散策
何だか気恥ずかしい。
確かに、ルフナ曹長は格好良いけどさ。
今は野戦服だけど、とても似合っている。
きっとブルーの制服も似合うだろう。
見た目ワイルドだよね。
考えるだけで、ちょっとドキドキする。
んー、さあ、お仕事しなきゃ。
「出発だよー!」
皆に向けて声を出した。
模擬戦の前の軽い運動である。
ジョギング程度の速さで、走り始める。
先頭は、僕、エトワール。
ブルー達を中に挟んで、最後尾をロッポ中尉に見てもらう。
ハクバ山は、約5000年の間、人跡未踏の地に成り果てた場所なので、無論道など無い。
前方一面、樹々や笹などで分け入る隙間は無い。
無いなら、造るだけ。
グルグルと体内で練った魔力を、前方に放出してメキョメキョと、無理矢理に土を耕して行く。
名前は、まだ無い。今、考えついた魔法だから。
幅2メートルの道が、モーゼが海を割るかの如く、土の道がメキョメキョ出来て行く。
隣りのエトワールがギョッとした顔をしていたけど、君だって出来るでしょ。
魔法って素晴らしい、何でも出来るものね。
ブルーの先頭から掛け声を出させる。
山岳の森の中を、声が響く。
道は、上下に、かなり畝る。まあ山だし仕方ないね。
渓流は、土を固めて橋を造って渡る。まあ山だし仕方ないね。
時々、熊さんや猪が出るけど、軽いパンチ、キックで転がしていく。まあ山だし仕方ないね。
深呼吸すると、山の新鮮な空気が美味しい。
散策だよ。
素晴らしい、辺りを見回す。
樹々から漏れる陽の光や、森の陰影、耳を澄ませば聞こえて来る鳥の声、渓流の水音…。
ああ、僕は今、この世界を堪能している。
僕は、生きている。感動だよ。
この思いを共有したくて、隣りのエトワールを見ると、ゼーハーゼーハー言っていた。
一見して苦しそうな表情をしている。
ん?…変わった感動表現だね、エトワール。
「ゼーゼー、少し…スピード緩めて…。」
おー、もっと周りの景色を堪能したいのですね。
うんうん…よく分かってるじゃん、エトワール、僕、君のこと見直したよ。
なら、昇りの急斜面だし、時速5、6kmに落とせば良いかな。
後ろのルフナ曹長をチラッと見る。
曹長が気づいて、小さく手を振った。
うんうん…大丈夫そうだね。
ちょっとドキドキ…。
エトワールの様子を見て、もしかしたら、ちょっと苦しいのかなって頭を若干過ぎったけど、気のせいだった。
年長の曹長が余裕で大丈夫そうだから、若い皆んなも平気だよね。安心しました。
僕でさえ、余裕なスピードだから、皆も当然平気と思ってしまったけど、確認は大切だから。万が一があるからさ。
でも、ギルドの精鋭たるブルーに失礼な考えだったね。反省、反省。
バスを止めた広場から、緩やかな坂道を造る。
途中、左に曲がり、渓流を渡る位から、急勾配になって来た。樹々の間を縫うようにして道を造りながら、走っていく。
ある程度登りきったら、緩やかな勾配となる。
ゆるゆると、うねった道を登って行くと、急に辺りが開けた。
頂上だ。
開けた場所の一番高い所に、色が落ち、崩れ落ちたコンクリート製の白馬の成れの果てがあった。
前世の世界で、見た時は白馬が、ここに立っていたんだ。
今世とは、違う世界だけど、何だか懐かしい。
これは、今、僕が感じている気持ちは…郷愁だ。
分かっている。もう、あの頃には戻れない。
前世の僕は、終わってしまったんだ。
人の一生は、1回限り。
もし生まれ変わったとしても、それは別人だ。
それが、今、ハッキリ実感として分かった。
今の僕は、アールグレイだ。間違いない事実だ。
…でも、前世の自分は、僕の中に今も脈づいている。
記憶も思いも考え方も、全部僕が引き継いでいくから安心して欲しい。
前世の僕も、ひっくるめての今の僕だ。
後続の皆を振り返る。
「さあ、登山は降りの方がキツイからね。出発出発。」
ジョギングは一旦途切れると、また走り出すとキツイから。
そのまま継続です。
止まりそうになったので、また走りだす。
隣りのエトワールが絶望的な眼差しで見てくる。
エトワールの顔が面白い。
まるで、本当に絶望してるかのような顔だ。
君、役者だね、エトワール、余裕だ。流石だよ。
そんな小粋な冗談を顔で表すなんて。やるじゃん。
嬉しくなってバシバシ肩を軽く叩いてみる。
エトワールは嬉しそうな苦しそうな微妙な表情で、何も言わない。
当然、ルフナ曹長も大丈夫だよね。
振り返って、チラリと見る。
目が合うと、曹長はニヒルに笑い、親指を立ててきた。
そうだよね、そうだよね。余裕だよね。
だって僕でも全然平気だもの。
ルフナ曹長だったら、きっと超余裕だよね。
本来なら、もっとスピード上げても良いけど、今は散策…コホンッ…身体を解す為の軽い運動だから、ゆっくりめのスピードだ。
本当、楽しいよね。
このまま尾根を縦走したいけど、我慢、我慢。
登山は始まったばかりだ。楽しみは後に取っておくのだ。
…
この後、広場、頂上間を2周した。
3周目に差し掛かろうとした時、隣りのエトワールから、ガシッと裾を掴まれた。
隣りを見ると、エトワールの身体がくの字に曲がっている。
「ガハー、グハー、…終わり、止め、次、ハー、ハー。」
あれ?エトワール散策飽きちゃた?
うーん、そっかぁ。
ルフナ曹長をチラッとみる。
ニカッと笑って、親指を高々と立てている。
立てた手が、感動で震えている。
うんうん…曹長超余裕だ。流石、ルフナ曹長!
曹長も、もっと走りたいよね。
うん、でも、どうしよっか。
曹長も僕も、物足りない、走り足りない。
目を瞑り、しばし直立不動で考える。
視線を感じる。
目を開けると、全員が僕を見ていた。
なにやら緊張感がある。何かを期待してるような…。
あっ!…そうか。
皆んな、僕との模擬戦を楽しみにしてるんだね。
ごめんなさい、皆んな。
いけない、仕事だから、僕の楽しみは後回しにしよう。
仕事優先です。
「ジョギングは、終わり。皆んな、軽く汗をかいただろうから、汗の処理して、15分後に集合です。一旦解散。」
皆が崩れ落ちるように座り込んだ。
僕はバスに向かう。
バスは男子と女子に分けてある。
カーテンを引けば更衣室として使える。
さすがに外で着替えるのは、ちょっと恥ずかしいから。
はだけて、汗を拭く。
水筒から水分を取る。
美味しー!
んん。この依頼受けて良かったなぁ。
超最高ー!