縦歩
むむ、すっかりロッポ中尉が自信を失くしている。
見てて気の毒なくらいです。
午前中の自信満々な人とは、まるで別人のよう。
自信喪失の理由は、何だろうか?
熊さんを、ぶん殴りながら考える。
アンギャーー!
絶望の叫びをあげながら崖を落ちていく熊さん。
大丈夫、加減してるから、僕、動物に優しい。
この山は、熊さんが良く出没する。
やはり、数千年で生態系が変わっているのだ。
ガラガラと樹々を薙ぎ倒しながら落ちていく音が、森のしじまに木霊する。
うん、今の熊さんは大きかったので、まず鳩尾に肘を打ち込み、落ちて来た頭に、トルネードを叩き込みました。
うんうん…何だか段々、分かって来たような気がしてきました。
こう、クイッと来て、グルっとしてドーンですね。
今打ったトルネードの軌跡をたどる。
空気が渦を巻き、切り裂くような何とも言えない音がする。
都会では、味わえない森の静寂さと、熊さんの叫び声。
森の中は、陽の光りと熱を遮り、涼やかである。
これは標高の高さも関係しているかも。
少し、涼しいかも…動いているから、ちょうど良い温度です。
大地を踏み締めて、稜線を進む。
うんうん、僕、今を生きている感じがして、感慨一入だよ。
高揚している気分だけれども、やはり、連れの意気消沈ぶりが気になってしまう。
僕の後を、ションボリと黙々と付いてくるロッポ中尉。
ああ…見るからに落ち込んでる。
歳も性別も、生き方も考え方すら違う僕達だけど、今は山を一緒に登る仲間です。
助け合わなくては…そうですよね?
しかし、アイデアが思い浮かばない。
うーん、頭を捻る。どうしよう…。
ここは、若輩者の僕よりも、前世の経験から来る知恵を借りよう。
記憶をたどる。
人からされて嬉しかったこと…?
… …!
うんうん…確か、好みの女の子から誉められたりすると、たとえお世辞と分かっていても嬉しかった…心が天井まで舞い上がった記憶がヒット!
何だか他人の内心を覗き見してるようで、ちょっと心苦しいような、恥ずかしいようなムズムズする気分だけど、自分自身の前世だから、同じ魂だからセーフだよね?
大丈夫…ドキドキ…大丈夫。
微妙な気持ちになりながらもヒントを見つけました。
こ、これだ!…たしか誉め殺しと言ったっけ?ちょっと違うかもしれないけど。女の子から誉められると男は皆嬉しい法則があるらしいと知る。
この法則は、今世でも、多分有効。
幸い、今の僕は女の子。
ロッポ中尉の好みとは違うかもしれないけど、それでも有資格者には違いあるまい。
誉めるとは、その人の良い所を述べれば良い。
簡単だ。よし!
「それにしても、ロッポ中尉は凄いなぁ。あの測量技術は。」
僕の言葉に、俯いていたロッポさんが顔を向ける。
「ふっ…いやいや、君に比べたら僕なんて……。」
やれやれと、かぶりを振って否定するロッポさん。
「そんな事無いですよ。あの技術力は一朝一夕で身につくものではありませんよ。測量には数学的技能も必要だし、現場での実務能力も重要だし、世界を測るって、世界を創るくらい凄い事ですよね。ロッポ中尉が一流の測量技術を身に付けてるから、人類は一歩、文明を進めることが出来るんです。人跡未踏の地を、人類の版図に加える最初の一歩を、今、ロッポ中尉が踏んでいるのです。歴史に残る価値がある最初の一歩、これは人類にとっての大きな一歩です。僕も、そんなロッポ中尉の偉大な業績のお役に立てて、とっても光栄です。地図造りって、その行程も苦労しますけど、結果は皆んなの為になる大切なお仕事だと思います。ロッポ中尉が居なければ、このミッションは成立しません。ロッポ中尉は、この探索部隊の要です。」
畳み掛けるように、誉めまくる。
もっとも、本当に思っていることだから、文面はあまり考えなくても、ツラツラと出てくる。
「ははは、いやいや…そんなことないよ。俺は弱いしね…君の足を引っ張っているのでは無いかと心苦しいよ。」
ロッポさんは、苦笑しながらも少しずつ持ち直したような…でも、後半やはり、自分で言ってて落ち込んでいた。
けれども、ロッポさんの、自分は弱いとの言葉は、その心情は、僕にも分かる。僕自身が自分の事を、そう思っているから。
「ロッポ中尉、弱い事は恥ではありません。人は弱い。でも弱いままではありません。それは恥ではありません。僕は、ロッポ中尉を尊敬しています。」
僕は、思わずロッポさんの直近まで、近づき、その眼を見ながら真剣に言った。
反射的に言ってしまった。
ああ…僕の今の気持ちが伝わるような言葉が欲しい。
語彙が少なくて申し訳ない、悔しい。
ロッポさんは、絶句していた。
僕みたいな小娘に、こんな断定口調で言われても励ましにはならないかもしれない。
しまった…これは失敗した。
もっと、こう、誉めて、誉めて、誉めまくるつもりだったのに。
「…ありがとう。嬉しいよ。」
しばらくして、ロッポさんから御礼のお言葉をいただいた。
うん…ロッポさん、御免なさい、僕、まだまだ修練が足りませんでした。
次から、失敗なきよう誉める練習して来ますから。
それでも、ロッポさんは、態度が、一見して、以前に戻ったようだ。
うんうん、ロッポさん…大人ですね。
僕に、心配掛けまいと無理に演技してるかもしれないけど。
「ロッポ中尉、先駆け、護衛は、僕にお任せ下さい。絶対お護り致しますからご安心を。」
元気よく、ロッポさんに呼びかける。
「ははは、其処は安心しているよ。…ふむ、俺の勘では、もう直ぐ、隣山の頂上だ。」
…其処から隣山の山頂まで、一時間くらい掛かりました。
ロッポさんの勘は当てに出来ないです。