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アールグレイの日常  作者: さくら
天竺行路
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ダルジャン・ブルーと試練(後編)

 皆で、二人を暖かく見守ろうと画策しようと考えていたら、話しが、親友のアントワネットに移っていました。

 「アントワネット曹長、君がこの中で一番弱い。」

 アールグレイ少尉の銀鈴のような声が、アントワネットの方から聞こえて来ました。

 

 酷い…なんて事を!


 本当の事を指摘するほど、当人の胃の腑を抉る行為はありません。

 何故なら、大抵の場合、当人は分かっていて目を背けているだけだから。


 人間、極一部の天才以外は、知能は一緒であるからスペックは変わらない。相対して比べても、ドングリの背比べ程の差しかない。

 だから、私が分かっていると言う事は、当人も本当は気づいています。


 私の見立てでは、ブルー8人の序列は、上からルフナ曹長、ショコラ様、私、次いで、フォーチュン曹長、レイ・キームン曹長、クール・アッサム曹長、ウバ・セイロン曹長、最下位はアントワネットです。


 最下位の理由を一言で言うと、性格が戦いに向いてないのです。敵と相対してのギリギリのせめぎ合いでは、きっと負けてしまう。

 身体的能力は悪くないし、競技としてなら大丈夫なのでしょう。しかし、殺し合いには向きません。相手を足蹴にして犠牲にして自分が生き残るくらいの執着が無いと勝負には勝てませんから。


 つまり、勝てば良かろう的な生き汚さが必要なのです。

 それがアントワネットには、見当たらないのです。


 騎士を志す私が、言うのもなんですが、まずは勝ち残らなければ、礼節を示すことさえ出来ません。

 アントワネットの尊大な物言いは、あくまでも貴族としての仮面です。

 本当のアントワネットの心は、純粋で繊細で、傷つきやすい、ルールありきの正々堂々とした生き方が似合う人。

 アントワネットは、自分自身の事を悪く言うけど、それは、些細な引け目さえ反省してしまうから。

 でも、そんな心の純粋さが、生死を掛けた勝負では、きっと不利になります。

 だって最後には自分が生きる事に執着した方が勝つから。

 だけど、アールグレイ少尉ならば、もしかしたら…。


 私は、密かに期待して、少尉とアントワネットのやり取りを聞いていました。


 でも、私のその願いは、脆くも崩れ去りました。

 アールグレイ少尉が、斧術の師匠に対して侮辱発言をしたのです。思わず、私の顔が引き攣る。


 少尉…アントワネットを発奮させる為に言ったとしたら、それは悪手ですよ。


 アントワネットの貴族としての誇りが、侮辱行為を赦さないでしょう。

 私には、この先の展開が読めてしまった。

 きっと、アントワネットは少尉に過度な謝罪を要求し、そして勝負には負け、誇りの高さから自決を選ぶだろうと。

 …まずいです。

 ここは私が、先に少尉に決闘を申し込んで…


 …


 …駄目でした。

 なんて事です、アントワネット自身にに拒否されるとは。

 もう、私にはアントワネットを救う手が思いつきません。

 もう、どうしたら良いのか…?


 私が迷っている間にも、少尉とアントワネットの決闘が始まってしまいました。

 闘いは、一見して、アントワネットが押しているように見えます。

 でも、私には勝負の行く末が見えました。

 アントワネット自身の力は、確かに増しています。

 でも、それは単調で、工夫の何も無い攻め、これでは到底勝てそうにない。…見切られて、終わりです。


 今は、何故か少尉が、心ここに在らずな戦い方をしてるから勝負に見えていますが、その気になられたら一瞬で勝負はつくはず。




 そして、その時は来ました。

 少尉の身体が、まるで今までが嘘のように、軽やかに舞い、斧を無力化して、アントワネットに尻もちを着かせたのです。


 あまりにも呆気ない幕切れ…。


 いや、これは分かっていたこと。

 その証拠にアントワネットが息切れして身動きが取れない状態なのに、少尉の方は、疲れの一つも見せていません。

 両者の実力は、一目瞭然です。


 ああ、こうなれば、私の身命を賭して、…アールグレイ少尉に勝負を挑むしか…アントワネットが助かるならば、私達は親友…私の命一つで助かるならば…。


 私の中で、思いがグルグルと回ります。

 私は、自分自身に言い聞かせました。


 決断だ!決断しろダルジャン・ブルー!


 私は騎士だ。


 騎士ならば、親友の命が助かるならば迷う事など無いはず。

 騎士道とは、…死ぬ事と見つけたり。

 それは、すなわち私が騎士として生きた証。


 覚悟は決まった。私は右手を剣の柄にそっと手を掛けた。



 その時です。

 アールグレイ少尉が頭を深々と下げて、アントワネットに謝ったのは。

 「申し訳ありません。アントワネット曹長の師に対しての数々の非礼な振る舞い、お詫びします。御免なさい。」

 

 え?!

 

 今まさに飛びたそうとした私の動きが止まりました。

 でも、この時、多分皆んなも動きが止まっていました。


 …信じられない。私は完全に虚を突かれました。


 だって、これは有り得ない事。

 レッドは、貴族の騎士と同格。貴族は目下のものには絶対謝らない。

 ギルドでも、それは同じ。この実力主義社会であるからには謝ったら負けを認め、相手より下である事を認める事になってしまう。だから普通、謝る事はない。

 少なくとも、私はレッドがブルーに謝る姿を、今まで見た事がありません。

 

 だから、私は…謝る事は、負けであり無様であると、今まで思っていました。だけど…


 目前の少尉の姿を、見る。


 アールグレイ少尉の謝る姿は、…とても美しかった。

 真摯に心から、自分が悪いと思っている事が、その姿勢から分かりました。

 それはアントワネットにも伝わったはずです。


 今まで、私が謝ったら負けと思っていた事は、はたして何だったのだろうか?

 少尉の謝る所作は美しく、私よりも遥かな高みにいると感じてしまっている私がいる。


 なんてお人だ。


 謝ることで、何故に相手よりも力量があると感じてしまうのだろうか、分からない。

 私には、少尉の謝る姿が太陽の様に眩しく感じるのです。

 これは…格が違う。


 頭を上げた少尉に、アントワネットが負けを認めるのかと不満そうに聞くと、違うと答えていた。

 ならば、私の負け…と言い掛けるアントワネットに、少尉は、負けでは無い!と遮った。


 え?!

 どう言うことなの?

 少尉の負けでは無く、アントワネットの負けでも無い…引き分けなの?


 だが、少尉の言葉は、私の予想と違った。

 少尉は、アントワネットに対して言った。

 同じステージに上がって来いと、一生を懸けて自分に挑んで来いと。


 んん!その言葉を聞き、私、身体の芯から震えました。

 まるで、燃えるように身体が熱いです。

 思わず口元がニンマリとなるのを我慢する。


 ああ、この方は、私の親友のアントワネットを救ってくれた。

 この方に御恩が出来てしまいました。


 そして、私にも、あなたのその言葉は有効ですよね。違うと言うなら勝負を挑みます。勝てるまで一生。

 感謝と感激、そして生き甲斐を、私は、この日見つけてしまった。


 アールグレイ少尉、一生あなたに付いて行っていいですか?

 

 


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