chocolat裏(後編)
模擬戦が全て終了しました。
一時、気を失って戦線離脱していましたが、目覚めた後、まるで生まれ変わったように、スッキリしてました。
身体中の成分や組成が今までの自分とまるで違う感覚なのです。目覚めた時に柑橘系の香りがして、これはアールグレイ少尉殿の香りだと分かりました。
んん…嬉し恥ずかしい。
抱き締められたの夢ではなかったのですね。
アールグレイ少尉殿の成分を吸い込みます。
周りを見渡し、深呼吸。
これで、勇気百倍です。
ブルー同士の総当たり戦の中身は、割愛しますが、僅か二試合、少尉殿に稽古を付けてもらっただけで、皆の実力と気合いが急上昇で、本当に皆んな成長著しく、激しい戦闘になり、勝ち残るのに苦労致しました。
でも、私は、8人中、序列第2位を勝ち取りました。
えへん。凄いでしょう。
これは、試合前に吸い込んだアールグレイ少尉殿の成分の効果かも。
ですが、ルフナ曹長には不覚を取り、第1位を逃しました。
本当にあの御人はしぶとかった。
この私が、技倆以前の覚悟で負けてしまいました。
他は、接戦ながらも、下しましたから、少尉殿には、是非褒めてもらいたい。
私は、褒めて伸びるタイプだと思うのです。
ほんに頭脳から身体から精神まで、全精力を使いきり勝ち上がりました。
だから、エナジーゼロです。
本当は立ち上がるのも億劫なんですが。
試合後、アールグレイ少尉殿に呼ばれました。
褒めて、又抱きしめてくれるかもしれない。
疲れた身体に鞭打ち、嬉々として少尉殿の処に馳せ参じました。…すると、相談されました。
少尉殿は、お風呂に入りたいという。
少尉殿の希望だから、何とかしたいと思うのです。
んん…目を瞑り、腕を組んで考えました。
無理と言う二文字が脳裏に浮かびます。
もし、少尉殿以外から、このような事を言われたら、張り倒していると思いますが、折角、私を頼ってくれたので、何とかしたいと思います。
んん…都市部ならエペ家の力で、あっさり可能です。
でも、人跡未踏のこの地では、何の力にもなりません。
ああ…折角、私の推しが、私を頼ってくれたのに…私のなんと無力なことよ。…よよよ。
どう考えても無理です。
激しく落ち込ました。
「違うの。違うよ。ショコラ曹長。僕がお風呂造るから、皆んな入るかなって、思って。ど、どうかな?」
赤面して、あたふたと、手を振って、説明する少尉殿。
上目遣いで聞いてくる。
か、…可愛い。
それはそれとして、
お風呂造る?…?…?
「良く分かりません、少尉殿。発注から施工まで、大分期間が掛かると思いますが?」
「僕、ちょっとお風呂入りたいかなって。魔法で、チャッチャッと、造っちゃうから、皆んなもどうかなって。あっちの川沿いの林の辺りに造るから、良かったら呼んで来て。ほんと、もし、よかったらだけどさ。」
何だか、少尉殿の言動の状況を見てるだけで、初々しくて、ご飯三杯は、いけそうです。
「了解しました。ショコラ曹長は皆に呼集を掛けます。」
「皆じゃないよ。女子だけだからね。」
「了解です。」
私は、女子達に声を掛けました。
皆、二つ返事で了承する…むむ…残念。
皆を先導して、指定の場所に行く。
驚いたことに、そこには立派な露天風呂がありました。
本当に立派です。
我が侯爵家の大浴場に匹敵するお風呂です。
湯気が立ち、お湯が入っていることが分かる。
私達が、驚きで立ち往生してるうちに、アールグレイ少尉殿が、バッと服を脱ぐと、身体を洗い始めました。
えーーー!声にならない声を上げる。
そんな…少尉殿、淑女がそのように裸になるなど…いけません。皆に見られてしまいます。
私も目に手を当てながら、隙間から見てしまう。
そんな、少尉殿、まるで少年のように恥ずかしげもなく…。
私達がアタフタしてる内に、エトワール少尉が、同じように一糸纏わず、裸になり、アールグレイ少尉殿の隣りで身体を洗い始めた。
ハッ…しまったです。
少尉殿の隣りを盗られてしまいました。
恥ずかしがっている場合では、ありません。
思えば、エトワール少尉は、アールグレイ少尉殿の同級生です。少尉殿の行動パターンを熟知しているはず。
あちらに一日の長がありますれば、躊躇している場合ではあるません。
