ダルジャン・ブルーの追憶(中編)
友人のアントワネットの事を話そうと思う。
アントワネットとは、お茶会で初めて出会った。
悪評高く、お茶会には今まで、事実上、出席禁止であったディスティリティー・エペ伯爵家の令嬢。
でも、私は会う前から、興味がありました。
だって、武道を嗜むとか。それも斧術とかを本格的に習っていると聞いたから。
私も、槍術、剣術ならば習っていましたけど、斧を使っている方は、初めてです。
是非、お友達になって、対戦したい。
エペ家に連なるもの達は、それぞれ独立した家ですけど、本家のエペ家を中心にして、非常に仲が良い。
皆さん、文官系の能力を持った、気質がホワホワとした為人をなさっています。
もちろん弱肉強食の貴族の世界を生き抜いてるだけあって強かな強靭さを秘めているに違いないけど、一見して、そうは見えない程の対応の柔らかさだ。
私が見るに、エペ家の生き残り戦術は、強者に貸しを作ること。すなわち投資能力に長けていること。だと思う。
一言で言うと、目が肥えていて、人助けの気質を持っていることだと思う。でも、あのフワフワ感は、きっと生来のものだ。自然とサラリと助けてくれる。
だからこそ、私には、あの生き方は無理だと分かった。
きっと私は、エペ家の者としては異質であると思う。
父も母も、兄妹とも、私は性格が似ていない。
この武を好み、融通の効かない性格は、私固有のもの。
だけれども、ある時、父に、ちょっとだけ愚痴をこぼした際に父が話してくれた。今、考えれば落ち込んでいた私を励ましてくれたのだろう。本当に優しい父だ。武骨で気が効かない私には真似出来ない。
そんな父の話しでは、エペ本家と別れた際の、ダーマン・エペ家を興した始祖も武を好む方だったらしい。
エペ家には、時代の節目節目に、始祖を含め、武を好む私に似た者が、何人か排出するそうで、それも各エペ家から、複数人出てくるらしい。
だから、ダルジャン、お前にもきっと、武を好むエペ家出身の友人が出来るはずだ。と父は、教えてくれた。
そうか、私にも同じ気質をした友人が出来るのだ。この話しは、私を非常に勇気づけ、励ました。
だから、アントワネットの噂を聞いたとき、私には、ピンと来たんです。
こ、これは、父の話しにあった方に違いない。
疑うわけでは無かったけれど、父の話しは本当であった。
だから、私には会う前から分かった。アントワネットとは生涯の友となると。
武を好み、けれども引っ込みじあんな友達を助けてあげるのは、私の役目なり。
だから、アントワネットが、今度のお茶会に出席すると聞いた私は、あらかじめ周りの令嬢達に、柔らかく受け止めてくれるようお話ししておいた。
こんな時、エペ家の気質は本当に助かる。
私が一言二言いうだけで伝わるのだ。聡明すぎるよ、私の親族達は。
そして、これは、本家のショコラ様にも、私の気持ちをお話ししておこう。
ショコラ様は、私よりも歳下だけれども、エペ家の粋のような方で、柔らかで優しく、高貴さを感じさせるのに、話しやすい方なのだと、この時は、そう思いこんでいた。
まさか、武道を本気で嗜みて、本家を飛び出してギルドに入ってくるとは、思いもしませんでした。
この時も、そんな事はおくびにも出さず、私の話しをニコニコと聞き終わり、了承してくれた。
これで、きっと大丈夫。
アントワネットが失敗しても、私を含めエペ家の者達が、総出でフォローしてくれるに違いない。
全く我が親戚ながら頼りになる。むろんこの貸しは、出世払いで払うつもりです。
我が一族の為ならば、助けに駆けつけることを、この時、心に誓いました。
初めてアントワネットと会った時、派手な衣装に気位の高そうな物言いと雰囲気に圧倒されました。
第一印象は、私が読んだ物語に出てくる悪役令嬢のように感じを受けました。
ああ、こんな人、本当にいるんだ…ビックリ。
でも、話しているうちに分かりましたよ。エペ家とは掛け離れた異質な為人。…私と一緒。炎のような誇り高さと傷つき易い繊細な心を持つ少女。対等に付き合うには難しい性格。でも、大丈夫。何故なら私達は、生涯の友達だから。
私達は、時には助け、時には助けられました。
このレッド昇格試験に参加するまで紆余曲折、本当に色々な出来事に遭遇して、二人で乗り越えてきました。
だから、今回も二人で乗り越えて行くのです。
しかし、私もレッド昇格試験を舐めていた事を思い知りました。
試験官は、レッド三人。
目を見開いたのは、その中に少女が二人いた事。
しかも私よりも歳下、17歳位に見える。
金髪の方は分かる。人事部のジーニアス、おそらく今回の異例な試験の発案者。そうか、なるほどと頷ける。
あまりにも異例な裏試験、まさしく天才の仕業と言うわけですね。しかしチャンスには違いない。
私達は、受かってみせる。
男性の40歳位のレッドは、技能系のレッド…たぶん、裏試験の隠れ蓑である表の任務であるハクバ山探索の責任者だと推測する。
だとすると、もう一人のレッドの少女は…?
