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アールグレイの日常  作者: さくら
天竺行路
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chocolat(後編)

 グルグルと眼を回しているショコラちゃん。

 「…プッ」

 思わず吹いてしまいました。

 心の動揺が、丸分かりですよ。


 最初からやり直しです。

 丁寧に左拳を放つ。


 速さに重点を置いた軽い拳を何発も放つ。

 前世の僕は、子供の頃、漫画が好きで、漫画なら何でも読んでいました。

 その頃、読んでいたボクシング漫画を思い出す。

 左を制する者は、世界を制するとか格言を漫画で知ったけど、今考えれば本当にあったのでしょうか?

 今世に生きる僕では確認の仕様がない。

 ある意味、漫画に育てられたと言っても過言ではない。

 だから、ありがとうと言う気持ちになる。

 前世の孤独な僕を育ててくれてありがとう。


 だから僕の拳闘術も、前世の漫画のボクシングがベースなのです。

 当たり前でしょう。だってそれに育てられたのですから。

 僕の型は、今世の拳闘を嗜む者から見ると、かなり古臭く感じるらしいですが。

 でも僕は、それが良いのです。

 拘りと言うか、それが僕なりの感謝の気持ちの表れなのです。


 本物の拳闘を知らないまま、漫画を思い出して、毎日、試行錯誤して修練しました。楽しかった。

 その修練の成果が、これです。


 脚を使い、移動しながら左拳を何発も放つ。

 移動砲台です。

 拳を出すよりも引く方に意識を向ける。

 ショコラちゃんの動きが止まったら、右拳を放つ。

 威力を込めたストレートです。


 防御越しに威力が伝わったのであろう。

 ショコラちゃんの身体が防御しながら、浮いて後方に移動しました。


 ショコラちゃんの息を飲む気配が伝わる。


 ショコラちゃん、戦いの場で迷ってはいけません。

 動揺を相手に見せてもいけません。

 一瞬の判断の遅れが、勝負を分かちます。

 あなたは判断が遅いのです。

 勝負では、巧遅より拙速を尊ぶのです。


 拳に願いを込めて、俊速の拳を何発も放っていく。



 覚悟を決めなさい。

 あなたは逃げるより、戦うことを選んだはず。

 防御だけでは勝つことは出来ない。

 針路を、ベクトルを示しなさい。

 リスクを、侵さなければ何も得られませんよ。


 ショコラちゃんの制空圏に一歩踏み込み、ショートレンジの拳を腹部に放つ。


 人間の行動には、結果には、現象には、意味が、意図がある。考えて、思考して、読んで、紐解いて、理解して、先読みしなさい。


 腹部に、意識を集中させた所に、後方から発射した僕の右拳がホーミングミサイルのように上空を経由して、ショコラさんの左頭に突き刺さる。


 ドンッ!


 当たったけど…左手でガードされました。…良かった。

 ホッと一息つく。


 でも、まだまだ甘いです。

 ペロちゃんのキャンディよりも甘々です。


 僕の、左のノールックブローが、防御の隙をすり抜けて、ショコラちゃんの腹部に突き刺さった。

 くの字に折れ曲がる処に、天空から右拳を振り下ろす。

 上下のコンビネーションです。

 もちろん速さが勝負のコンビネーションですから、その間、1/10秒にも満たない攻防です。


 それでもショコラちゃんは、一瞬耐えた。

 そして、崩れるにようにして力が抜けて、地面に倒れ込む処を、抱き抱える。


 僕の想い、伝わったかな…。


 こうして僕の対ショコラちゃんとの模擬戦は終了しました。

 その後、エトワールから情報全然足りなしとクレームがつき、結局ブルー同士で模擬戦を総当たりで実施しました。

 そんなんで、初日の午後は模擬戦で終了。

 ある意味予定通りなのかな。




 …




 「だいたい、アールグレイ少尉殿は、ショコラ様に甘いです。模擬戦の時も、手取り足取り、過保護です。…ズルイ。」

 ショコラちゃんとの戦いを思い返していたら、湯船に肩までどっぷり浸かっていたダルジャン曹長が言い出しました。


 うん?…そうかな?

