逃亡者
何故か侍との戦い以来、少佐の機嫌が悪い気がする。
多分僕が推測するに、強敵に勝っても、なお気を緩めない覚悟の表れだと思う…さすが若くして出世した野心家は違う。
これからも、僕の命と生活と報酬の為に、彼には是非頑張って欲しい。
少佐の調査によれば、強敵はあと一組ある。
…油断は出来ない。
午後9時には、エリヤ嬢が後継者であると決定すると少佐から聞いた時、エリヤ嬢が僕に向かい、真面目顔でブイサインしてた。
信憑性あるんだか無いんだか…それってあくまで予定ですよね?
腕時計を見ると現在は午後7時。
予定を信じるとすれば、あと2時間逃げきれば、任務終了でお家に帰れる。
ペンペン様どうしてるだろうか…?
魔法生物で知能は僕らより高いから、自分の面倒は見れると思うけど、見た目太ったペンギンだからつい心配してしまう。
ペンペン様は、お腹が空くと不機嫌になるし。
ジャーの中には、まだご飯あるから大丈夫だと思うけど。
今頃、テレビでも見てるのかなぁ?
夜更かしを注意すると怒るし。
全く、どうしようもないペンギンです。
ペンペン様は自分の思い通りにならないと人にあたるのだ。
自分の欲望に忠実なペンペン様。
…僕も見習わなきゃ。
心配だから、仕事が終わったら今日中に帰りたい。
夜間でも、本数が少ないけど夜行列車がまだ運行してる時間なので帰れる…切符の値段は3倍増しだけど。
ランクルタイプのクルマに乗り、郊外へ出発。
乗員は、エリヤ嬢、ディンブラ・セイロン少佐、そして僕。
あと増員は一人来た。聞いて驚け。
ジャジャーン!!
なんと増員は、前回一緒に仕事を受けたルフナ・セイロン兵長だー!
たまたま近場にいた事と、ここ数時間で跳ね上がった、かなりの額の危険手当に釣られたらしい。
今は、運転してくれている。
助手席に座っている少佐との会話は無い…どうやら相性が悪いらしい。
うんうん、分かるよ。相性はあるよね。
僕も、かなり相手に合わせる方だけど、どうしてもダメな人はいる。
…仕方ないよね。うんうん。
深妙な顔で頷いてみる。
「テンペスト、言っておくが、私がこいつと喋らないのは、相性が悪いとかの話しではない。こいつが嫌いなだけだ。」
少佐が僕が内心思っていることを言い当てた。
あなた、エスパーですか?
そして、実は少佐と兵長は知り合いだったんですか?
言い当てられた事より、知り合いだった方に興味が湧く。
「軍曹殿、少佐とは喧嘩しとるわけではないですから。心配せんでください。」
運転しながら、そう答えるセイロン兵長。
「あら、あら、ディンブラったら、昔はルフナと仲良しだったのに。仲良くして、また私を守って欲しいわぁ。」
と、エリヤ嬢がのたまう。
僕以外、皆セイロンだ、ややこしい。
そして、僕以外皆知り合いだった。
何だか人間関係もややこしい。
でも、これからこのメンバーで戦うのに、この雰囲気は不味いよ。
この少数でチームワークが悪いと生死に関わる。
まずい、まずい、まずい。このままではまずい。
「僕も、二人には仲良くして欲しいなぁ。ほら、任務にも差し支えるかもだし。」
前席の二人に対し、ぎこちないながらもニッコリと微笑む。
はは、サービス、サービス。
めったに笑わないこの僕が、サービスしてるだから仲良くしろ。
僕の方を見てウッと、一瞬黙り込む二人。
しかし、少佐が衝撃の事実を告げる。
「テンペスト、こいつはなぁ、昔逃げ出したんだ、昔は尊敬していた。なのに、こいつは家族を裏切ったんだ。私は、こいつを兄とは思わない。」
ジャジャーン。
衝撃の告白、…マジ?君ら兄弟だったの?!
何故、今、初対面の私に言う。重い、重いぞ、実に。
何故に、この時、この場所で、カミングアウトするのか。
そして何故エリヤ嬢は、僕の手をずっと握っているのか。
分からない、全く世の中は分からないことだらけだ。
「あら、あら、あれは何かしら?」
エリヤ嬢が、この場の空気に頓着してないユックリとした言い回しで、窓外を指差す。
ん…?
あ、あれは、鳥? いや飛行機? 違う、あれは、
エリヤ嬢の指し示した先、空を人間大の物が飛んでいる。
目に魔力を集中。
「expansion。」呟くと視力が拡大し、遠くを飛んでいる人間大の物が、ハッキリと分かった。
…人が飛んでいた。
いや、正確に言うと軍服を着て銃を持った軍人が編隊をつくり、空を飛んでいる。
「search。」呟き、魔力を伸ばす。…届いた。
パターン赤。
あれは、空挺魔導部隊。実戦配備されてるとは驚きだ。
風魔法を使えば空を飛ぶことは可能だが、かなり高度な技術で、希少な魔導師で部隊編成するとは現実的では無いと言われていた。
しかも敵だ。その数10人。一個分隊。
「パターン赤、敵です。数は10、方向左上空、距離約10km。」
皆に注意を促す。
まさか空から来るとは。…対抗策が思いつかない。
このままだと反撃も、出来ないままやられるだけだ。
制空権を取られたら、戦いは、まず勝ち目がないのだ。
どうする?