クール・アッサムの事情(後編)
何でもハクバ探索には、個人携行資機材も貸与してくれるらしい。
依頼達成後は、よっぽど重大な瑕疵でも無い限り報酬の一部として貰えるそうだ。
すげーぜ、今回の依頼主は太っ腹だ。
やはり、正規の報酬にプラスαがあると、ヤル気が違う。
逆に、依頼料をケチるだけケチり、現場でアレコレ口出しされるとゲンナリしてしまう。
もちろん自分はプロだから手は抜かない。
だが気分の問題だ。
そして、それは結果に如実に反映する。
自分はベストを尽くす。こちらとしては如何ともし難い。
だから、もうこれは依頼主の問題だと思う。
よく基本料金しか出さない癖に、アレコレ後付けで別の依頼をやらそうとする輩がいるが、もう論外である。
施策には、必ず予算と人は最低限必要である。
それを無料で、やらそうと言うのだ。
契約違反である。
もはや依頼人ですら無い。こんな輩の部下は大変だなぁ。
ご愁傷様である。
幸いこちとら半自営業なので、論外な依頼は拒否できるし、通報して、二度受けることはない。
だが、こういう対処が可能なのも、自分に実力があり、依頼が他にあるからというのもわかっている。
だからこそ、日頃の修練を絶やさない。
ギャンブルはしない。
毎日を確実で埋めていく。
当たり前の事を、当たり前ように為していく。
不確実でも、確実にして解決していく。
ベストの解決ではなくとも、必ず結末は着ける。
報酬を受け取るとは、責任を取るということだ。
システムや場所を提供して、報酬を取って責任はとりませんは仕事では無い。
無論、個々の責任は確かにあるであろうが、最低限報酬分の責任は取るべきで、嫌ならば雇用されてアルバイトでもすればよいのだ。
何が言いたいかというと、自分は、自分の仕事に対しても、女性に対しても、責任は取る覚悟だ。
だが、見た目が若いせいか、どうも軽くてチャラチャラしてるように見えるらしい…。
ちなみに自分の女性の趣味は、誠実で凛とした礼儀正しい子が好みです。まあ見た目は、拘らないけど、できれば可愛いに越したことは無い。自分より小さくて、綺麗な黒髪の起伏がメリハリのある体型ならば良いかなぁ。
…て、思ってたら、見つけた。
嫁をみつけてしまった。
綺麗な黒髪の、小造りで、凛として、可愛いくて、プロポーションも理想的で、フワフワして柔らかそうだ。
そこだけスポットライトが当たってキラキラと輝いて見えた。
度肝を抜かれた。
動いている。自分の眼が勝手に彼女の姿を追う。喋ったりしてるよ。
…信じられない。
自分の理想が、生きて動いている。
自分の未来の嫁は、今回のハクバ探索の副隊長だと言う。
隊長のアリ・ロッポ中尉は技術職だし、オリッサ少尉は、今回のスポンサーで、多分、人事部の試験官だ。
すると、実質的に今回のハクバ山探索隊の隊長なのか。
なんてこった。すると、自分の上司か。
端末から、今回の探索メンバーの名前を調べて、知る。
アール・グレイ少尉…簡単な経歴なら直ぐ分かる。
自分より後輩で、下からの叩き上げ!?
年齢は、今年19歳…まだ、18歳?だぁ。
いや、見た目は、出るとこは出てても、16、7歳に見える。
問題は、あの姿と歳で、叩き上げのレッドだと言うことだ。
…
いや…問題は、無い。
自分が、今回の試験に受かれば、同階級だ。
釣り合う…問題は無い。
少尉は、貴族令嬢と紹介されても違和感の無いあの見目姿だ。
おそらくは、何らかの技能に特化した特殊選考枠のレッドだろう。
あの儚い繊細な見た目で、前衛は無い。あり得ない。
多分、魔法特化、或いは探索特化だろう。
バスに分乗した時は、無論、未来の嫁の後ろに付いていく。
む、オリッサ少尉と眼が合う。
美人だが、自分の趣味では無い人だ。…多分、気も合わないと見た。未来の嫁の隣に座って睨んでくる。
こいつ…むむっ、負けん。睨み返す。
自分は、アールグレイ少尉の真後ろに座った。
少しでも、近くにいたい。
名前を、ちゃんと呼ばないと失礼だから、アールグレイ少尉と呼ばせてもらう。
将来的には、階級は抜かし名前呼びするから問題は無いはずだ。
考えろ、彼女とお近づきになるにはどうすれば良いのか。
彼女の後ろ姿を見つめる。
見つめるうちに、だんだんと近づく。…良い香りがする…柑橘系の良い…香りが。
急にアールグレイ少尉が、振り向いた。
うおう。近い。可愛い。
ビックリしたが、何とか受け答えできた。
もっと、さりげなく見なさいと言われた。
そうか…見なさいと指揮官からの命令だ。
ジッと見つめる。…可愛い、同じ人間とは思えない。目を離したら消えてしまう妖精のようだった。
…
バスの中は静かだ。
前の席も静かだ。呼吸音が聞こえてきた。寝ている…?