マジマジと観察する。
黒髪を肩辺りまで、無造作に伸ばした少女。
よくよく見ると、とてつもなく可愛いのが分かる。
なんで、一目で、分からなかったか分からない可愛さで。
そうか…軽い隠形の術の形跡が見てとれた。
そして名前を聞いて、度肝を抜かれた。
アールグレイ?ブルーの間で噂されていた[テンペスト]の名前と同一である。
あれが、アールグレイ・テンペスト。
噂のイメージと、目の前にいるレッドの少女の見目形が、全く一致していない。
いや、待って。たしか噂で、至高に可愛い金髪少女だとか、一笑に伏すような噂も、確かにありました。え?嘘、本当?黒髪だけど本物?
私達が、目を白黒させてる間に、一次試験は始まった。
ウォーミングアップにジョギングという名目を言っていたが、そんなはずは無い。
私は、走り始めて、対戦用に胸当てや、小手当て、脛当てを付けていた事を激しく後悔した。
軽く私の年収分を注ぎ込む程の価値のある特別に軽い、形状記憶合金で造られてはいるが、私には既に重く感じられた。
確かにスピードは、そんなに速くは無い。
平地であったならば、なんとか大丈夫だろうな速さであった。
でも、ここって山ですよね。
列は、アールグレイ少尉を先頭にして進んでいく。
驚くべきことにショコラ様も、今回参加されていた。先頭の方で走っている。
ギルドに入ったとは聞いていたけど、私達と同じ叩き上げで、入っているとは思いませんでした。
正直、以前と変わらぬ、あんなにフワフワな感じで心配ですけど、余計なお世話なのだろう。
だってショコラ様はギルドのブルーになっている。海千山千の猛者を倒せるような実力が無ければブルーには成れないのです。それは今、ブルーになっている私が一番良く分かっている。
急勾配の山道を、少し速い位のスピードで駆け登る。
思ったよりも、きつい。
しばらくしても、スピードは、落ちない。
汗が滂沱の如く、滝の様に流れて落ちていく。
あれ?おかしいな。
まだ、30分と走ってないのに、既に体力ゲージはエンプティです。
でも、まだ一人も脱落者はいない。流石レッド候補の選ばれたメンバーです。これは勝負ですね。
体力、耐久力を見る、基礎的な試験。
正直、死ぬほどキツい。でも意地でも脱落は出来ない。
地獄だ。
ただ、走るだけが、これ程キツいとは。
認識を新たにしました。
それにしても、未知なる山なのに立派な道が出来ているのが不思議です。前方からメキョメキョ音がしているけど、何か関係があるのでしょうか?
途中で、前から崖を転がり落ちていく大きな焦茶や黒色の物体が、たまにある。なんだろうか、あれは?
人類未踏の地であるから不思議な事もあると無理矢理納得する。でも、あとで前方にいたショコラ様に聞いてみよう。
既に体力は、尽きた。
もはや、気力だけで私は走っている。
途中から、何故か少しだけ、走るスピードは遅くなった。
これがなかったならば、脱落してたかもしれない。
神に感謝しよう。
もはや、水分が全て抜け落ち、意識朦朧して来た頃、前が開けた。時間にして1時間はたっている。
頂上なのか…やった。
だが、列は止まらない。
え、え、え?何故?
