音叉
何事も、基本、基礎は、とても大切だと僕も思う。
だからこそ反復、継続、繰り返しを不断に途切れる事なくすることが肝要なのだ。
建築物を建てる事に例えれば、いわば基礎工事に相当する部分。
でも、建物ならばいざしらず、武術では、基本、基礎だけではつまらない。
僕なら飽きてしまう。
そう思わない?
アイコンタクトと言う言葉がある。
眼と眼で伝え合う一瞬の奇跡。
ならば、相手を斬るイメージも伝えることも可能だよね。
しかも、それを強烈にしたらどうなるのかな?
最初は、そんな単純な発想でした。
また、逆に相手の行動を読み取ることも可能なのかもしれない。
眼ってメッチャ凄いね。
知覚だ。インプットだよ。読み取る事。
本好きならば、知識が愛おしい。知覚こそ優先順位第一位。
そしたら、次はアウトプットです。
僕は圧倒的にアウトプットが足りない。
現実へ、ダイレクトに強烈に作用する炎の様なアウトプット、其れこそがℹ︎。
虚(ℹ︎)の武術は、心象イメージを、現実に作用させる事、侵食、現象させることに意味がある。
その為に必要なのは強烈なリアリティ。現実的度合いが高い程、イメージは現実に顕現する。
昔からイメージの大切さは認識されてきた。
内なる形にならない想い、イメージ、記号を、外なる現実、現象、形にしていく、それがℹ︎の本質。
言葉にしてみれば、当たり前の事、でも名付けることが大切なのです
名付けることによって認識し、さらに力を増す、つまりリアリティの度合いが高くなるのです。
…
キームン曹長は、動かない。いや動けない。
手脚が千切れ飛ぶ強烈なイメージ。
動けば、近づけば、また伝わる。
しかし、知覚を閉じるのは愚の骨頂。
どうします?キームン曹長。
曹長の頭の中は、今カオスですよね。
…クスクス。
頭の良いキームン曹長の様な小利口な、悪く言えば小賢しいタイプは、想定内の普通のアクシデントは臨機応変に対処できても、常道から大きく外れた事態の対処は苦手だよねと、僕は勝手に決めつける。これは偏見と天才に対する嫉妬かも。
…少し楽しい。僕、悪女?
虚(ℹ︎)の武術を試したら、思いの外、上手くいった。
成功。ちょっと前進。だから、ちょっと嬉しい。
ニンマリするのを、グッと堪えて我慢する。
自分で機嫌が良いのが分かる。
うんうん…許そう、今の僕は、とても寛容なのです。
キームン曹長、君の現実的なつまらない対処の仕方…近々で敵わければ遠間から攻撃すれば良い的な考え方は評価ゼロだけど、武術者としてハイレベルである事は認めよう。
たからこそ、僕の虚(ℹ︎)の武術は通用した。
まあ、何も考えてないアッサム曹長より、遥かにましです。
ちなみに、現在のアッサム君の評価は、マイナスです。
でも、自らが定めた殻を破るのは、至難の技。
今は、種を蒔くだけ。芽が出るのは先で良いのです。
彼らは、まだ卵が孵る前の雛と同じ。
卵の殻を割って、外に出て来るのを待つしかないのです。
僕、今、教官では無いけど、ましてや親ですら無いけど、少しだけ、親や教官の気持ちが分かったような気分です。
僕の彼らに対する立ち位置は、全くの他人のような気がしない。姉辺りが近いのかも。
ここまでは、上手くいったので、欲を出して、もう一つの技を試したくなる。
それは、音の武術。
波、波長、風、音波、波動、言い方は様々だけど、要は波です。伝わる力、伝動力。
この音は、身体を治癒する力にもなるし、逆に身体を壊す波動にもなる。既に魔法や神道では実践済みの技です。
これを武術にも応用するのです。
次に、キームン曹長が薙刀を打ち込んで来たならば、わざと手甲を当てて、負の波長音を発生させてみましょう。
もちろん、致命傷に至らない程度で、極ろく小さめにする所存です。これは、彼が、つまらない男に育たないようにする為のショック療法です。
優秀な人は、世の中舐めるきらいがありますから、僕からの愛の鞭です。凡人、庶民を代表して、天才がまともな大人になるように願いを込めたプレゼントです。
僕は、わざと隙をつくる。
チラッとだけ見せる、魅力的に。
この時、誰かがクシャミをしました。
切っ掛けはクシャミでも、彼は僕の隙を見逃しませんでした。案の定、食い付きました。
威力より精度より、速さを最優先した光りのような一閃。
キームン曹長の薙刀が、僕の右首を狙い、袈裟斬りにレーザービームのような軌跡を辿りました。
グワワッワーーーン!
薙刀と、受けた手甲がぶつかり、歪んだ大きな音を奏でました。音叉のような共鳴音だ。
あっ、僕、ちょっと失敗しちゃった。
でも今の光りのような一撃は、丸です。
キームン曹長、君、やれば、出来るではないですか!
うんうん…お姉さん、嬉しいわ。
まるで不出来な弟が、試験で及第点を突破してくれた気分です。
嬉しさ半面、彼の攻撃を過小評価していた僕の方が手加減そんなに出来ませんでした。
威力が大き過ぎたので、慌てて自分の方に力を逃す。
あ痛たたたーーんん…我慢。
あまりの痛さに右手を押さえて座り込む。
痛みと流れてきた不快で歪んだ波動に、涙目です。
でも発生した音叉の共鳴音の半分以上を、僕の方で受けたからキームン曹長は無事でしょう。
これは、かなりの威力ですけど、扱いが難しいです。
要、検討ですね。
この後、エトワールから、こっぴどく怒られた。
む、解せぬ。
エトワールから言われると、ちょっとムカついて素直に聞けない。
でも常識人なロッポ中尉からも、「感心しませんな。お身体を大切にしないと。」苦言を受けたので、多分、僕が悪いのだろうと思う。
でも、てっきりキームン君のお身体の事だと思い謝ったら、「ああ、曹長は、男だから放っておいても大丈夫です。気にしないでください。ご自分のお身体を御自愛ください。」と返答してきた。
えーー、中尉たら、男女差別ですよ、それ。
でも「いいんです。それでいいんです。」と、中尉は、うんうん頷いていた。
そ、そうなのかな?
何が正しいのか、良く分からなくなってきました。
取り敢えず、自分の身体を整えた後、泡吹いて倒れたキームン曹長の身体を抱えて、[白掌]で、直していく。
うむ、目立った内障は無い。歪みを整えて正常に戻していく。
直した直後に、パチリと目を覚ました曹長は、お礼を言うと、ソソクサと、他のブルー達のいる所へ戻って行った。
むむ、その素っ気ない態度は、お姉さん、チョッピリ寂しいですよ、キームン君。