チョコっとショコラ(後編)
受験当日が来ました。
私は、受験生。ドキドキします。
思わず、朝早くから、ギルドに来てしまいました。
手持ち無沙汰です。
もう何度も装備品の確認をしてしまいました…完璧ですね。
昨日は考え疲れて、結局、熟睡してしまいました。
なので元気いっぱい。頭もクリアです。
出勤して来た指揮官のレッド達に挨拶します。
挨拶は、とても大事。
お母様から常々、挨拶は最低限の礼儀ですと教えられて来ました。
まあまあ、ギルドの場合、依頼毎にメンバー違うし、大人数の場合は全員には無理ですので、ままならない場合が多いのですが。
でも、今日はハレの日ですから、上司には努めて挨拶した方がよろしいですよね。
既に出勤して、受付にて準備しているダージリンお姉様に、担当のレッドの顔と名前を教えてもらう。
アリ・ロッポ中尉…技術系の人で、ハクバ山探索行の指揮官。挨拶したら、人当たりの良いおじさんって感じでした。
ん…この人は、試験官では無い感じ。
きっと、本来の任務の責任者。
エトワール・ヴァロワ・モロゾフ・オリッサ少尉…異名[ジーニアス]人事部に在籍している、少女の形をした頭脳の化け物…試験官に違いない。
美人で完璧、レッドを着用していると言うことは、強いに違いないけど、身体付きを見れば、多分魔法特化だと思う。
オリッサ少尉は、挨拶する私を一瞥すると「ああ…。」とだけ返事をして、立ち去った。
今回の試みの現場責任者…忙しいのだろう。
だけど、惜しい。多分、私の事など歯牙にも掛けてないのが丸分かりで、ある意味正直な人です。
私の中では、残念美人の区分に入れときましょう。
アール・グレイ少尉…エトワールお姉様に指差してもらって、やっと存在に気づきました。
気づかないほど地味な人?いいえ、とんでもない。
ならば、隠形の術をパッシブで使っている?!
対面すると、全身が総毛立つ程の魅力を感じる。
きゃっ、やばいです。やばいですよ、この子。私の言葉が乱れるほどやばいです。
きっと、私の心の声をお母様に聞かれたら、はしたないと叱責を受けてしまう事でしょう。
マジマジと見てしまう。言葉が出ないです。
美少女です。美人と言うより可愛い。とっても。
私に気づいて、何かな、何かな?と見つめ返す表情が、とっても可愛い。
肩まで、届きそうな、若干ウェーブの掛かった黒髪が、白磁の肌と相対して素敵。
私より若干小さいのに、プロポーションも抜群ですね。
レッドの武骨な制服が逆に魅力を醸し出している。
しかし、アールグレイ少尉の本当の魅力は、造作の美しさでは無く、生命力の輝きが溢れだしてる魅力ですよ。
んん…凄い…圧倒されて、何を言うか飛んでしまいました。
ハッ、いけない、少尉が呼びかけられて私が何も言わないものだから、心配そうに見ている。
何か言わなければ…
「ご、ご機嫌様、良いお日和ですね。私、本日探索にご一緒させていただくエペと申します。よろしくお願いします。」
いけない、吃ってしまいました。何だか内容も変です。恥ずかしい。
すると、アールグレイ少尉は、一瞬キョトンとして、うっすらと微笑むと、私にキチンと正対して深々とお辞儀をしてくれました。
しかも、頭を下げてる時間が長い。少尉の小さくて可愛いらしい後頭部が見える。
何で、私如きに、そんな礼儀正しいのー?!
「私こそ、宜しくお願いします。アールグレイと申します。あなたの言う通り探索には絶好の日和ですよね。エペ曹長、一緒に楽しみましょう。」
綺麗な鈴を転がすようなお声。
聞いてるだけで、心が浄われるようだ。
少尉が、楽しげにウキウキしてるのが分かる。
あの顔の表情は、笑いたいのを、まるで我慢してるかのよう。
ハクバ山は、人類の生域範囲外の未踏地の危険地域で、今回初の探索行で、何かあるのか分からないのに、まるでハイキングに行くかのようです…。
ハッ、いけない、少尉の魅力に当てられて、スッカリ頭から忘れてたけど、今回の探索行は試験ですから。
少尉の、一見してのウキウキワクワクな様子は擬態かもしれません。もう、試験は始まっている?