 お湯の暖かさに、身体が解れていくのが心地良く、堪能しながら、緩く軽く考える。

 …かなり厳しくした気がするけど。


 「そーだ、そーだ。アールは、私にも優しくするべきだ。」

 エトワールが調子に乗って、何かを言い出し始める。

 エトワール、君のこれまでの態度に比較すれば、僕、かなり優しめな態度だと思うよ。

 そんな思いを込めてエトワールをジッと見つめたら、黙った。

 うんうん…よし、伝わったらしい。


 「エトワール少尉の言うことはともかく、そうでは無くて、ショコラ様にだけ、厳しさの中にも、何やら無上の優しさを感じてしまうのですが……。」

 そう言うと、ダルジャン曹長は顔を紅くしながら、ブクブクと湯に沈んでいく。

 その言葉にショコラちゃん以外がウンウン頷いている。


 あっ、ダルジャン曹長、溺れますよ。


 僕は、慌ててダルジャン曹長の脇に両手を差し込んで、上に引き上げようとした。

 超密着だ…仕方ないよね。

 「そんな事は無いですよ。僕はショコラ曹長と同じように皆の事も大切に思っていますよ。」

 「あ…あわわわ。」

 いつも毅然とした態度なのに、妙な声を上げて顔紅く慌ててバタつくダルジャン曹長の姿は珍しい。

 思わぬ姿が見れて、クスッと微笑んでしまう。

 「ハウゥ….キュ。」

 ど、どうしたの?ダルジャン曹長が…まるで、気絶するかのように意識を失ってしまった。


 もしかして、のぼせちゃったの?


 「…いけません。少尉殿、お尻とお胸が丸出しです。」

 ショコラちゃんが僕の腰に抱きつく。


 僕は、今ダルジャン曹長を持ち上げようと、立ち上がって腰を曲げてる状態なので、お尻がちょうどお湯から出ているのだ。

 ちょうどお尻をショコラちゃんの方に突き出してる形。

 少し、はしたない?

 それで、どうやら、ショコラちゃんは僕のお尻を隠そうとしてくれてるらしい。

 「…きゃ。」

 でも、抱きついて来たショコラちゃんの感触を感じて、思わず小さき声が出てしまいました。

 ショ、ショコラちゃん、む、胸が当たってしまっていますし…吐息がお尻に感じて、くすぐったいのですが。


 …ちょっと恥ずかしいかも。


 すると、何処からか駆け出す足音が近づいて聞こえ、風呂場周りの植え込みがガサガサと揺れました。


 ハッ…直ぐ索敵魔法を撃つ。「search。」

 パターン青1…味方ですね。…なら大丈夫?


 「…少尉、ご無事ですか?!」

 植え込みを掻き分け、慌てて、僕の無事を問うて現れたのはルフナ曹長でした。

 どうやら僕が思わず出した小さな悲鳴が、警戒してくれていたルフナに聞こえたらしい。

 僕に危険があると判断して直ぐに駆けつけてくれたのは嬉しくも思うも、アッ、…これは、まずいと気がついた。

 僕も油断してました。


 気が緩んでいる処に不測の事態で動きが止まっている彼女達。


 僕には、この後の展開が予想できる。

 巧遅より拙速です。

 彼女達が悲鳴を上げる前に、魔法を一瞬で紡ぐ。


 「shot!」

 咄嗟に、僕は人差し指をルフナに示して、魔法の空弾を放つ。

 眼を丸くして、動きの止まったルフナの額に、それは当たった。

 衝撃で、頭から後方に吹っ飛ぶルフナ。

 普通は当たらないかもしれないけど、完全に虚を突いている。これって、ある意味ℹ︎魔術なのかも?


 助けに来てくれたルフナには悪いけど、乙女の柔肌を見てしまったラッキースケベの代償としては安いと思う。


 …僕、悪くないよね。

 目を回しているダルジャン曹長を、アントワネットに預けると、僕は湯船を出てルフナの介抱に向かった。





 

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