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アールグレイの日常  作者: さくら
天竺行路
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ブラッディマリー(後編)

 初めてエペ家本家本元たる統領の御息女を見た時、私は彼女を馬鹿にしていた。

 ボケっとした、何を言っても響かない、可愛いだけが取り柄の自分が無いお嬢様だと。

 ショコラ・マリアージュ・エペ

 フワフワした明るい金髪を腰まで伸ばした繊細そうなお嬢様だ。


 

 けれでも、私が熱から覚めて、社交パーティーの場で二回目に会った時、私の彼女への見方は変わった。

 彼女は心の中に覚悟を秘めている。

 曾祖父やテトラに感じるものと同じ、ハンマーで叩いても割れない強靭な黒鉄のような核を感じた。


 見つめていると、彼女が私を見た。

 ニコニコした営業スマイルが、少しだけ訝しんだ表情に変わるのを、私は見てしまった。


 その、瞬間分かった。

 今まで査定されていたのは私の方であったと。

 馬鹿なのは私であったと。


 羞恥と悔しさが湧く。

 おそらく私は思いが顔に出たのだろう。

 あらあら、まぁ。という顔をされた。


 しかし、少なくとも、エペ家の統領の娘が私の存在を認めた事が周りに分かったのだろう。

 あの表情は、周りへの合図に違いない。

 エペ家に連なる家の息女達が、私の周りに寄って来た。

 社交会と言うものが、少しだけ分かった気がした。


 そんな遅れてきた新入りの私に、真っ先に声を掛けてくれた者がいた。

 ジャルダン・ブルー・ダーマン・エペ

 この日、私に新しい友達が出来た。


 ジャルダンを、一言で言い表すならば、真っ直ぐな裏表の無い人間だった。

 これほど悪意の無い人間は珍しい。

 だけど私達は馬があった。

 捻くれた悪意の塊の私と真っ直ぐで善意の化身のジャルダン。お互いを補う意味で、お似合いだったのかもしれない。


 そんな話しを、テトラにすると、

 「あらあら、私から見たら、お嬢様も真っ直ぐで善意の塊ですよ。」

 と、言われた。

 テトラは、いつも私に優しい。

 もし、私に姉がいたら、こんな感じなのだろうか。

 ずっと側にいてね。テトラ。





 私が、15歳になった時のことだ。

 学校を卒業した。

 これから、私は大人として、社交会入りを果たす。

 師匠には、とうとう一度として勝てなかったけど、斧使いとして免許皆伝を貰った。

 やったよ。テトラ、私は師匠から認められた。

 学校も卒業出来た。

 陰日向になり私を助けてくれた、あなたのお陰よ。

 ありがとう。

 私は、喜んで自宅に帰った。



 だけど、自宅に帰った私を迎えたのは鎮痛な顔をした両親と、二度と憎まれ口を叩く事が無くなった曾お祖父様だった。


 葬儀は家族葬の簡略なものだった。

 師匠、勝ち逃げはズルイよ…。

 曾お祖父様との思い出がよみがえる。

 本当に碌な思い出が無い…だけど、今の私があるのは、あなたのお陰だ。ありがとう、曾お祖父様。


 両親から曾お祖父様の話しを聞いた。

 私の子育てに失敗したと悟った両親は、曾お祖父様に相談したそうだ。曾お祖父様は本当は子供好きな子煩悩な人だったらしい。

 なんと、私に対するあの態度は全部演技だったのだ。


 ああ…なんてこと。


 私に免許皆伝の免状を渡す時の、曾お祖父様の嬉しそうな顔を思い出す。


 曾お祖父様の死因は、背後から心臓を一突きだったらしい。

 犯人は分からない。


 だけど、この日から家から居なくなった者がいた。

 テトラだ。

 テトラは、この日から行方不明になってしまった。

 ああ、曾祖父を倒した者に連れ去られたのではないか。

 私は両親にテトラを探すよう頼んだ。


 両親は、黙って首を振った。

 元々テトラは曾祖父が連れて来た。

 テトラは、曾祖父に討伐された盗賊の子だったらしい。

 テトラの部屋は、整理整頓され、貴重品、衣類などは無くなっていた。


 曾祖父に、恨みがあると言っていたテトラの言葉を思い出した。


 ああ、まただ。私はなんて馬鹿なんだ。

 私は、何も知らなかった。

 いや、知ろうとしなかったんだ。


 この日、私は曾祖父と親友をいっぺんに失った。


 呆然と窓の外の景色を見ていた。

 曾お祖父様と修行した庭だ。

 テトラが、片隅で私を見守っていたんだ。


 背後から私を呼ぶ声がした。

 振り向くと、ダルジャンだった。

 「はは、どうしたのダルジャン、そんなに髪を振り乱して。あなたらしくもない。大丈夫だから、私は大丈夫。」


 「マリー、いいんだ。つらい時は泣いていいんだ。悲しい時は泣いていいんだ。」

 ダルジャンは、何を言ってるのかしら。

 私は全然平気なのに。

 私は、強くなったの。

 だって師匠から免許皆伝いただいたのよ。曾祖父様から…。

 きっとテトラも喜んでくれる。

 「私がいる。マリー、君には私がいる。私がずっといるから。」

 私はダルジャンに抱き締められた。…暖かい。

 私の眼から滂沱の如く涙が溢れ落ちた。

 ああ、そうか。私は悲しかったんだ。


 「ねぇ、ダルジャン。あの庭で曾祖父様が私に修行を付けてくれたの。本当は私の事を可愛がりたかったのに、私の為に厳しくしてくれたの。あの片隅にはテトラが見守ってくれてたわ。辛くてテトラの方を見ると、頑張ってって微笑んでくれたの…。」

 ダルジャンは黙って私を優しく抱き締めてくれた。


 そうだ、私には、まだ友達がいる。

 一緒だ。私達はずっと一緒だ。



 ダルジャンは、騎士では無くギルドに入るという。 

 より広く、皆んなの為の騎士になりたいとの志故の選択だ。

 なんて気高い志だ。

 私も共に行こう。だって私達は友達だから。


 私こそは、マリー・アントワネット・ディスティルリー・エペ、戦斧のルドルフの跡を継ぐ者だ。

 まずは、曾お祖父様を越えるのだ。

 曾お祖父様の最終階級はブルーの星三つ。

 レッドになれば私は曾お祖父様を越えたと言えるだろう。


 そうしたら、次は曾お祖父様の敵討ちですわ。

 首を洗って待っていなさい。テトラ。



 


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