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アールグレイの日常  作者: さくら
天竺行路
201/615

フォレ・ノワール(前編)

 夜の森は、キャンプ地の明かりが際立つほど、周りの闇も際立つ。



 夜の森は、黒き森、人智の及ぶ処では、ごさいません。

 いかにお強い少尉殿といえども遭難する危険すらあります。

 もうすぐ夜の帷が落ちます。


 私、超心配です。

 お玉で、鍋の中身をかき混ぜながら、溜め息をつく。


 私の名は、ショコラ・マリアージュ・エペ。

 アールグレイ少尉殿の、親友で弟子で部下であります。

 ついでに、エペ侯爵家の息女で、ギルドのブルー。

 そして、レッド昇格試験兼ハクバ山探索任務の真っ最中。

 只今、アールグレイ少尉殿の為に料理している最中なのです。


 今日の夕食は、豚汁です。

 何となく、アールグレイ少尉殿のことを想っていたら、豚汁かなと感じましたので、率先して提案して料理した次第です。


 但し、今日作った豚汁は、正確に言うと猪汁です。

 少尉殿が、今日、軽運動の際、通行の妨げになった猪の頭を横から刺すように蹴り上げたところ、脳震盪を起こして斜面を落ちた際に、岩にぶつかりお亡くなりなったのでございます。

 何て運の無い。


 いや…少尉殿に食べられて、少尉殿の血となり肉となるならば、この猪の何と言う幸運なのか。

 羨ましさまで覚える。…少尉殿に食べられる。

 自分の考えに興奮して、かき混ぜる速度があがる。

 ムフー。

 猪に嫉妬すら覚える。


 ああ、私、…少尉殿に食べられてしまうのですね。


 あ、いえ、少し間違えました。

 私が作った料理、少尉殿のお口に入るのですね。


 …想像するだけで、鼻血が出そうです。

 慌てて、右手を鼻の位置に持っていって覆う。

 私の鼻血が、鍋の中に入ったら洒落になりません。

 内心で想う事と現実に作用する事は別に考えなければ。


 …でも、不可抗力で一滴ぐらい入って、少尉殿の、あの可愛らしいお口に入るとしたら?

 …

 ふおっ…更に胸がキュンキュンとして、動悸息切れ、目眩が起こり、幸せ感で泣きそうになって来ます。

 ヤバい、私、ヤバいです。


 分かりますか、私のこの推しを想う気持ちが、あなたに?


 ああ、少尉殿、早く帰って来ないかしら。


 猪肉のステーキは、お帰りになられてから焼きましょう。



 フォレストノワールは、黒き森、あなたと一緒に迷いましょう。♪

 フォレストノワールは、黒き森、あなたと一緒ならば、怖くない♪

 フォレストノワールは、黒き森、あなたと一緒ならば、生きられる♪

 フォレストノワールは、黒き森、誰にもあなたを渡さない♪

 フォレストノワールは、黒き森、あなたは私、私はあなた♪


 …


 子供の頃、お母様から聞かされた[森林讃歌]の一節をハミングしながら、鍋の中をかき混ぜていく。

 楽しい!なにこれ?誰かの帰りを待って、料理を作るだけなのに、…とっても楽しい。


 今日一日、訓練、訓練で身体が疲れてるにもかかわらず、自然と動く。

 これが、幸せというものなのかしら。

 こんな思いは、初めてです。

 お母様やお父様と、一緒にいると安心するような幸福感とは、又、別の、天まで昇るような痺れるような幸せ。

 ドキドキする。

 はわわわわ…。

 この依頼受けて、本当に良かった。

 薦めてくれたダージリンのお姉さまには、感謝感激です。

 帰ったら、この感動を感謝にして、お伝えしたい。


 

 幸せ感満載でいると、エトワール少尉が近づいて来てるのに気付いた。

 んん…何かしら?

 「順調か?ショコラ曹長。」


 「Yes Sir。エトワール少尉。」

 敬礼して、返答す。


 でも、回答してもエトワール少尉は、立ち去ろうとはしなかった。

 料理の進行状況の確認以外に、私に話しがあるのだろうか?


