トゥール・ダルジャン(前編)
さて、次の模擬戦の相手はダルジャン曹長です。
僕が学校にいた頃、やけに女の子達から人気のあった先輩がいたのを思い出した。
まるで騎士のような出立ちで、遠目で一目見たことあるけど格好良かった。
うんうん…僕とは縁の無い雲上人ですね。
僕らの人生は、交わる事など無いと断言できます。
…などと思っていたことありました。
ダルジャン曹長の身姿が、過去の記憶と一致しました。
うん…同一人物ですね。
僕らアールグレイ家も、古きは、かなり古の言い伝えでは、初期の貴族に叙せられた一族だった末裔とかで、なんとか底辺でも幼年学校から入学することができました。
学校では、貴族も平民も混じってるので、考えてみれば、ウバ君やエトワールを除けば、全員僕の先輩です。
そう考えると、嫌な汗が出てきそうです。
「ダルジャン曹長、よろしくお願いします。」
僕は、深く一礼する。
「どうかされたのですか?少尉殿。」
そんな僕の、些少の態度の変化が気になったのか、ダルジャン曹長が聞いて来た。
隠す様な事でも無いので、正直に話す。
「成る程…。少尉殿も変な事をお気になさる。いやいや、少尉殿の先輩を敬う気持ちは尊い。ですが、それは今更です。単に私が少尉殿より早く生まれたに過ぎません。私が思うに先に生まれた者は、後進を教え導く者なのです。だからこそ先輩面をしていられるのです。私が少尉殿に教えられるものは、悲しいかな幾ばくもありません。逆に私が少尉殿に教えられる立場です。であるならば、私がアールグレイ先輩とお呼びしてもおかしくはありませんな。…ですからお気になさらずに。」
そして、ダルジャン曹長は、ニッコリと笑った。
おおー、何て良い人なんだ。
うわ、僕が男だったら、惚れ惚れするほど良い女っぷりです。気高く優しい。
僕より先輩なのに、後輩の僕を立ててくれる。
なかなか出来る事ではない。
僕は、前世から、最低の糞野郎ばかり見てきたけど、こんな良い人は、今までお眼に掛かったことがない。
てっきり都市伝説の類いかと思っていたけど、本当に存在するんだ。
少しビックリ仰天で、…感動してしまった。
ジロジロ見てしまう。
うーん、本当に世の中には、いるものなんだね。
目前に存在してるのに、信じられない。
僕の挙動不審さが目に付いたらしい、また質問されたので、正直に思うところを述べて、存在を確認する為、触って良いかと、ダルジャン曹長の許可を求める。
もしかしたら、幻かもしれない。
そしたら、抱き締められた。
いくらでも触って良いという。
むむ、ダルジャン曹長は、筋肉質かと思ってたけど、柔らかで良い香りがしました。
母様に抱き締められた事を想いだして、抱き締め返す。
そうしたら、頭を撫でられました。
ホンワカして眠りそうになりましたけど、本来の職務を思い出す。
「…曹長、いけません。離して下さい。任務中です。」
ダルジャン曹長は、離れる間際、僕をギュッと抱き締めました。
「少尉殿、困った時は、いつでも私をお頼りになって下さい。このダルジャン、若輩なれど少尉殿を支えてみせます。」
キリッとした顔つきが、台詞と相まって、なんて、男前や。
ルフナ、君、完全に負けてるよ。
思わず赤面してしまう。
「…その節は、よろしくです。」小さく呟く。
距離をあけて、仕切り直しです。
「ダルジャン曹長、その姿で良いの?」
先程抱き締められた時、柔らかかった。
ダルジャン曹長は、今回何の装甲を身に付けていないばかりか、武器さえ持っていない。
ダルジャン曹長は、静かに頷いた。
「私は、今まで装甲や武器に頼り過ぎていた。今回は私自身の力のみで少尉殿に挑みたいのです。」
まさにアッパレな心意気。
何処かの誰かに聞かせてあげたい。
けども、それは甘い、甘すぎる考えです。
でも良いでしょう。これは訓練なのだから、自分の甘さを思い知るのも、良い勉強になるかと思います。
僕は、一礼して構える。
木刀を腰に差し、居合の構えを取る。
さあ、どうぞ、ダルジャン曹長。
貴方の気だかさに敬意を表し、その甘さを全力で粉砕してあげる。