君に贈る言葉
この世界が好き。
僕は、グレイ家に生まれ落ち、両親と姉との4人家族で育った。成人になるまで育ててくれたお母さんには感謝している。
お父さんは、僕を守ってくれた。
姉さんは、お母さんの世話をしてくれている。
僕は、学校を飛び級で、卒業するとギルドに登録して働き出した。
五体満足で、依頼を受け、働いて、依頼料を受け取り、生活できている。
ペンペン様と一緒に御飯を食べて、日常を平和で暮らしている。幸せを感じている。
だから、この世界に感謝を。
愛おしさを感じている。
この肌を撫でる風や、揺れる樹々の緑、流れる雲、輝く太陽、水面の煌めき。
風の音、樹々の匂い、鳥の囀り、大地の脈動。
全てが、懐かしく、愛おしく、麗しく、感じる。
僕は、幸せだ。
だから、この世界が好き。
この世界の全てが見たい。感じたい。
もちろん、その中に人も入っていますから。
僕について、考える。
僕は、転生者であるけど、チートでも無く、格別優れた能力もない。いわば凡人である。又の名を庶民。
天才でも無く、割とナマケモノに近い習性を持っているので秀才でも無い。日常は失敗と後悔の繰り返し。
だから、せめて、礼儀と基礎は大切にしてるくらいしか取り得は無い。
身体も小さいし、軽いし、力無いし。容姿は十人並だし。
知覚魔法は、少しだけ自信もっても良いかななんて。
まあ、はっきり言ってモブです。
でも、それで僕は満足してるから良いのです。
ゲームで、たとえれば村人Aですね。
勇者が、村に来た時に声を掛けられたら、「アールグレイ村に、ようこそ!」なんてね、返事をする役どころです。
人類の大半は、凡人で庶民でモブだ。
前世の本で読んだ一冊に、人間の能力なんて99%決まっていて皆んな変わらない。残りの1%の違いの差でしかない。との記載があるのを思い出した。
賢者も愚者も、強者も弱者もどんぐりの背比べ位の差でしかないならば、肩の力を抜いて気にしないことだと思う。
能力の差を気にしてるのは、人間だけ。
だからして、僕も恥じることはしない。
僕にとっては、日々を大切に生きる事の方が重要。
僕は、誇りを持って問いに答えよう。
僕は、村人Aです。
ん、…返事は無いけど、気にしない。
自分自身に、僕は答えを出したのだ。
さて、深呼吸を一つする。
身体が、嘘のように軽い。まるで羽のようだ。
アントワネットを観察すると、スローモーションのように動きの軌跡が先まで分かる。
振り降ろした斧を、避け、右足で上から押さえつけ刃先は地面にめり込んだままにさせる。
掌底で優しく胸を突くと、アントワネットはバランスを崩して後ろに尻もちを着いた。
大量の汗を滴らせ、僕を見上げるアントワネット。
茫然とした表情だ。
息が、完全に上がっている。
さもあらん、あんなに斧をぶん回し続けたんだ。とっくに体力は枯渇してるはず。
僕は、アントワネットに対し、姿勢を正して頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。アントワネット曹長の師に対しての、数々の非礼な言動、どうか、お赦し願いたい。御免なさい。」
周りを、取り囲み、決闘の様子を伺っていた面々が、仰天した顔つきをしているのが目にとれた。
彼らの驚きも分からんでも無い。
何故なら、この実力至上主義とも言える今世では、謝ることは自分の非を認めて、完全降伏することに他ならない。
相手に何をされても文句も言えない。
尚更、階級が実力を表すギルドでは、レッドがブルーに謝ることは、有り得ない。
でも僕には、謝る事に頓着はない。
だって自分が悪い事をしたら謝るのは当たり前だから。
僕は神様ではない。間違いだってある。
アントワネットは、息も絶え絶えの状態で坐り込んでいる。
おそらく立つ事すら困難であろう。
「それは、アールグレイ殿の降伏宣言と受け取って良いのか?」
疲労が滲んだ不満気な顔つきだ。
自分が倒れているのに、僕が降伏など納得が出来ぬのだろう。
「違います。僕は、自分の言動が悪いと思ったから非礼を詫びただけ。勝負は別の話し。」
僕は、かぶりを振って否定した。
アントワネットは、微かに笑うと俯いた。
「ならば、私の負け…」
ダルジャンの決死の覚悟を秘めた眼差しと、剣を握り締め、今、正に友の為に飛び込まんする様子を横目に見ながら、僕は、アントワネットの言葉を遮った。
「負けではない!」
僕の言葉に、ダルジャンの動きが止まり、アントワネットは面を上げて、「あなた何を言ってるの?」みたいな顔をして、僕を凝視した。
静まりかえった周囲に、ハッキリと聞こえるように、僕は言う。
「アントワネット曹長の負けではない!だが僕の負けでもない。今日は少々疲れた。勝負は次の機会に持ち越しとしたい。」
「欺瞞です。この勝負は私の負けだ。情けなど無用!師だけならず私までも侮辱するか!アールグレイ!」
アントワネットは僕の言葉に食ってかかる、食ってかかる。
さもあらん、納得はしないだろう。
だけどね、僕は、君に生きて欲しいんだ。だから…
「異論は認めない。勝負は継続。アントワネット、君は僕には勝てないの?君の、師の斧術は、僕に通用しないのかい?
時間をあげる。まずは、同じ土俵に上がって来なさい。勝負はそれからです。君の一生を賭けて僕に挑んで来なさい、負け逃げは許さないよ。返答せよ!アントワネット曹長。」
ダルジャンは、剣に手を掛けたまま、その表情は上気して赤くなっている。顔がニンマリとしながら震えている。
一生賭けて挑みなさいあたりの言葉が彼女の琴線に触れたのかもしれない。
頼むから襲って来ないでね。
アントワネットは、信じられないような顔を僕に向けて、「分かった。アールグレイ少尉殿。」と、呟き、ゆっくりと頷いた。
少なくとも、その表情からは険は取れたみたい。
果て無い闘いなど、本来、僕の趣味では無いけれど、まあアントワネットが救われるならば、良いかな。