山岳経路
暑い。
暑すぎる。まるで夏のようだ。
朝食後、皆で軽く運動。
サラッと済ませて、それぞれお仕事です。
働かざる者食うべからず。
うむ、真理です。この真理を蔑ろにすると社会が崩壊します。社会が崩壊すると、人間は生きていけない。
人間社会唯一の真理と言って良い。
この真理を維持できれば、どんな社会でも何とかなる気がします。
逆に、どんなに素晴らしい社会とされていても、真理を維持できてなければ崩壊すると思う。
働く人がいなければ社会が成り立たないのは当たり前です。
もちろん例外もあります。
子供とか。病人とか。お休み中とか。
子供には、何も考えず笑って遊んでいて欲しい。
逆に大人になっても、働かず遊んでいるのは困りものですけど。
かくいう、この怠け者の僕も真理には逆らえない。
美味しいご飯をいただいたからには、働かなくてはならないのです。
さあ、まずは山登りしながら測量です。
暑い、まるで夏のようです。
帽子を被り、タオルを首に巻いて、滴り落ちる汗を拭く。
測量技術などないので、ロッポ中尉の指示の通りにする。
言いなりです。
最初は、ロッポ中尉の講釈を聞いていましたが、チンプンカンプンでしたので、もはや言いなりで良いでしょう。
中尉が走れと言えば走り、飛べと言えば飛び、三角点を作れと言えば造り、脱げと言えば脱ぎます。
…冗談です。
万に一つも、そんな事言って来たら、娘さんに言いつけてあげますけど。僕、ロッポ中尉は、常識人の人格者だと安心してますから。そんな事は100%無いと確信してます。
ロッポ中尉の説明によると、最初は原点を設定し、それを基点にして、更に別の基点をつくり、点と点を結んで基準線をつくる。更に任意の点を設けて角度を測定。
とにかく三角形を作りまくり、測る、測る、測る。
三角測量と言うらしいです。
こ、これは、数学の素養も必要ですね。
重い資機材を持って移動して、測り、記録するのはロッポ中尉の役割。
僕は、ロッポ中尉の指示のもと、空から写真撮ったり、メジャーの端を持って、走って行って実測したり、伐採したり、道を造ったり、とにかく基準点を造りまくる。
なるほど、測量は2名1組というのが頷ける労働量です。
ロッポ中尉から、こんなに楽な山岳測量は初めてだと感謝される。
……それはようございました。
僕も、こんなに山中を飛んだり跳ねたり走ったのは初めてです。ロッポ中尉、意外に人使いが荒い。
山頂で、お昼ご飯食べる。
バーナーでお湯を沸かしてつくったカップ麺とお握りです。
景色を見て、食べながら思い出す。
遥か昔に、ここで山菜蕎麦食べた気がするよ…
あそこに店が建っていて、あそこにも…
でも今は、もう何も無い。
風に吹かれました。
長い、長い、とても長い、悠久の時の流れを感じる…
感傷だ、分かっている。
食後に珈琲を飲みながら、ロッポ中尉と話しをする。
ハクバ山の20%の測量は、午前で終了したそうです。
午後は、次回に向けて、隣り山まで稜線を歩いていきます。
今日は、それで終わり。
山頂から山頂への稜線を歩くですか。
これは、午前中必死に働いた、僕に対するご褒美ですね。
ちなみに今日アクシデントは、ありません。
毎日アクシデントでは、こちらの身がもちませんから。
普通毎日日常生活で、突発事態など無いでしょう?
何も無いつまらない日常こそ、至高。
今は、稜線の散策を楽しむのです。
風の囁き声、小鳥の囀り、木の葉の擦れる音さえ愛おしい。
詩ってみたりする。
この道は、いつか来た道
ソラから舞い降りた風が通り過ぎる道
あなたと二人歩いた
森林の緑に光りが縁取るこの道を
通り過ぎる清らかで涼やかな風は
夏の日に水を浴びたようにヒヤリとして、振り返る
思い出す あなたが居て、隣りに私がいたのに
今は一人で私が歩いていく
色褪せない、変わらない景色 変わらない日々
あなただけがいない だから待っている いつまでも
世界が一周して、あなたに又会えるのを
また、この道を歩こう 一緒に
うんうん…実に気分が良い。
身体の中のストレスが抜け出て、清涼な空と山の空気と森林のフォトンで浄化してシュワシュワでフワフワスッキリですよ。
当たりだ。
大当たりの依頼だよ。
この依頼受けて良かった…。
感動だ。
気分良く唄ってる途中で、道の両サイドから森林狼が群れを成して襲いかかって来たけど、2丁拳銃を取り出し全弾フルオートで額を撃ち抜いてたらバタバタ倒れていったのは、春に降る五月雨のようで、風流でしたし…
空から金色のドラゴンようの物体がブレスを吐きながら降ってきたのを、真似して口から波動を出して、爆け散らしたのは、春に鳴る春雷のようで、とても風情がありました。
実に良い気晴らしになりました。
時々、熊さんが現れるので、軽くトルネードでこずいてやると、アンギャーと叫び、下り斜面を滑っていく。
森に熊の声が木霊する。
うんうん…実に雅な気分です。心に余裕というか、職場が森林の中なんて素敵ですよね。
ねえ、ロッポ中尉、そうですよね?
僕は、すっかり忘れていたロッポ中尉を振り返る。
大岩の影から、ロッポ中尉が顔を恐る恐る出している。
「…終わったかい?」
心細いように声を出している。
午前中の自信に満ち満ちたロッポさんとは、まるで違うロッポ中尉が、そこにいた。
あれ?なんか違う。
でも、僕、この晴れやかな気分を共有したい。
「中尉、このような自然が職場ならば、素晴らしいですよね。僕、許すならば、ずっとここで仕事したいです。アッ、でも週一でスイーツ食べに帰りたいですけど。」
「い、いかん!いかんぞ!…いやいや、君は、山や森を舐めている。山や森は人跡未踏の地、我々が敵わぬ未知の力を持った恐るべきモノが棲む地、君の言う、そんな安楽な地では無いはずだ。…帰るぞ。仕事が終わったら我々は家に帰る。帰るったら絶対帰る。俺は家族のもとに帰るんだ。これは決定事項だ。残るなど許さん。許さんぞう。」
ロッポ中尉は、涙を流して、帰ることを主張していた。
え?いや、べつに僕も仕事終われば帰るけどさ。
何も、そんなに涙を流してまで主張しなくても…
ロッポ中尉の尋常じゃない様子に、ちょっと唖然。
ど、どうしたのかな、ロッポさん?
何か心理的にあったのかな…?
もしかしてホームシック?
そりゃ僕も帰るけどさ。ちょっと言ってみただけだよ。
それにしても山男のロッポさんすら、このように恐れるモノが、山にはあるのだろうか。
僕、ちょっと浮かれてたよ…反省反省。
よし、…探知範囲を広げてみる。
ん、…先ほど出て来たクラス程度しかウジャウジャいない。
「中尉、大丈夫です。今のところ、大した脅威は周囲にありません。」
僕は、中尉を安心させる為に、ニッコリ微笑んで報告した。