赤面するも、勇気を振り絞り、服を脱ぐ。
このような屋外で、裸に、無防備になるなど初めての経験です。とっても…恥ずかしい。恥ずかしい。
でも、少尉殿の裸を見れたのは重畳です。
なんていうか艶めかしくも嬉し恥ずかしで、私、複雑な気分です。同性の裸を見る趣味は、今まで興味もございませんでしたが、少尉殿は、私の中で、別格なのです。
少尉殿の裸は、何やら、見てはいけないものを見ているようで、本当に綺麗。
曲線美の極致と言っても良いかもしれません。
そして、何と言って良いのやら…性的魅力がありすぎて見てられません。
でも、チラチラと見てしまう。
これは異性には、絶対に見せられません。
きっと理性を失って、少尉殿を襲ってしまいかねません。
ほぼ同時に、少尉達が湯船に浸かる。
続いて私も、湯船に浸かりました。
ソソッと、アールグレイ少尉殿の隣りにそれとなく行く。
はーーーー。
凄い。気持ち良いです。
まるで、疲れが身体から吸い取られるように、疲れが取れます。
精神と身体のほぐれが半端ありません。
開放感で、湯に溶けてしまいそうです。
露天風呂に、このような効果があろうとは、梅雨知らず知りませんでした。
皆んなで、ホッと一息つきます。
…
しばらくして、ダルジャン嬢が妙な事を言い出し始めました。
「だいたい、アールグレイ少尉殿は、ショコラ様に甘いです。模擬戦の時も、手取り足取り、過保護です。…ズルイ。」
そ、そうかしら?
抱き締められたことを思い出してしまいます。
「そーだ、そーだ。アールは、私にも優しくするべきだ。」
エトワール少尉が、妙な何かを言い出し始めましたが、少尉殿にジト目で見つめられ黙ってしまいました。
ダルジャン嬢が続けて述べました。
「エトワール少尉の言うことはともかく、そうでは無くて、ショコラ様にだけ、厳しさの中にも、何やら無上の優しさを感じてしまうのですが……。」
そう言うと、ダルジャン嬢は顔を紅くしながら、ブクブクと湯に沈んでいきました。
その言葉に、少尉殿以外がウンウン頷いています。
少尉殿が、私にだけ優しい?
本当?
「あっ、ダルジャン曹長、溺れますよ。」
少尉殿が、慌ててダルジャン嬢の脇に両手を差し込んで、上に引き上げようとしてます。
超密着です。いけません。ズ、ズルいです。
「あ…あわわわ。」
いつも毅然とした態度なのに、妙な声を上げて顔紅く慌ててバタつくダルジャン嬢の思わぬ姿が見れて、クスッと微笑む少尉殿。
「ハウゥ….キュ。」
ダルジャン嬢が、目を回して気を失う。
少尉殿に介抱されているダルジャン嬢、なんて羨ましい。
ここで、私は気がつきました。
少尉殿の可愛らしいお尻が、私の方に突き出すようになっています。
ああ…なんてことでしょう。
あああ…動悸、息切れ、眩暈。
もし、皆様が、好きな子の裸が目の前にあり、自分の方に無防備に、お尻が突きだされていたとしたら、どうしますか?
いけません、いけません、いけません。
そして皆の視線も、私と同じく少尉殿を見ていることに気がついてしまいました。
ダ、ダメです。皆様、見ないでください。
「…いけません。少尉殿、お尻とお胸が丸出しです。」
私は、少尉殿の腰に抱きつきました。
こ、これは隠す為です。如何ともし難い事実なのですから…私は変態ではありません。
「…きゃ。」
少尉殿が、可愛らしい悲鳴を上げました。
私は目を瞑り、心の中で、大丈夫、女の子同士だから大丈夫、セーフですと念仏のように唱えました。
私が、このような事をするなんて…少尉殿のお尻はスベスベして柔らかくて弾力があって、しかも恥ずかしそうに多少逃げるように動くのが初々しくて…天国にいるみたい…鼻血出そうです。
うう…少尉殿と知り合う前は、歳下の女の子に、こんな気持ちになるなんて思いもしませんでした。
でも、まだお尻に抱きつくくらいなら、大丈夫。
隠す為だから、セーフです。
そうですよね?
私が苦悩と幸福の狭間に揺れうごいていると、何処からか駆け出す足音が近づいて聞こえ、風呂場周りの植え込みがガサガサと揺れました。
アールグレイ少尉殿が、早速気付いて魔法を放つ。
「search。」
ん…少尉殿のご様子だと、問題無し?
