兎
思えば、僕は臆病で、いつも周りを気にしていた。
弱いから、危険から逃げる為に、まず、知覚系の魔法を覚えた。
僕の頭の中は、危険や不幸に近づかないよう、もし遭遇したら、どう逃げるかを考えて生きてきた。
それは妄想に近いし、故事にある天が落ちる事を心配している男のことを、僕は笑えない。
でも人間は、想定外のことに遭遇しても動くことは出来ない。だから、あらゆる事をあらかじめ考えて備える。
せめて、心だけでも。
初動の違いが、後を分けるから。
だから、逃げる為に、足を鍛えた。
逆かも。逃げてたから、足が鍛えられた。
あらゆる危険、不幸から遠ざかる為に走り出す。
まるで、兎のようだ。
僕には、強い者に虐げられ、声もあげられない弱い者の気持ちが分かる。何故なら僕自身がそうだから。
だからこそ、今、自分が出来ることはやらねばならない。
自分より小さい子を守るのだ。
走って逃げようが、逃げられない場合がある事を知った。
ならば、生きる為に、相手の急所に一撃を喰らわせるしかあるまい。
勝つ必要はない…相手の心を折るような一撃を放てば良い。
魔法だ。この世界には魔法がある。
どんな弱者でも、毎日、修練し、創意工夫すれば、高レベルの術者になれる。…素晴らしい。
でも、戦うと分かった。
結局、最後は自己の身体で戦う事に行き着くと。
僕の今世の身体は、か弱い。繊細で敏感。
身体能力で劣るならば、技能でカバーするしかない。
でも僕には武術の才能は無かったみたい。
師からも太鼓判を押されるほど。
ならば、不断の修練を。常に創意工夫を。
人より努力すれば、常に技術の最前線にいれば、勝つことができる。少なくとも負けはしない。
逃げながらも戦うことができる。
最悪、相手を道連れにする事で、守れる事は出来るだろう。
まあ、黒山羊様は対象外ですよ。
信仰の対象ですからね。不本意ながら感謝はしております。
前置きは、ここら辺で。
ルフナが、どんな心境で、僕と同じような事をしだしたのかは分からない。
強くなる為に、考えれば誰でも思いつくことだから、考え方自体は、眼新たらしい事ではない。
問題は、実行することのモチベーション。
何がルフナを突き動かしたのだろう?
失礼ながら、ルフナはヤル時はヤルけど、普段は、とても不精に見える。
でも戦えば分かる。ルフナの戦い方には、僕への対戦用の創意工夫と不断の修練の厚みが伺えた。廃墟都市探索で僕と会う前からの年月の厚みを感じるのは不思議だけど。
これって僕を、認めてくれてることかな?
ああ、僕にも承認欲求ってあったんだ。
友達に認められるって、ちょっと嬉しいかも。
信頼には応えなければね。
僕は構えを解いた。
普通に歩いて行って、ルフナの身体に沿うように、僕の半身をピタッと貼り付ける。
ルフナと僕の距離は、ほぼ0距離。
この位置から、体当たりを発動。
ルフナは、10メートル程吹っ飛んで、倒れた。
ピクリとも動かない。
さあ、立ち上がって来て…勝負ですよ。
…
でも、ルフナが立ち上がることは無かった。
あれ…?




