縦走
あー、楽しかった。堪能しました。
隣山の山頂まで足を伸ばし、見晴らし良い景色を十二分に堪能してから、元来た道を返す。
うんうん…景色は隣りのカゲ山の方が良かった。
帰りは、一度通った道なので、走って帰ってみる。
縦走です。
飛ばしてみる。
景色が流れていく。
あはは…楽しい。
「ま、待ってくれーー!置いてかないでくれー!」
ん…何か聞こえる。
あっ、ロッポさんを忘れてた。
急ブレーキを掛ける。
土煙りが辺りに、たなびく。
後ろを振り向くと、ロッポさんが、必死で走って来る。
速い。…速いね。
普段、重厚なイメージのロッポさんが、汗を吹き出しながら、眼を見開いて、走って来る。必死だ。
うんうん…人が一生懸命な姿は、美しき哉。
速い。いつもの三倍速だ。
やるではないですか。見直しました。
この速度でなら、僕が軽く走る感覚でなら一緒に走れるね。
良き哉。良き哉。
「た、た、助けてくれーー!」
ん…良く見ると、追同者がいる。
いつ、知り合ったの?
ロッポさん、コミュニケーション能力高し。
「た、た、たすけて、殺されるぅ。」
おお、良く見ると熊さんだった。
ゆうに3mはある。
ロッポさんの後ろから、走って追って来ている。
熊率が高い。
もしかしたら、ここは熊王国なのかもしれない。
だとしたら、僕らは部外者なんだね。
待っている間、腕を組んで考えてみる。
熊の走る速度は、時速60km。車と、ほぼ同じ。
つまり、ロッポさんは、熊に追いつかれずに走っているから車と同じ速度で山中を走っていることになる。
そう、考えると凄いね…うんうん。
「はひー、はひー、お願い、し、し、しぬぅ。」
残念。ロッポさんの走る速度が落ちてきている。どうやら、もう終わりみたいだ…いやいや、ロッポさんの事だから、まだ期待できるかも。
もっと、ロッポさんの一生懸命な姿を観たい。
僕は、人が働く姿を観たり、人が一生懸命な姿を観るのが好きなのです。
だって、尊いでしょう。
何だかドキドキするし。
「ぐゅひぃ、くひゅ、だ、だずげ…グハッ。」
ロッポさんは、僕がいる処から、50m手前で転けた。
あら?!
うーーん、残念です。あと少しであらせられたのに。
僕の紅潮したテンションが下がっていく。
溜め息をつく。
人差し指を伸ばす。
「流円斬・発。」
呟くと、指先上に、高速回転する輝く円盤が出現し、ロッポさんに襲いかかる熊さんの首を目掛けてシュルシュルと滑るように流れて行った。
ウバ君を真似て構築した初めての術である。
上手くいって良かった。
まさに、ロッポさんに襲いかかる直前に、僕が放った円盤は、熊の首を、いとも簡単に切り裂いた後、樹木を何本か切り倒してから消えた。
ボトリと地面に落ちた熊の口が、ガオガオッと開いている。
吠え声は、出ない。
ププッ…ちょっと間抜け。
胴体の首からは、血が噴水の様に噴き出している。
身体は仁王立ちだ。
人を殺すというのであれば、殺されることも至極当然である。当たり前です。
命の代価は、命で支払え。
ロッポさんが、涙を流し鼻水を流し涎を垂らし汗を流して、咳をしながら、四つん這いになって、ヒーコーヒーコーと呼吸音を周りに流している。
うんうん…良く頑張りましたね。
良い経験をしました。
きっと、今のでロッポさんの身体は限界を越えた能力を記憶した事だろう。次回からロッポさんは身体能力が向上する。
素晴らしい。
喜ばしいことだ。
ロッポさんを護れた、ロッポさんの身体能力も向上する。
良い事ずくめです。
「帰る…俺は…帰るんだ…ハヒ、か、か、帰る、ガハッ。」
うんうん…分かりました。皆んなの処へ帰りましょう。
明日もありますからね。
僕は、ロッポさんに、浄化の魔法を掛けた後、睡眠回復魔法を掛けた。
これは睡眠により、無理なく心身を回復させる魔法である。
疲労には睡眠が一番効く。
クタリッと僕にもたれ掛かるロッポさんを担いで走り出す。
うん…そんなに重くは無い。
幸い僕の今日の荷物は、腰回りに収納可能な物ばかりだし。
きっと日没前に、麓に戻れるはず。
今日のお夕飯は、何だろう?