確かめるように、もう一度少尉をマジマジと見る。
可愛い…頭に付けたリボンが似合っている。
身振り手振りで、ハクバ山探索の楽しみを伝えて来る。
また動きが可愛い…もう、もう、私、このままでは少尉のファンになってしまうよ。
ああ…見てるだけで、癒される。
ギルドに入って良かった。
ハクバ山探索依頼を受けて良かった。
この出会いは、きっとこれまでの私の苦労に対する神様からのご褒美に違いない。
表情や動きを見ているだけで、少尉が楽しみで幸せな事が私に伝わってきて、頭に血が昇って鼻血が出そうです。
…擬態ではない。
少尉は本当に探索を楽しみにしている。
マジマジと見て確信しました。
こんなに自然で可愛い擬態はあり得ません。
少尉は、「また後で、話そうね」と言ってウキウキとスキップに近い足取りで去って行きました。
姿が見えなくなるまで見送る。
んんんー、はー。
緊張を解く。まるで夢のような出会いでした。
隠形の術を解かなければ、妖精には会えませんでした。
エトワールお姉様、ありがとう。
それにしても、あんな儚くて小さくて可愛い子が、危険な探索に同道して大丈夫なのかしら。
士官学校も、よく、あの子を卒業させたものです。
それにしても、グレイ家…聞いた事の無い貴族名です。
新興の有力貴族なのかしら。
端末からアールグレイ少尉の、おおよその経歴を調べる。
え?…嘘。
信じられない。
少尉は、何と私の後輩で、私と同じ下からの叩き上げでした。
今、私の頭の中は混乱している。端末画面の文字を読み上げる。
少尉の年齢は18歳、学校は飛び級している。
アリッサ少尉の同期。卒業してから異例の早さで昇任を繰り返し青星ニまで駆け上がる。
シナガ撤退戦に参加…貴族に対しての不敬により降格。
以来、昨年まで、青星一。
だけど、今年になり、数々の功により、赤星一まで連続昇任。
詳細は分からない。
でもギルド内で公開している経歴だけで、凄まじい凄さが分かる。見た目と経歴が、一致しないこと甚だしい。
だけど、私の脳裏では、以前、ダージリンお姉様に聞いたブルーの女の子の話しが浮かび上がっていた。
…あの子だ。
私が、挫けそうになった時、心の杖となってくれた、…あの子だ。
想いが込み上げる。
この出会いは、きっと運命。
私は、受かる。
何の根拠も無い確信が、私の心のうちに宿った。
アールグレイ少尉と同じバスに乗る。
だって運命ですから。
同じバスには、同期の二人も同乗して来ました。
梳かしてない無造作な赤い髪が特徴的なクール・アッサム曹長。サラサラヘアーの黒髪で、光の加減で青く見える綺麗な髪のレイ・キームン曹長。
二人共、私と同じ年にギルドに入りました。
いわゆる同期です。
同じくらいの間隔で昇任したので、顔見知りでライバル。
今まで親しくした事は…それほどありません。
でも、彼らの為人や仕事ぶりは、見たり聞いたりして、なんとなく分かりました。
アッサム君は、一見してチャラく見える外見ですけど、中身は、とても真面目、目的に向かって一直線の融通の聞かないタイプです。
逆にキームン君は、動じない見かけで、中身は融通が効くと言うか、良い加減と言うか、でもでも任務達成率は100%ですから、やはり真面目なのでしょうか。
私は運転が下手で、アリッサ少尉から叱責を受けた時も、代わってくれた優しい人でもあります。
きっと女の子にモテモテですね。
もう一人、ソソクサと乗車し、バスの最後尾に座った見事な金髪の男性は…たぶん私達の一期上の先輩です。
寡黙な方で、お話ししたことはございませんが。
序列は、私達3人より、明らかに上でしょう。
静かです。
運転手によって、こんなに変わるなんて。
技能による違いを、改めて体感しました。
キームン君の運転は上手すぎて、眠気を誘います。
エンジン音しかしませんし。
振動がまるで無いのに、スピードは私が運転してた時より速いのです。
あまりの静けさにスピードメーターで確認してしまいました。
私、運転では、絶対にキームン君には敵わないよ。
早速、ライバルとの差を見せつけられてしまいました。
でも、大丈夫。
私は、受かる。任務も達成する。
だって運命ですから。
私は、振り向いて、アールグレイグレイ少尉のお顔を拝見した。
ハシャギ過ぎて、疲れたのでしょうね。
妖精は、目を瞑り、うたた寝をしていました。