令嬢
…なんか凄い。
何が凄いかって?
この車内の空気の緊張感が、もの凄いです。
その緊張感の元凶、その名は、ディンブラ少佐。
いるだけで緊張感を呼ぶ人いるよね。
僕らは、今、護衛対象の令嬢を間に挟み、車両の後部座席にいます。
まず、今回のミッションの指揮官のディンブラ少佐について、紹介しましょう。
なんと彼は、御歳25歳の下からの叩き上げ、実力で少佐までのしあがった男。
貴族なのに、彼は、わざわざ一兵卒からギルドに登録した。
…なんて無駄な事を。
僕には理解できない。
だが、彼は、ほぼ毎年大過無く昇任していく。
ならば、最初から将校から入ればいいじゃん。
わざわざ回り道するとは…無駄に思える…やはり理解できない。
その風格は将軍クラス。
存在感が凄いし、常に見下ろされ感が半端ない。
峻険な山を、常に見上げてるような印象だ。
ずっと一緒にいたら、首が痛くなってしまう事だろう。
きっと彼は、自他共に厳しい男ですよ。
正直、出来る男感が強くて、一緒にいたくない。
私用なら絶対お断りなタイプです。
仕事だから、致し方ないけど。
そして、このディンブラ少佐、なんと苗字がセイロン。
ただセイロン家は、功名のあった部下にも苗字を下賜してるし、歴史が長いので、貴族から庶民まで、かなり幅広くあちらこちらにいます。
前回、知り合った兵長とは、まず関係ない…かな?
さて、少佐殿から受けた任務は、令嬢の直近、左隣である。
まさか僕が最後の砦?
令嬢の右側に位置している少佐殿からの圧が凄い。
きっとミスしたら、僕は少佐からミンチにされるに違いない。
チラリと少佐を見る。…目が合った。
!…ああ、間違いない、あの目が、失敗即粉砕と、そう言っている。
ああ、なんてこった、僕、受注失敗したよ。
心の中で、後悔してると、少佐のイメージ通りの重厚な声が上から降ってくる。
天の声だ。
「テンペスト、噂は聞いている。噂通りの実力を発揮してくれ。最悪の場合、令嬢を連れて、近場の避難場所まで逃げろ。貴様は令嬢の安全を最優先、どんな犠牲を払ってでも守れ。護衛最終日に、貴様が任務を受けてくれるとはついている。フッ。」
最悪だ。何が、フッだ。
一見して細身の優男なのに、中身は優柔不断の逆を行く。
きっと、そのメガネも伊達だろう。まさに僕の苦手なタイプだ。
でも顔には出さない。
仕事だから、我慢も必要。
内心、脂汗をダラダラ流していると、隣に座っている令嬢から華やかな声を掛けられた。
「まあ、あなたがテンペスト様、噂からどんな風貌の凄い人かと思ってたら… まあまあ、意外ですわ。こんなに小さくて可愛いなんて。」
令嬢が、まあまあ言いながら、口元を手で抑えてジロジロと僕の姿を上から下まで、こちらを覗き見る。
お嬢様、はしたないですよ。
でも、その好奇心旺盛で正直なところは可愛いらしく、好感が持てる。
令嬢は僕よりも歳上の20歳。
身長も女性にしては高く、腰まで黒髪を伸ばしている。清楚そうな見目なのに、喋りだすと活発な口調が印象を大きく裏切る。静と動の違いが魅力的と言えないこともない。
対して僕は、令嬢より、ほんの若干低い。
これは、客観的事実だから肯定はするが、ほんの少しの差だ、ほんの少しだけだから、本当だよ。
だから、令嬢から可愛いと形容されても致し方なき事実は認めるのはやぶさかではありません。
ここら辺は、複雑な心境なので察して下さいな。
心中、悶々としていると、令嬢の向こうから、低い重厚な男の声が聞こえて来た。
「テンペスト、彼女は、俺のような傍系の更に端のような家とは全く違う、セイロン本家直系の令嬢だ。本日4人の後継者のうち、唯一の後継ぎが決定する。このヌワラ・エリヤ嬢は最有力候補だ。あまりの強さに他3人が結託して、プロを雇うくらいだ。おおかたは片付けたが、強力なのが、まだ3組残っててな。今日中に絶対来るはずだからよろしく頼む。」
人に命令しなれてる冷徹そうな声…。
ふん…何がよろしく頼むだ。
つまり、平たく言えば、「お前が、その3組何とかしろよ、オラ!」という命令ですね。
溜め息吐きたいです。
何故だ?適当に今日の朝、選んだのに最悪の依頼を引いてしまった…。
昨日の星座、血液型占いがテレビでやっていましたけど、結果を思い出す。
48組合せ中、40位。仕事運は10レベル中、最悪の僅か1。
これか!このことを言ってたのかぁ?
いやいや、占いなど根拠不確定なものなど、僕、信じないから。
大丈夫…僕、大丈夫だからと自分に言い聞かせる。
ちなみに、ペンペン様は11位でした。
これは、かなり良い。
エリヤ嬢が、僕の顔を覗き込む。
獲物を見つけた猫のように、瞳がキラリと光る。
「テンペスト様、私を守ってくださいませ。」
エリヤ嬢から両手を握られる。
だから、僕の名前はテンペストではありませんから。