「…少尉、ご無事ですか?!」
植え込みを掻き分け、慌てて、少尉殿の無事を問うて現れたのはルフナ曹長でした。
え?何故?
「shot!」
少尉殿の魔法の空弾が動きの止まったルフナ曹長の額に当たり、衝撃で、頭から後方に吹っ飛んでいった。
覗き?
私たちがフリーズしている間に、少尉殿がテキパキと動き、事態を収拾しました。
…
ここは、お風呂から皆んな上がった後の女子テント内です。端の方で、ルフナ曹長が小さくなって座っています。
ルフナ曹長の行いは、少尉殿から説明を受け、一応納得はしました。
通常、貴族への覗きは死罪です。
でも私も…仲間を死なせたくない。
アールグレイ少尉殿からも頼まれました。
ですから、少し考えてみましょう。
この場で、家格が一番高いのは侯爵家息女たる、この私です。ならば裁判権限と義務が、私に付属してしまいます。
ここでトビラ都市の裁判について説明しましょう。
裁判所は、ございません。
何かしら問題が起こったとき、その場にいる最高位の貴族が裁判長になり、即決裁判を開きます。
但し、判決の偏頗を避けるため、2名以上の他の貴族の裁判員が必要です。つまり貴族が3人いれば、いつでもどこでも裁判は可能なのです。被告が平民の場合、一審制で上告はありません。
ですから貴族の誇りに掛けて公平かつ皆が幸福なるような判決を下さなければならないのです。
事案を考えてみる。
実際は、ルフナ曹長が来られた時、お湯から出てたのは、私と少尉殿くらいで、しかも大事な処は、幸い密着していたので、見えてないはず。
ならば未遂罪で、切り取る程度に処罰を減ずるとか…。
そこまで、つらつらと考えを述べていたら、相談に来ていた、少尉殿が悲しそうな顔で、私を見ていることに気がつきました。
んん…ダメですか?…そうですか。
割と順当な処なんですが…。
「ならば、故意では無いことを鑑み、罪一等を減じて、片方だけ切り取る程度の処罰を…。」
アールグレイ少尉殿が泣きそうになっている。
「嘘、嘘です。今の無し。」
んん…難しい。…少尉殿の嘆願とは言え、あまりに甘い処罰では、家格に響いてしまいます。
ん…嘆願?
私は、ポンッと握り拳で、もう一方の平手を打つ。
「ん…しからば、エペ家本家他一門に当たるニ家、並びに騎士家格たるニ家、貴族格たる計五家の嘆願により、更に罪を減じ、被告ルフナ・セイロンは、被害者たるアールグレイ家に償いとして、一生涯従属することとする。」
私は、周りを見渡す。どう?
この場には、今回の当事者が全員揃っている。
少尉殿は、キョトンとしていますが、他の女子は、うなずいている。
同意してくれた。よし。
「全裁判員一致で判決は、先の通り。これにて閉廷。」
少しピンと来てない少尉殿に補足説明をする。
「少尉殿、平たく言えば、良くて家来、悪くて奴隷と言うことです。」
「ど、奴隷?」
驚く少尉殿に、更に補足説明です。
「あくまでも、形だけです。お互いに気にしなければ、今までと変わりありません。もちろんルフナ曹長には十分反省していただけなければなりません。」
ここまで、話した時、一番の当事者であるルフナ曹長が、颯爽とアールグレイ少尉殿の前まで来ると、片膝を付き口上を述べた。
「わたくし、ルフナ・セイロンは、一生涯、アルフィン・アルファルファ・アール・グレイに仕えることを誓います。」
私は、ハッとして少尉殿を見た。
訳がわからぬと言う表情をなさっている。
きっと話しの展開に付いていけないのだろう。
私もだ。
ルフナ曹長が、少尉殿になおも聞く。
真剣な眼差しだ。
「御許しをいただけますか?」
「…許す。」
少尉殿は、返答した。
だんだんと、事態を認識するにつれ、私は事の重大さに、ルフナ曹長を止めなかったことを後悔しました。
いや、そもそもあのような判決を下さなければ。
んん…やはり、切り取っておくべきでしたか。
こうして私は、武術第一席ばかりか、少尉殿の近侍第一席までルフナ曹長に取られてしまいました。
不甲斐ないです。
いや、まだよ。ルフナ曹長、勝負はこれからです。
もう、あなたには油断しないんだから。