ダルジャン・ブルーの追憶(前編)
私の名前は、ダルジャン・ブルー・ダーマン・エペ。
エペ侯爵家から枝分かれしたダーマン・エペ子爵家の三女が私だ。
貴族とはいえ、子爵家の三女ともなれば、嫁ぐ先も貴族とは限らない。嫁ぎ先を捜すのも苦慮するようで、私は物心つく頃から、自らの力で身を立てたいと思うようになっていた。
しかし、私には財も無いし商才もない。
頭脳は悪くも無いが、さりとて、それで身を立てる程でも無い。
だが、私には武の道がある。
ダーマン・エペ家を興した始祖様は、武で手柄を立てて爵位と小さいながらも領地を下賜されたらしい。私にもご先祖様の誇りある武の血が流れている。
子供の頃は、騎士物語を何度も読み込み憧れた。
少し成長すると、騎士になるには、女子たる私には不可能に近い程、無理であることが分かりだした。
周りには、化粧、アクセサリー、お茶会に興味ある子女ばかり。心優しく温厚なエペ家では爪弾きにこそされなかったが、自分が異質であると感じていた。
騎士の見習いになるには、貴族の推薦状が三通は必要だ。通常は、親と師匠と寄親から、其々貰えれば事足りる。
しかし、私の親は、私が騎士に成るに反対だし、寄親であるエペ家は文官の家系であるからして騎士推薦には消極的だ。剣の師匠は平民なので、騎士推薦資格が無い。無い無い尽くしだ。
ふふ…あまりの不遇に笑ってしまう。
でもよいのだ。
最近では、騎士の実務実態を知るにつけ、興味は薄れていったから。
私が目指す騎士道とは、市井の人達を助ける道である。
こんにちの騎士の勤務内容とは相入れないかもしれない。
そんな事を、悶々と歩きながら、進路先を考えていたら、14、5歳位の同年代の少女達が数人のチンピラに絡まれているのに出会した。
軟派とは言えない程の強引さで、少女達の腕を掴み、路地裏の暗がりに連れこもうとしているのを見かけてしまった。
嫌がって、周りに助けを求めている。
いけない!すわ助けようとした時、騎士が近くを通り掛かったのを見つけた。青い鎧を着け、青い機械馬に乗っていることから青藍騎士団の騎士であろうと分かった。
たまたま騎士の巡回ルートだったらしい。
良かった。きっと騎士ならば、あの子達を助けてくれる。
だが、期待は裏切られた。
騎士は、一瞥すると無視したのだ。
正直ショックだった。
何故だ?何故助けようとしない?
いや、個人間の争いに基本騎士団は介入しない。騎士の態度は正しい。だがあの子達は、まだ、小さい女の子で、弱き者達ではないか…。
助ける力があるのに、弱き者を見殺しにするのは間違ってはいないのか?
頭の中で、考えがグルグル回って、私の身体が動かない。
そんな時、人混みから紺色の制服に青色のスカーフを纏った小さな女の子が飛び出して来て、チンピラ共をぶっ飛ばしたのだ。
少女のスカートがクルリと舞う度に、少女の拳を受け、チンピラが軽々と吹っ飛ぶ。思わず目を見開く。
いったいどういう原理なのか?!
次々と華麗に宙を舞うチンピラ共。
そして、あろうことか、その女の子は、騎士の処まで行き、その頬まで、平手で張ったのだ。
まだ若い20歳にも満たない騎士だ。
頬を張られて、茫然としている。
周りの喧騒が、嘘のように静まりかえった。
ここに居る誰もが少女が騎士に切り捨てられる事を予想し戦慄した。
…なんてことを。ただでは済まない。
騎士は貴族の最低位だが、高位の貴族が兼ねている場合も多い。
騎士に付いていた、従騎士や従士が殺気だって剣に手を掛けたのを、頬を張られた騎士が無言の仕ぐさで、それを止めた。
そして、少女を一瞥すると、麾下の者達に指示して去っていった…。
騎士達が去ると、喧騒が元に戻った。
騎士が、立ち去るまで少女は、騎士の顔を凝視していた。
私よりも小さいのに、何という胆力か。
騎士の頬を張った時に、あの子は騎士に何か告げていた。
聞こえなかったが、状況から内容の予想はついた。
あの少女は、絡まれていた少女達を騎士が見たのに助けなかった事を咎めたのだ。
騎士の行為は正しい。実際少ない人数で個人間の争いに介入していてはキリが無い。
だが、私の気持ちは納得していないのが分かる。
あれは、…私は正しい行いでは無いと感じているのか?
だとしたら、あの少女の行いが、正しいのか?
騎士の行為は、正しいはずだった。
でも、今の私には分からない。
もう何が正しくて、何が正しく無いのか分からなくなってしまった。
私以外にも少女達がチンピラに絡まれてるのを見てるものは多数いるはず。だが、私を含め、誰もが躊躇する状況で、助ける為に動いたのは、あの小さい少女一人だけだった。
しかも、無視した騎士の頬を平手で張り、騎士の態度が間違っている事を、行動で示したのだ。
…今の私では、とても真似出来ない。
だが、しかし…私は少女を見る。
助けられた少女達が、件の少女に、頭を下げてお礼を言ってる。
もし、あの小さな少女が介入しなければ最悪の結果になっていたかも知れない。
少女が、仕草で、いいからいいからなどと言っているのが遠目にも分かる。
よく見ると、金髪碧眼の可愛いらしい少女だ。まだ小さい。
あんなにも小さいのに…。
そして、紺色の服は学生服だった。だとしたら自分の後輩ではないか。
冒険者ギルドのアルバイト員が付ける緑色の腕章を左腕に付けている。アルバイトの都市巡回の途中だったらしい。
でも、たしか学生は単独では受けれないはず。
すると途中から、黒髪長めの、同じ位の身長の少女が来て、金髪の子を叱りつけていた。
金髪の子は、途端にシュンとなっている。
ハッ、そ、そうだぞ。君の行為は正しかったが、幸せな結果に繋がるとは限らない。
たまたま、あの騎士が、変わり者の寛容な騎士だっただけ。
…本当に危なかった。
もっと、その子に注意してやってくれ。
危なげで、とても見てられない。
だが、私は先程の光景を思い出す。
少女の行動は、小気味良かった。
思わず口角が上がる。
まるで、嫌な空気を吹き飛ばす春風のような爽やかさを感じた。
いや、春の嵐のようだったな。
フッ…。
少女の緑色の腕章が目に付く。
ああ、そうか、ギルドという選択肢があったな。
ギルドは自営業者の集まりだが、強さと規律に定評がある。
しかも自由があり、レッドに昇格すれば騎士とも同格であると聞く。
私は、騎士では無く…あの少女の様に市井の民の為に働きたかったのだ。それが今分かった。
たった今、自分の気持ちに得心がいった。
よし、帰ってから、アントワネットに相談をしてみよう。
まるで、胸のつかえが取れたように気分が良かった。