ショコラっティー(後編)
アールグレイ少尉の強さの秘密の一端を垣間見てしまいました。
アッサム曹長は、心も身体もボロボロです。
でも多分、大丈夫。
彼は、融通は効きませんが、打たれ強さには定評があります。きっと、また大きくなって立ち直るはずです……多分。
そして、私の気づきの為に大いに貢献してくれました。
ありがとう、アッサム曹長。
あなたの犠牲のお陰で、私、強くなれます。
手を合わせて拝む。
周りを見ると、ダルジャン嬢と目が合った。
そう言えば、少尉はゆっくりめな動きをしていました。
そうか、あれは私達に分かりやすいように、ワザとなんですね。
だから私以外にも、当然、気づいた者がいるのだろう。
彼女も、その一人だと思う。
憔悴し、俯いたまま退場して行くアッサム曹長の代わりに、入っていく者がいます。
んん…次は、レイ・キームン曹長ですか。
あっ 礼する間もなく、遠間から、いきなり脇差しを飛ばしました。
む…少し卑怯な気もしますが。
それよりも、脇差しを、飛ばしたとゆうより、腰を捻るように引いたら、勝手に飛んでいったように見えました。
刹那の速さです。ちょっと目を張るくらい。
それをあっさり手甲で、跳ね飛ばす少尉。
…少尉、流石です。素敵です。
キームン曹長は、当然読んでたみたいで、地に置いた薙刀を手に取り、振り翳して斬撃有効範囲内に接近侵入してからの一撃。
当然、少尉は避ける。
それからは、キームン曹長の怒涛の連撃です。
あの薙刀という武器は、知識では知っていても使う人を初めて見ました。あれ…厄介ですね。
間合いの長さを維持されたら、防戦一方ですし、刃とは逆にある石突を活用した杖の動きの流れが、いつまでも途絶えません。
…と、思ってたら、少尉が構えたら、キームン曹長の動きがピタッと止まりました。
少尉の、あの構えは、私知ってますよ。
居合ですね。
でも、少尉は今、無手ですから、あの構えは意味無いはずですし、もし刀を持っていても間合いが遠いです。
何故、キームン曹長は、動きを止めたのでしょう…分かりません。
怒涛の連撃から一転して、どちらも不動のまま…。
鳥の囀りと風が木の葉を揺らす音だけが聞こえました。
誰も音を立てず、声も発しません。
まるで、時が止まったかのような。
「…フヘックション!あーやべ。」
その時、誰かがクシャミしました。この声はフォーチュン曹長?!
時が動きだしました。
キームン曹長の薙刀が袈裟斬りに動きます。
グワワッワーーーン!
妙な音がしました。
まるで、金属が歪んだ撓んだ奇妙な音です。
薙刀は弾かれていました。
右手を押さえて、座り込むアールグレイ少尉。
ええ!嘘。
座り込む少尉の前で、立ち尽くすキームン曹長。
もしかして、少尉の負け?
でも、それにしては、何か変です。
「いかん!」
エトワール少尉が声を上げて、二人の元に駆け寄ります。
ロッポ中尉が、続きました。
少尉!まさか、少尉に怪我?
私も、思わず立ち上がりました。
おのれ、キームンめ、私の可愛い少尉を傷物にするとはー!
許すまじ。
しかし、お二人が駆け寄ったのはアールグレイ少尉の元ではなく、キームン曹長の元でした。
なんと、キームン曹長は、立ったまま泡を吹いて気絶していたのです。
キームン曹長は、その場で横に寝かされ、エトワール少尉から診てもらってましたが、どうやら気絶しただけで、身体に異常はないようです。…良かったです。
アールグレイ少尉の方は、右の手甲で薙刀を払った際の衝撃で、手が痺れただけみたいでした。
「初めて試してみたから、失敗しちゃった。」
などと、言ってますよ。
いったい、どうなってるの?
でも、そのお言葉で、少尉が未だ私の知らない技を試した事が分かりました。
ここで、私は少尉の言葉を思い出しました。
(僕には、天賦の才能は、これっぽっちも無いよ。ゼロだ。…僕が手探りで考えて、試行錯誤して、積み上げて来たから。…意志あれば誰でも出来る。…僕の強さは普通。)
ああ…私は馬鹿だ。
私は、初めて少尉の言葉の意味が分かりました。
私は、なんて失礼な事を…。
少尉の不断の努力を、試行錯誤の成果を、天賦の才などと、羨ましいなどと言っていた自分が、途轍もなく恥ずかしい。穴があったら入りたい程、恥ずかしい。
少尉の強さは、誰よりも迷い、誰よりも悩み、誰よりも勇気を持って行動した成果だったんです。
天賦の才などではなかった。
恥ずかしくて悶え死にそうです。
でも、これで分かってしまいました。
私が言い訳ばかりで、前に進もうとしなかった怠け者だと言う事が。
目の前で、まさに失敗しても前に進もうとしている人を、目の当たりにしたら、もう言い訳できませんよ。
実は、真実を突きつけた少尉が恨めしい気持ちが、少しだけあります。
けれでも、この霧が晴れたような視界の明瞭さ、冷たい清水を浴びたような清々しさが、私を一段高みに押し上げたように感じる興奮は、なんとも言いようがありません。
少尉は、私達の為に、自分の最新の技を晒して見本を見して下さいました。
実力至上主義の、この世界では、中々出来る事ではありません。
この御恩は、如何様にしてお返しすればよいのでしょうか?