愛しさと切なさと心強さと
「君が、おそらくこの中で一番弱い。序列最下位だ。分かってる?」
僕は、アントワネット曹長に言い放った。
仮にもアントワネット曹長は貴族だ。
人の上位たる貴族に対し、平民の僕が、お前は最低と言い捨てる。
ギルドの枠の縛りが無かったら、僕縛り首もんだよ。
でもギルドのレッドは貴族の最低位である騎士と同格と見做されているからギリセーフかもしれない。
どっちにしろ貴族は侮辱されたことを忘れない。
いずれ僕はアントワネットに報復されるかもしれない。
そんなリスクを犯して、個別に言う必要があるのか。
しかりと言いたい。
僕はブルーを全員合格させる、実力をレッドに引き上げると言にした。
だから、その目標を達成する為に全力を尽くす。
その為にあらゆる感情を利用する。
腹の底から善悪関わらずの強烈な思いが無ければ上限を突破するのは難しい。
アントワネット曹長は、貴族らしい鈍感さと誇り、本人の個性であるかもしれない繊細さが共存してるように、僕には見える。
だから、まずは煽って貴族としての誇りを傷つけ、怒りを引き出すのだ。
怒りは単純に困難に立ち向かう力となる。
そうして怒った後に、その繊細さで彼女は自分を責めるのだろう。
以上、僕の勝手な推察だけれども、アントワネットが弱いのは事実だ。
何故、体格に合わぬ斧を得物にしているかも分からない。
ここら辺に怒りを着火するものがあるかも。
「君に斧の使い方を教えた人は、…無能だな。君の弱さが、それを、証明している。」
チラリとアントワネットを見ると、さっきまで赤かった顔が青白く能面のような表情になって呆然としている。
あれ?僕失敗した…?
だが、反応は別の場所から来た。
「アールグレイ少尉殿、その余りに無態な言動、赦し難し。ダーマン・エペ家が三女、ダルジャン・ブルー、貴殿に決闘を申し込む。」
堂々とした清冽で淀みの無い声だ。
整列した列から、一歩前に出て来たのは、ダルジャン曹長。
全身から気が陽炎のようにユラユラと立ち上っているのが分かる。
これは、…本気だ。まなじりを決して、僕に向き合っている。
……釣れました。目当てとは別の子だけど。
ダルジャンは、アントワネットの友達なんだろう。
友達の為に、本気で怒ることが出来るなんて、なんて良い子なんだろう。
感動で思わず涙腺がウルッて来てしまう。
「僕…受けてあげてもよいよ。おまけに、もし負けたら土下座して詫びを入れてもよい。そして、あなたが大人だと認めましょう。もし、あなたが負けたら、僕の土下座に見合う代償を払ってもらうけど、それでも良い?」
僕は、ダルジャンの覚悟を問うた。
友情に感動した僕は、申し込みを受けても良いと決めた。
だが、それから先は、代価が必要だ。
なぜなら、ダルジャンの友情も、アントワネットの斧に対する思いも僕には関係の無い話しだから。
ついでに言うなら、貴族の誇りも僕には関係が無い。
そんなことに心煩わせたくない。
僕、貴族では無いから誇りに頓着しません。
その点、ギルドは良い。程よい規制と程よい自由。実力を増す分だけ自由度が上がる。それなら頑張れるよ。
僕がギルドを選んだ由縁である。
もし、貴族が執拗に絡んで来るなら、実力で潰すか、僕、他の都市に逃げちゃいます。
逃げるを選択するのも、僕の自由だし。
これは選択の自由の話しで、無責任とは別の話しだ。
僕、責任は取るよ。大人だからね。
さあ、ダルジャン、君の答えは何?
「ダメよ!ダルジャン。…ダメ。これは私の闘いなの。曾お祖父様の、師匠の誇りを取り戻すのは私の責務なの。アールグレイ、貴方に決闘を申し込む。私は戦斧のルドルフが最後の弟子、マリー・アントワネット。私は武人としての誇りを賭ける。貴方が負けたら、私達の誇りに相応しい代価を支払ってもらうわ、尋常に勝負しなさい。」
アントワネット曹長は、自らの意志で一歩前へ出て来た。
手足が震えているのが、眼にみえてわかる。
僕の実力の一端は、先程の模擬戦で分かったはず。
それでも、彼女は、勇気を振り絞り、みずから一歩踏み出したのだ。
その心意気は、良し!
「…良いでしょう。受けましょう。」
だけど、仮にも僕に挑戦状を叩きつけておいて、もし詰まらない闘いなぞしたら、分かってますよね、アントワネット。