ショコラちゃんは見た
私が、ふと目を覚ました時、目に入ったのは木立ちの葉でした。風に揺れて今にも飛びそう。
そして、鮮やかな蒼天。
あまりの美しさに、しばらくの間、状況が分かりませんでした。
…
ああ、そう言えば、どうなったのでしょう?
模擬戦の、続きが気になります。
私はガバッと起き上がりました。
私の名は、ショコラ・マリアージュ・エペ。
榮あるエペ一門の盟主である侯爵家の娘。
そしてギルドのブルーであり、レッド昇格試験の真っ最中の受験生です。
私、あまりの疲労で、熟睡してしまった…迂闊でした。
魔道具で、最低限身は守られているとは言え、試験の最中に休めと言われたとはいえ、熟睡してしまうとは。
自分が不甲斐ないです。
ましてや、推しの少尉の戦う姿を見逃したとあっては、自分を許すことが出来ません…後で、マリー・アントワネット嬢に聞いてみなくては。
少尉のお姿を探す。
…いらっしゃいました。
胸の中にポッと火が灯るようです。
フォーチュン曹長と対戦中です。
あれ?ルフナ曹長が居ない。
周りを見回すと、私やダルジャン嬢と、若干離れた位置に寝かされてました。あらあら…
プッ、…口ほどにもない。
今の私は、少し意地悪です…分かっています。
ルフナ曹長自身も悪い男ではありません。
たった半日ですが、苦楽を共にした仲間意識さえ芽生えています。
しかし、ルフナ曹長は、少尉を好いています。
私には分かるのです。…だって私もそうだから。
これだけは譲れません。負けることは出来ないのです。
だって少尉は私のものです。
ライバルですね。
ハッ…いけない。
アールグレイ少尉は?
変わらず対峙中でした。
対戦しているフォーチュン曹長の体術を初めて見ましたけども、あれって[水手]ですわね。
よくお年寄りが、公園とかでよくゆっくりと演舞してる。
少尉の攻撃の手が止まっています。
フォーチュン曹長、やはり一筋縄ではいかない。
実力が未知数なのです。
山頂へのトレイルにも、何処かしら余裕がありました。
もしかしたら、私よりも、ルフナ曹長よりも上かもしれません。
ここで、隠していた実力が見れるかも知れないです。
固唾を飲んで見守ります。
…
少尉から光りの一閃。
なにかしら?
見えたけど、フォーチュン曹長を掠めて、遥か向こうに飛んて行くのが見えました。
そして、ほぼ同時に天空へと少尉の身姿が跳んでいました。
一瞬眼を離した隙に、既に中天へと飛んでいたのです。
少尉は翼でもお持ちなのか?
まるで風の妖精です。
宙でクルリと回転している身姿が、…美し過ぎる。
それは、私の心の琴線が切れる程に、かき鳴らし、私の心身が感動で打ち震える。
…涙が出て来ました。
ああ…見逃さないで良かった。
私、起きてて偉い。
対面していたフォーチュン曹長は、まるで気づいていない。
横から全体を見ていた私でさえ、見逃した程の少尉の刹那の動きです。
いつも余裕気な曹長が、動揺しているのが傍目にも見て取れる。
きっと、フォーチュン曹長には、少尉が一瞬にして消えたように見えているでしょう。
…少し可哀想になる。
少尉の動きは、普通あり得ないもの。
タイミングを一瞬でも逸しれば、トリックもバレただろうに。
でも、少尉は全て意図して行なっている。
横から全て見えてる私達からすれば、動揺しているフォーチュン曹長が馬鹿に見えてしまう。
ああ、私が、今感じている気持ちは憐憫の情です。
曹長にすれば、対戦する相手が悪かったとしか言いようがない。
まあ、私の少尉は決して悪くはありませんけど。
少尉は、フワリとフォーチュン曹長の後ろに降り立ちました。
天使が、地上に降り立つ感があります。
静かな気配無き着地。
あれは、…魔法も極僅かにしか使われていない。
ほぼ、体術による静かな着地。
私は、少尉の攻撃技よりも、この着地に戦慄しました。
少尉の体術の極意を見たように感じたのです。
端なく生唾を飲み込んでしまいました。
フォーチュン曹長は、まだ気付いていません。
その後ろに静かに佇む少尉。
眼を瞑り、身動き一つしてません。
静寂で耳が痛い。
どうなるのでしょう?
…ドキドキします。
フォーチュン曹長が、私達を一瞥しました。
あれは、私達の視線が自分の後ろにあると気付きましたね。
私達の視線から少尉の位置を特定するなんて、流石としか言いようがないですけど、今の曹長のお気持ちは、いかばかりでありましょうか。
おそろしい…私がフォーチュン曹長ならば生きた心地がしないでしょうに。
…
それでも曹長は、数分間耐えました。
そして降参したのです。
…お可哀想に。
私は、少尉の華麗な動きと、体術の素晴らしさ、少尉の怖さを堪能させてもらい、幸せな夢見ごごちで御座います。
ああ、ダルジャンも起こしてあげれば良かった…と思っていたら、しっかり起きて見逃さなかったみたいです。
んん…あとで、少尉の素晴らしさについて、エペ家の二人と語り合いたい。
でも、勝利したアールグレイ少尉は落胆したご様子。
これは不甲斐なくも敗退したフォーチュン曹長が悪いです。
ああ…でも、落胆して消沈している少尉も、素敵。
私達で、お慰めしたい。
すると、少尉は、演舞を始めたのです。
力強い大地を揺るがすような震脚。
これって武術?でも、その動きはあまりにも華麗かつ華美、
更に幽玄さも醸し出しているのに、力強き震脚は、破魔のよう、神聖さが際立つ、まるで神聖な巫女が踊る、神へ捧げる鎮めの舞。
一つ震脚を踏み込むごとに辺りが浄化していく感があります。
いえ、これは本当に浄化されています。
神聖な気を感じます。
私は神術には疎いですが、エペ家での新年祭で実施する神主様の祝詞や巫女舞に通ずる神聖さと変わりありません。
いいえ、もしかしたら、それ以上かも…
私の不浄な心も濾過されていきそうです。
私の少尉への想いは神聖なものですから濾過されないですけど。
夢の様な演舞は、厳かながらも雅さも兼ね備え、…ああ、なんて素敵、…堪能し過ぎてしまいました。
お腹いっぱいです。
演舞が終わると、少尉は15分間の休憩を告げると、恥ずかしそうにソソクサとバスの中に入って行かれました。
しばらく私達は余韻に浸っていたのですが、ハッと気がつきました。
少尉が、突然演舞をなさった意味です。
ルフナ曹長も、いつの間にか起きていました。
自然と顔を見合わせます。
…いけない。曹長の阿呆面を見て気づきました。
このままでは、…少尉に見捨てられてしまう。
緊急事態、慌てて皆んなを集めます。
時間がありません。
少尉は、きっと5分前には出てきます。
私は慌てて、少尉の真意を説明します。
私達の今までの行いを改めない限り、見捨てられてしまう。
いや、お優しい少尉の事だから見捨てはしないでしょう。
でも、見限られてしまう。
それは、何より辛い。
整列して出迎えるのは、ルフナ曹長の発案です。
ナイスです。ルフナさん。
どうやら、皆も、さっきの少尉の演舞を観て、異論はなき様です。私達は仲間。
力を合わせて、この難局を乗り切るのですよ。
いいですね。