ショコラっティー(前編)
私の名は、ショコラ・アルマージュ・エペ。
私のアールグレイ少尉について、ちょっと思ったことをお話ししますね。
昼食時、アールグレイ少尉と親しくお話した折、少尉のあまりの強さについて質問した事があるのを思い出しました。
「少尉は、私よりもお若いのに、こんなにもお強いのは、やはり天賦の才ですか?私も努力してるのですが、なかなか上達しません。あんなにもお強い少尉が、とても羨ましいですわ。」
私の質問が理解される様が、表情が寂しそうに微かに変わるのを見て取れました。
私、…もしかして失言したのかしら?
少尉と親しくなる為に、私のちょっとした心情を吐露したのだけれども…。
回答に少し間があきました。
きっと少尉の中で、私に真摯に回答する為に、あいた間だと思いました。
「僕には、天賦の才能は、これっぽっちも無いよ。ゼロだ。もし、ショコラ曹長が、僕の事を強いと感じてるならば、多分、…今はそうなんでしょう。今の僕があるのは、過去の僕が手探りで考えて、試行錯誤して、積み上げて来たから。それは意志あれば、誰でも出来ることだから。だから、僕の強さは普通だよ。」
私は、回答に少尉が躊躇した理由を察しました。
つまり、少尉並みの強さに匹敵しないのは、天賦の才云々では無く、その人の怠慢である。と、少尉は言っているのです。
言いにくい事を、少尉に言わせてしまいました。
少々、後悔です。
でも、これは、少尉が私の質問に対し、正直に心の思う様を開示してくれたのです。…それが嬉しい。
正直、怠慢だと指摘されたのは、針を刺された気持ちです。
でも、それさえも私には嬉しかった。
だって、その諫言は、私を思っての事ですよね。
少尉なら、いくらだって誤魔化す返事も出来たはずですのに、これは私の為を思って言ってくれたに違いないです。
その証拠に、さっきからチラチラと私を見ながら不安そうに黙ってしまいました。
きっと少尉は、自分の事を無表情でクールにしてると思っているのかしら。
でも、私くらいのアールグレイ愛ある上級者から見たら、少尉の無表情の微かな変化から、心情など丸わかりなのです。
きっと、私も少尉以外から同じ事を言われたら、別の反応をしたかとも思います。
でも、大丈夫。
これくらいで私の少尉への愛は変わりません。なにせ運命ですから。私を舐めてもらっては困ります。まあ、少尉なら舐めてもらっても構いませんが。きゃっ。
んん…誠意ある対応には誠意で返さなければなりませんね。
これはエペ家の家訓ですから。
なので、私も真剣に考えないといけません。
でも、きっと直ぐに答えは出ないでしょう。
何故なら、ここまで辿り着くのに、私は血反吐吐くくらいの鍛錬を、己れに課してきました。これ以上は、今は考えつきません。
それに年若い経験の薄い少尉が気づいていないだけで、やはり少尉には、私には無い、輝けるほどの才能があると思うのです。だから、少尉のあの強さには、きっと手が届かないと、あきらめの感情が強いのが、今の私の正直な気持ちなのです。
「少尉、すると私には、まだ伸び代があるということですね。ならば喜ばしい限りですわ。」
私の言葉に、ホッとする様子が手に取る様に分かった。
ああ、なんて、お可愛いの。
今、私は、アールグレイ少尉とクール・アッサム曹長の本日二回目の模擬戦を観戦してます。
少尉との昼食時の強さについての会話を思い出したのは、少尉が対戦しながら、私の方を時折りチラッと見るからです。
もしかしたら、私達両想いかしらと夢を見そうで、ドキドキですけど、多分これは、私の質問に対する、一種の回答なのではないのでしょうか。
少尉も、24時間、私を見てと、確かおっしゃってましたし。覗き見御免状をいただいたからには遠慮はしません。
ジッと、見さしていただきます。
ああ、なんて優美な動きなのかしら…素敵。
あんなにも細いのに、しなやかで強靭な、まるで柔らかな何本もの鋼線を編み込んで高密度に圧縮してるような筋肉。
ミリ単位での精密な位置取り…精緻。
首筋あたりから、胸、腰、脚への曲線が、美術品のように美しい…肉体美に雅と表現は適当なのかしら。
私、少し興奮して、鼻血が出そうです。
いえいえ、ヨコシマな気持ちはありません。これは愛ですから。
女の子同士だから、嫌らしくもありませんよ。
ああ、私、少尉と同性で良かった。
アッサム曹長が、目の端に偶に映りますので戦っているには違いないのでしょうね。
でも少尉の動きと比べたら月とスッポンくらいの開きがあります。見てて哀れな程です。
彼だって、私と同じ位の強さの猛者なのに、いったい何が違うというのか…?
あっ…。
分かりました。
ウネリです。少尉の身体の動き、波、波動が始まっているのが、遠間から、近場へ、中から外へ向かっています。
私のアールグレイ愛溢れる目が、少尉の微かな筋肉の動きを見逃しませんでした。
動きの起点が、一番遠い筋肉から始まっているのです。
つまり、作用点である手足だけでなく身体全体を使っている。
でも、これは武術ならば、当たり前の事です。
だけど、ここまで基本に忠実な動きは、私、見たことありません。
少尉の全ての動きが、そうなのです。
まるで、小さい歯車が高速回転して幾つも噛み合った大きな歯車を動かすようなウネリを感じました。
最初、小さなサザナミが、終いには大きな津波へと変わるような動きです。
…凄い。忠実な基本の極みが、ここまで凄いとは。
でも、この動きを起こすには、相手の動きが分からなければ、合わせられないのでは?
ハッ、動きを、あらかじめ読んでいる?
私が今、少尉の動きをたどったように、相手の筋肉の動きから、先の動きを知覚できるよ。
五感、六感からの知覚と、その情報に基づく予想、予測、直感、多分…頭脳もシュミレーションでフル回転している?!
戦うのに、少尉の身体全体がフル活動しているんだ。
あ…目から鱗が落ちました。
思えば、私は最初から、諦めていました。
最初から無理だと思い込みたかった…何故なら、気持ちが楽だから…血反吐を吐いた経験を言い訳にしていた。
ああ…恥ずかしい。
でも私は、きっと、まだ強くなれる。
閉じていた道が広がるような気がした。
この道は、アールグレイ少尉に続いている。
あの遥かな高みへと。