 …正直言って、エトワール少尉とは、仲はよろしく無い。

 本能的に、この女とは仲良く出来ないと、私は感じている。

 これは、女の感です。


 加えて、エトワール少尉の様な、人様を何とも思わないような言動が、如実に、この女の性格の悪さを表していて、一言で言うと、嫌いです。

 生理的に合いません。

 

 エペ家の方針としては、誰とでも仲良く、協調性を大事にしています。

 それでも個人的に相性の悪い相手は、現に存在します。

 エペ家家訓註釈録には、こう記載あります。

 [これは善し悪しの問題ではなく、単に相性が悪いだけで誰が悪いものでもない。そういうものだと思うしか致し方なし。]

 そして、私がそう感じると言うことは、エトワール少尉も私に対し同様に感じていると思うのです。

 好悪の感情は、とかく相手に伝わりやすし。


 エトワール少尉は、アールグレイ少尉殿に半端なく執着しているので、尚更、私は目の上のたん瘤でしょう。


 かろうじて、私達の間の繋がりは、所謂、推し仲間とも言えないこともありません。

 もちろん、私達が推してるのは、アールグレイ少尉殿ですよ!

 つまり、私達が本能的に反目しながらも、表面上協調路線を敷いていられるのは、アールグレイ少尉殿が、それを望んでいるからなのです。

 私がエトワール少尉から傷つけられたり、またその逆も、少尉殿は許さないでしょう。

 そして、その様なことになったら、アールグレイ少尉殿は、海よりも深く哀しむことでしょう。

 その際の少尉殿の心情を想うだけで、私、耐えられません。

 うう…苦しいです。

 

 もし、私が謀略により、エトワール少尉を弑したとしても、アールグレイ少尉殿は、きっと勘付く。

 だからこそ、私もエトワール少尉に処分されることはないと安心していられる。

 だって、あの頭の良い女が、アールグレイ少尉殿の察知力に気付かないはずがないから。


 少尉殿の異常とも言うべき、未来予知のような勘の鋭さは、過去にも使えるから、上手く処理しても、きっと気付かれる。

 普段、少尉殿は、隙があり過ぎるのに、その落差が激しい。

 少尉殿の察知能力の根拠は、9割方、五感を修練により100%以上伸ばした成果の総合知覚によるものだと、私は推測してます。

 更にそれらの情報を基にした総合類推力。

 まるで、意識が常に複数個あって、多角度の見方から意見交換しながら、失敗しないようにアールグレイ社の経営方針を決定してるかのよう…時折り、私は、アールグレイ少尉殿の中に複数人いるかのように感じます。

 むろん、これは私の気のせいでしょう。

 

 …


 「ショコラ曹長、貴様はアールと、出会うのは昨日が初であったな。…私が、アールと会ったのは、私達が8歳の時だった…。」

 黙っていたエトワール少尉が、とうとう語り始めました。

 少尉の会話は、幻惑するような道筋を辿り、終着点が予想つかない。放って置けば、終始主導権を取られっぱなしになってしまう。流れを一旦止めなければ…。

 「ちょっと待ってください。その語り、もしかして長くなりますか?」

 私は、エトワール少尉が語りだした処でストップを掛けた。

 出会いからの長さを、軽く自慢されたようで、ムカついたのもありますが、何となく、先の理由もあるし、一旦止めた方が良い気がしたのです。

 明確な理由は、ありません。


 「む、無論だ。アールや私達にとって大事な話しである。理解してもらう為に前置きが長くなるが辛抱して欲しい。」

 「…分かりました。邪魔してすいませんでした。」

 今までと違うエトワール少尉の殊勝な態度に、こちらも襟を正す。

 誠意には誠意を持って返す。

 今回はエペ家の家訓に従う方が良さそうと判断しました。

 なによりもアールグレイ少尉殿の大事な話しなら尚更です。


 「コホン、では話すぞ。そもそも私とアールは… 」



 



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