立場だから…しようがない。
はぁ、未来の嫁かぁ… …容姿だけは、俺の理想だったんだけどな。
また、いちから嫁さん、探さなきゃなぁ。
湯煙で眼が滲んで、前が良く見えない。
うう、さようなら、俺の未来の嫁…。
俺は、気合いを入れるように、お湯をすくって顔をあらった。
「…お湯加減、如何ですか?クール・アッサム曹長。」
俺を呼ぶ声が、湯煙の向こう側からした。
…近い。
しかも、この鈴を転がすような玲瓏な声は、アールグレイ少尉?!
まさに今、アールグレイ嬢の事を考えていたので、俺は度肝を抜かれ、慌てた。
「ど、ど、ど、どう、どう、うう…?」
「ど…ど?…どうしてですかと言いたいのですか?」
湯煙が、一陣の風が吹き、キョトンとしている少尉の身姿が見えた。
昼間の戦う姿とは違う、ラフな格好、表情も険が取れて、全体的に柔らかい。
ああ…やはり、…美しい。
吐血するほど、お嫁さんに、あなたが欲しいです。
せっかく、諦めかけたところに、どうして、貴女は、現れるのですか?
「ふむ、どうしてと聞かれても、お湯加減を見にきただけです。この露天風呂は、僕が作ったからね。責任があるから。湯加減どう?」
「丁度良いですけど…違います。仮にも適齢期の婦女子が、男の入浴中に風呂場に入るとは、あなた、恥ずかしくないんですか?」
「うむ、諸事情により大丈夫だ。恥ずかしくはない。だからと言って、流石に強引に見せられたら、恥ずかしいので無理強いはしないように。」
「しませんよ、そんなこと。するわけないでしょう。」
「ならば、問題ないな。よし。」
「よしじゃないですよ、問題ありありです。少尉殿。」
俺が、そう発言したところで、少尉殿は、微笑んだ。
それは、それは、花が咲くような微笑みだった。
あっ…
「…実は、皆が、アッサム曹長が元気無いと言って来るものだから、…心配して来たんだ。元気そうで何よりです。昼間は、僕も言い過ぎました。御免なさい。」
アールグレイ少尉が、頭を下げた。
あああ…何故に…今更…そんなこと…容姿も好みで、更に、凛とした強さと、こんなに素直な優しさを兼ね備えて、しかも俺を心配して来てくれた…こんなに中身も好みだったら、俺は、いったいどうしたら良いのだ…?
「曹長、僕は皆んなにレッドの実力を身に付けて欲しいと願っている。コホン…君は、今日学んだ。謙虚な心で常に精進する大切さを。序列は流動的だ。チャンスは、まだある。不断の努力の跡が窺える、あの蹴りを身に付けたアッサム曹長ならば、きっと序列は上がる。必ずレッドの実力を身に付けることが出来る。僕は曹長に期待している。頑張って!」
頑張って…頑張って…頑張って…
少尉殿の可愛いらしいお声が、俺の心の内で反響していく。
うおおおらうおおえおーー!
おるれおれはー復活したー!!
やるぞ、俺はやる。できるんだ、俺は出来る男!
お、俺こそは、絶対デキルマンだー!
身体中が、燃えるように熱い。
俺は、勢いよく立ち上がった。
「キャッ…ば、バカもの。無理矢理見せつけるなと言っただろう!」
この後、アールグレイ少尉殿に、メチャクチャ怒られた。
でも、こちらを見ないように目を瞑っていたので、全然怖くなかった。
逆に未来の花嫁に、早くに怒られてるようで新婚気分で心地良い。
愛でるように、はいはいと返事をしていく。
よし、未来の花嫁が、あなたなら。
出来ると言ってくれている。
俺、やってみるよ。ありがとう。