ダルジャン・ブルーと試練(中編)
透き通った声が聞こえる。
鈴を転がす様な、涼やかなお可愛らしいお声。
アールグレイ少尉のお声だ。
「一番手は誰?」
それほど大きくはない声なのに、よく通り、よく聞こえた。
その厳しめの声調は、芯に火柱が通っているかのように感じる。
もしかして、怒ってますか?
表情は、無表情なので、分からない。
先ほど、バスの中で見せてくれた笑顔との落差が激しい。
ドキドキです。
一番手に名乗りを上げようと、立ち上がろうとして、立てない事に驚愕する。腰が抜けたように立てない。
反転して四つん這いになり、立とうと試みる。
戦場ならばやられている…無様。なんたる事。
「キュウイー、運命!」
そうこうするうちに本家のショコラ様が、奇妙な声を上げ、立ち上がっていた。
ぬぬ、抜かりました。
四つん這いになりながら、試合を見る。
アールグレイ少尉が、右手の人差し指で、ショコラ様を翻弄している。
信じられない。
ショコラ様の防御力は、無手で、私の剣術に対抗できるほとの実力とみてとれる。
あの防御は、もはやショコラ流と言えるほど、技として完成している。突破するのは至難の業。
それを人差し指一本だけで、とうとう倒してしまった。
ぬぁおおおー!
過去の悔しさを思い出し、憤怒と力を込めて立ち上がる
これは、初撃に全身全霊を込めるしか勝ち目は無い。
「…次!」
少尉が、声を出したとほぼ同時に、死角からランスを突き出す。卑怯では無い。既に勝負は始まっている。
もし、これで不覚を取るならば、やられる方が阿呆なのです。
でも、私の渾身の突きは、あっさりかわされた。
アールグレイ少尉がクルリと小さく回ったのは分かった。
ランスの先が手甲で弾かれ、直後に衝撃が、私の右胸付近に突き刺さる。
まるで高速で突貫して来た丸太に当たったような衝撃…それが私の最後の記憶だった。
目の端に、ルフナ・セイロン曹長が幽鬼のように立ち上がったのが、眼にとれた。
ルフナ曹長、後は、頼みました…。
…
次に気がついた時は、木陰に寝かされていた。
ショコラ様とルフナ曹長も、横に寝かされている。
そうか…やられてしまいましたか。
上半身を起こし、ふと前を見ると、アントワネットがアールグレイ少尉にビンタを張られて吹っ飛び、フォーチュン曹長が蹴られて転がった所でした。
これでブルーで、立っているものは、誰もいない。
広場に立っているのは、アールグレイ少尉唯一人だけ。
ブルーとレッドで、これ程の開きがあるとは。
…敵わない。あれは人間技ではない。
いや、人間です、か弱い少女の身体でした。
畏れと、認識と、現実と、ありとあらゆる思いが混然として、今の自分が、何を思っているのかよく分からない。
しばしの休憩の後、整列させられた。
疲労と認識崩壊のショックで、頭がボゥッとしている。
アールグレイ少尉が、何やら喋っています。
言葉が、頭に良く入っていかない。
でも、聞き取れた単語から、内容は分かりました。
…そうですか、クール・アッサム曹長は、ホモでありましたか。
ホモの人とは会うのは初めてですが、私にはホモに対する差別意識は無いと思います。私達ブルーは一次試験を通り抜けた仲間ですから、強く生き抜いて欲しいと思います。
…そうですか。クール・アッサム曹長は、腰抜けでありましたか。
自分から腰抜けであると曹長が告白している。…いけません。腰抜けはいけませんよ、アッサム曹長。ホモは構いませんが腰抜けは駄目でしょう?
しかしながら今の自分の弱さを認めて、一歩を踏み出すのは悪くありません。でも私は、あなたと違い腰抜けではありませんけどね。
…そうか、するとクール・アッサム曹長は、ホモで腰抜けなんですね。
…了解しました。…そう言えば、レイ・キームン曹長と仲が良いように見えました。まあ…そういう事だったんですね。私ったら、そういう事に疎いので全然気がつきませんでしたわ。
まあっ、まあっ、応援した方が良いのかしら。
こんど、アントワネットに相談してみましょう。
お二人が良い仲である事に気がついてるのは私だけかしら?
ショコラ様と、アールグレイ少尉とエトワール少尉にも、お教え差し上げなければ。