そっと立って、静かに移動してアールグレイ少尉の顔を見る。
…泣いていた。
瞼を閉じた可愛い顔の目元から、涙が一雫溢れ落ちる。
「お父さん…死んじゃやだ…。」
呟いた声が、微かに聞こえた。
隣に、座っていたオリッサ少尉もアールグレイ少尉の涙を見てしまっていた。
お互い顔を見合わせる。
なんだろう…見てはいけないものを見てしまった同族意識のようなものを感じた。
「ん…んん…。」可愛い声がする。
アールグレイ少尉が起きる?
オリッサ少尉とお互いハッとして、自分は静かに急いで席に戻った。
俯いて、寝たふりをする。
しばらくして前の席から、アールグレイ少尉が起きた気配がした。
涙を拭いて、周りを見渡している気配がする。
自分は俯いているので、想像だ。
そのうち、自分をジッと見ている気配を感じた。
やばい…寝たふりがバレたら、何故だが非常に不味い気がする。危機感が警鐘を鳴らす。
母の大事にしていたティーカップを落として壊した時以上の危機感だ。尋常ではない。
理屈では無い。本能が逃げろと叫んでいる。
意識を急速潜航させる。
これは、短時間で睡眠時間を確保しなければならない時に修得した技だ。
…成功だ…。
いつしか自分は寝てしまっていた。
…
次に、起きた時は、バスは終点に着いていた。
アールグレイ少尉が軽やかにバスを降りていた。
その後を、エペ曹長が続く。
あっ、出遅れた。
山の中は、麓とはいえ危険がいっぱいだ。
おの見目姿では危ない。自分が守らなくては。
アールグレイ少尉が自然の中で深呼吸している。
立っているだけで様になっている。
見惚れていて、熊が近づいて来ているのに気が付くのが遅くなってしまった。
しまった。と思った時には、熊は立ち上がりアールグレイ少尉に襲い掛かっていた。
咄嗟に魔力弾を紡ぐ。熊の顔面に撃ちだそうとしたその時、
一陣の風が舞った。
アールグレイ少尉が舞うように身体全体を使い、半回転して、熊の左顔面をぶん殴ったのだ。
スリークォーターからの右フック…スマッシュだ。
斜め下から突き上げられた熊の頭は上空に文字通り吹っ飛んだ。
吊られて、熊の身体も宙に浮く。
そして、一瞬後、ぶっ倒れた。ピクリとも動かない。
…静寂で耳が痛い。
鳥の声がして、あり得ない事実に、思考が動きだした。
ば、馬鹿な、物理的にあり得ない。
だが、目の前のこれが、現実だ。
体重300kgはゆうにある熊を、少女がぶん殴って倒してしまった。
今、見た画像を反芻する。
…
…回転だ、あの回転に秘密がある。
まるで、トルネードのような、あの動きが膨大なパワーを引き出している。
だが、それには膨大なパワーに負けない高度の強靭かつしなやかな筋肉が必要で、あの小さな身体に…
あの…胸や首、腕
あの…お腹や背中
あの…腰や脚
…ゴクリ、見て触って確かめてみたい。
おもわず、ジロジロ見てしまっていたら、アールグレイ少尉から赤い顔して怒られてしまった。
いや、いやらしい気持ちではなく、純粋に強さの秘密を探求したいだけであってだなぁ、なあ、そうだよな。