捕縛術
心と身体のバランスを取るには、運動が良いらしいと聞きかじったことがある。
アントワネットは、序列最下位から第5位まで駆け上った。
泣き止んだアントワネットを、煽てて、演舞を見してもらうことにする。
少し運動すれば、心身のバランスを取れるだろう目論みと、純粋に、アントワネットの成長具合をみたいから。
アントワネットは、恥ずかしげにテレテレしながら、腰から3本の樫の木の棒を取り出し、瞬時に組み立てた。
それは、僕が作ってアントワネットにあげた携帯用の組み立て杖である。
僕は、以前アントワネットに助言をした。
内容は、最近僕が感銘を受けた出来事。
シン・ラプサンスーチョン師こと火猿さんとの対局。
あの対戦は、火猿さんは勝ちを譲ってくれたけど、内容的には、ぼくの完敗である。
なかでも最後に見せた技、なんと奥義とも言える技を直前で止めたのは、まさに神技。
あれぞ、僕が目指す頂の一つ、[不殺の極意]から生じた技の一つであると思う。
うんうん…あれは凄いよ。普通不可能ですから。
しかしあそこ迄いかなくても、不殺の概念は、杖という武器にも表れている。
何が言いたかったと言うと、僕は、繊細な心優しいアントワネットに、相手を殺す必要は無いんだよと伝えたのだ。
要は、相手が敵対しないように制圧すれば良いだけの話しで、武士の剣術の中には、活人剣なるものもある。
他に、捕縛術など、殺さずに制圧、武装解除する技は、調べれば、結構ある。
もちろん、活人か殺人か、試される場面は、いつかは来るかもしれない。それでも、どちらかを選ぶかは自由だ。
この実力主義尊重の世界では、活人こそ難しい選択かもしれない。だけどそれは本人の自由自在だと思う。
あの時、僕の話しを聞いたアントワネットは、
「… …殺さなくても良いの?」
と、呟いて呆然としていた。
僕は、その質問に、頷いた。だって、あなたの自由ですから。
全く、貴族というのは面倒くさい。
直ぐに殺す殺さないの話しになる。
二択は、まだましで、何かあると直ぐ殺す一択だ。
中間は無いのですか?
あなたが殺したくないなら、殺さないで良いじゃないですか。自由です自由。
僕は、呆然としているアントワネットの耳元で囁いた。
そして、当日に携帯用の杖を作って、アントワネットにプレゼントした…更に技を、何手か教えただけ。
僕がしたのは、それだけ。
困って泣きそうな女の子が、いたから、少しだけ手助けしただけ。
お礼を言われるようなことはしていない。
僕がしたいから、しただけの話し。
後の努力や修練は、アントワネットが勝手にやっただけだから。
アントワネットが見せてくれた演舞は、華麗に踊るように流れるような杖と一体となった動きだった。
綺麗…流麗…魅せるような体術。
凄い、たった一日経っただけなのに、僕より遥かに上手くなっている。
多分、杖術自体がアントワネットに合っているのだろう。
教えた子が、僕を越えていく姿を見ると…不覚にも感動してしまった。
この子は、自分の力で山を一つ乗り越えたんだ…。
胸元が熱くなる。
思わず、拍手して…駆け寄って、両手でアントワネットの手を握って、上下に振り回して、最後に抱きしめてしまった。…凄い凄い。
アントワネットが棒立ちになって硬直している。
感動です。
前世を通じて、この様な感動は初めて。
僕は、アントワネットの師匠ではないけど、たいした手助けはしてないけど、それでも人が成長する姿を間近で見るのは、感動です。凄い。
この時、僕は接近して来る足音を見逃した。
味方である深い青色のマークが接近している事は気がついていた。味方であるから気にしてなかった。
しかも、これほどの深い青色はファーちゃんレベルで、かなりの親近感のある超味方であるから、全然警戒していなかった。
ガサゴソと垣根を掻き分けて、ショコラちゃんが現れた。
「アールグレイ様ー!あなたのショコラ・マリアージュが帰って来ましたよ♪… …あ!」
あ!
ショコラちゃんの動きが止まった。
アントワネットを抱きしめていた僕の動きも止まった。
何も後ろめたいことは、無いはず。
なのに、なんだろう、このマズイ雰囲気は。
まるで、浮気現場を見られた亭主のような…。
ショコラちゃんの目元に涙が滲み出ている。
「アールグレイ様のバカー!」
踵を返して駆け去っていくショコラちゃん。
あ…!
「少尉殿、いけません。直ぐにショコラ様を追って行って誤解を解いて下さい。早く!」
アントワネットに諭されて、直ぐにショコラちゃんを追いかける。
で、でも、僕達、女の子同士だよ。
誤解も何も無いでしょうに???
全く、訳が分からない。
ショコラちゃんに追いついた僕は、訳が分からぬまま、必死に言い訳した。
散々謝って、ようやく許してくれた。
解せぬ。
何故、僕が謝らなければならぬのか…全く分からない。
でも、何か謝らなければマズイ気がする。
世の中には、まだ僕の理解できぬ理があるらしい。
この後、ショコラちゃんから、アントワネット嬢もエペ家の一門ですから、特別に認めますけど、一番は私ですからね。と宣言されたけど。
うーん…考えたけど、よく分からないよ。
アントワネットも友達の輪に加わって良いとの、了承なのだろうか?