[閑話休題]ギャル・セイロンの日常(後編)
護衛任務は女騎士とお昼で交代。
本日の午後の勤務は待機です。
殿下がお出掛けしない限り、城の中ならば所在を明らかにしてれば、それで良い待機なので、大抵は訓練に当ててます。
まあ、私の出番は無いでしょう。
だって私より強い女騎士とメイドが側に付いている。
私の気持ち的には微妙な感じですけど、殿下の安全ならば私が護衛するより安心です…ん、やっぱり微妙だ。
私の思いとは裏腹に、いまや、女騎士は、殿下を主としました。
もはや一連托生です。
たとえ、殿下が伯爵家から追放されたとしても、騎士は自分が選んだ主人に殉じます。
主人を選んだ騎士ほど、殿下を護るに、託すのに、相応しい人材はありません。
私も、安心してお昼ご飯を食べにいけます。
この城には食堂があります。
今日のA定食は、牛丼セット。
食券を買い注文すると、取り出し口から定食が出て来る。
食券を食券入れに投ずると、後は自分で運ぶだけ。
今日は周りに知り合いが居ないので、一人で牛丼を食す。
うーん。味は普通に美味しいな。
でも、…何か物足りない。
うーん、文句は言えない。格安だし。安月給の身上では、ありがたい場所。
でも、食堂内は、お昼時なのに閑散としている。
噂では、この食堂を運営する補給隊も今月で解散するとか。
リストラの一環らしい。…またか。
以後、外注になるらしいけど、その分値段は跳ね上がるはず。…利用は少ないと思う。
うーーーん。考えを巡らせる。私の予想では年内に閉鎖、又はある程度の顧客が見込めればユルユルと開業を続けるかもしれない。
目端の効く外の商人がいれば、個別注文に移行していくかも。
流れが読めてしまった。
城の全職員のご飯の大量需要の発生です。
決めた人は、民間の活性化を狙っているのかな?
付け合わせの卵を溶いて、牛丼の上に掛け、更に七味を掛ける。
それにしても軍の要とも言える補給隊を無くして大丈夫なのだろうか?
…モグモグ。
いざ何かあった時に補給がなければ立ち行かない。
普段、無駄でも常備しなければならないモノがある。
必要になってからでは遅いのに。
…パクパク。
伯爵は、阿呆なのだろうか?
伯爵領の行く末が心配になる。
牛丼を食べ終えた。
うーん、やはり、満足感は無い。
ううっ、アールちゃんが片手間に作ってくれたご飯が食べたい。アールちゃんの顔を見てるだけでご飯三杯はいけます。
アールちゃんが挽いてくれた珈琲が飲みたい。
これは、きっとアールちゃん欠乏症だ。
私の頭脳が活性化する。
伯爵領のイベントに人材を外注することは良くある話しだし。…よし…殿下にお願いして、アールちゃんを注文しよう。
でも、きっとアールちゃんは高い。
きっとキャバクラのNo.1より高いと思う。
私のお給料では無理だから。
殿下、お願いしますね。
きっとクラッシュ様も、賛成してくれるに違いない。
よし、午後は、クラッシュ様への取り込み工作です。
殿下にお願いする前に、殿下に多大な影響を与えるクラッシュ様を説得です。
外堀から埋めるのです。
クラッシュ様は、アールちゃんファン疑惑があるくらいだから、きっと賛成してくれると思う。
城の中庭の奥、森の一隅にクラッシュ様がいた。
ビンゴです。
会うと訓練に強制参加させられるので、いつもは逃げてるけれど、今日は別です。
早速、声を掛けようとすると…
「ギャル・セイロン!」
クラッシュ様の大音声が、城内に木霊する。
「ヒッ…。」
声の波動で、身体がビリビリとした。
な、な、な、なんなの?
私、何かしましたか?
驚きで、ドキドキしながら、クラッシュ様を見てみる。
…泣いていた。
クラッシュ様が泣いていた。滂沱の涙を流している。
え?…わけが分かりません。
私の心の中に住まうアールちゃんも首を傾げている。
私が立ちぼうけしてると、クラッシュ様が何やら語りだした。
「…待っていた。我輩は待っていたぞ。やはり、我輩の読心術に間違いは無かった。あの時、我輩には聞こえたのだ。」
(…クラッシュ師匠、私は偉大なる師匠には相応しくありません。貴方に比べたら私は塵芥のような存在。私は貴方の教えを受けるには心苦しいほどに微塵子です。でもどうか待っていてください。心を鍛えて恥を感じない図太さを身につけて戻って来ます。貴方の元へ。それまで待っていて下さい。かしこ、貴方の最愛の弟子ギャル・セイロンより。)
「…よくぞ、戻って来た我が弟子よ。分かっていた。…我輩には分かっていた。」
うへー、な、な、なんですか、それ!
あまりの頓珍漢な理由に理解が追いつかない。
そして想定外の理由に身体が動かない。
私の頭脳が大混乱です。
目が回りそう。
この男は、やっぱり、とんでもない読心をしていた。
何にも読めてないじゃん。
この後、感激したクラッシュ様に散々鍛え上げられた。
私は、あまりの訓練の厳しさに途中何回か、気絶して…定時になっても帰って来ないことに心配して来られた殿下に救われました。
女騎士からは、羨ましがられた。…騎士の感性がよく分からない。
私の三倍の訓練量を平気でこなし、鼻歌鳴らしながら上機嫌なクラッシュ様に、倒れ伏した状態で、死にそうなか細い声で、私のアールちゃん呼ぼう案を提案したところ、「うむ、頃合いであるな。」と、賛成してくれた。
頃合いって、いったい何?
とにかく、成功したのかな。
今、私、身体中から、何もかもが昇華した気分です。
それでもアールちゃんへの想いは、しっかり残っている。
…アールちゃんに近いうちに会えるかもしれない。
嬉しいです。
沸々と喜びが湧く。
…友情ですよ。
誤解なきように。