前方から、アールグレイ少尉の、下りは足元に気を付けてと注意する声が聞こえてくる。
信じられない…止まらぬのか…このまま行くのか。
現実を頭が認識できない。
天を見上げていたら、隣りから脇を突つかれた。
隣りを走っていたアントワネットと、目が会う。
無愛想に手持ちの水筒を渡してくれた。
アントワネット、マジ天使!
この自分が苦しいときに、助けてくれるのがアントワネットの良いところなのです。…なんて優しい。
無愛想なのは照れ隠しであることは、長年の付き合いで分かっています。
そうだ。私にはアントワネットが居る。
二人でレッドに受かるのだ。試験が尋常で無いことは初めから分かっていた事です。これくらいなんですか。歳下の少女達が平気で走っているというのに。
要は慣れです。多分慣れれば大丈夫。平気、私は平気。そう自分に言い聞かせる。
言葉の力は、馬鹿に出来ない。
今までも、自分の言葉には助けられてきた。
辛い時も苦しい時も、言葉は私に力をくれる。
望みを達成する力を持っている。
嘘だと思うならば、願いを呟いてみるといいですよ。
試してみて下さい。
言えば絶対に達成出来ます。
私は、水筒から一口、水を飲み干すとアントワネットに返した。
…今度から、水筒も常備しておこう。と思った。
私は呪文のように、私は走れる、私は出来ると何度も呟きながら、下り坂を走った。
正に精も根も尽き果てた状態で、乗って来たバスが見えた。
ゴールだ。やったよ。アントワネット。
私達やった。
とうに水分は出し切ったと思っていたけど、目が潤んだ。
列は、出発地点のバス前の広場まで着くと、折り返して、また山方向へと走り始めた。
あれれ?ど、どういう事なの?
皆んな、どうして進んでいるの?
分けが分からないまま、列に続いて私も走る。
急勾配が近づくにつれ、私は理解した。
試験は終わらない…無限山岳トレイル?!
のちに、今回試験運用されたレッド昇格試験は、講習として定例化されたが、この無限山岳トレイルも引き継がれ、無限耐久地獄と参加者から怨叉の声が上がっていると聞いた。
山が遥かに高く感じる。
限界です。何処かでアラームが鳴っている。
一歩、一歩が、限界を越えた一歩であると、私は感じている。
私は、今、自分の未踏の地を踏み締めている事を感じています。
景色が私の周りを回っている。
森の上から、光りが差し込んで、私の行く道を照らしている。
周りを妖精が、飛んでいる
楽しい…あははは
突然、脇腹を突く痛みに我に返った。
ハッとして、隣りを見ると、アントワネットが苦しそうにして、こちらを心配そうに見ている。
この子は、苦しくても普段苦しそうな姿を見せない。
そんなアントワネットが意識が飛んだ私を助けてくれた。
黙って私に水筒を差し出すアントワネット。
…情け無い。そして恥ずかしい。
私の芯なるものがあるならば、それが、燃え上がった。
私は、騎士だ。貴族の位の騎士では無い。
私の心の中の騎士が、突き上げるように言っているのだ。
自分の心に嘘はつけない。
私は、首を振り、アントワネットが飲むように促す。
私は、助けたい。弱き者、小さき者を助けたい。
弱き者とは、志しあるも未だ壁を越えられず涙して足掻く者。
小さき者とは、幼い力なき者。
我が道は、後の世まで続く騎士の道。
私は、
挫けてはならぬ。
振り返らぬ。
立ち止まらぬ。
突き進むのみ。
全員合格する。私が助ける。
テンペストが基礎体力の化け物だと分かった。
見た目に騙されてはならない。
まさしく、あれはドラゴン級の怪物に違いあるまい。
だが、騎士がドラゴンに怯んで、どうするか。
テンペストが、どう思うが関係無い。
私の一生を懸けて勝負です。
実力に開きがあるのは分かりました。
だけど、心で負ける理由にはならないでしょう?




