麓
小休憩した後、バスに乗車し出発した。
狭い道を登って行く。
車窓から景色を眺める。
時々、砕けたコンクリートに草々が乗し掛かり、人工物が自然にコーディネートされている場所がある。
ああ…良いね。
このまま行けば地球は緑の星となるだろう。…素晴らしい。
だが、このように自然に抵抗できるのも人間だけだ。
僕も、足掻いてみるね。
僕、大きなものに一撃を喰らわすのが趣味です。
もし、大きなものが神だとしたら、面食らった顔を想像するだけで笑えるかも……。
思考の海に意識を漂わせる…半分眼が閉まっている…ああ…青空をペンギンが滑って行く。
ペンペン様、僕の処に来てくれてありがとう。
うつらうつら…振動が心地良い。
いつかは別れが来るのだろうか。
…嫌だなぁ。別れるのは、とても嫌だ。
思うだけで胸が苦しくて切なくて…ああ。
窓枠に持たれ掛かったアールグレイの頬に涙が、ひと滴流れ落ちた。
あれ?いつの間にか、寝てしまったらしい…。
頬に違和感が有り、手で触れると濡れていた。
僕、泣いてたの…?うーっ、は、恥ずかしい、この歳になって人前で泣くとは。
手のひらで、急いで頬を拭いて周りを見渡す。
見られてないよね。
バス内は静まり返って、エンジンの駆動音しか聞こえない。
エトワールも向こうを見てるし。
こちらを見てるのは、誰もいない…良かった。
もし見られてたら、記憶を失くすくらい脳天にショックを与えるハンマーパンチを振り抜くところだったよ。
咄嗟の時に自動で打ち出すようにセットしている軽めの右フックだ。
右拳を握りしめ、後ろも見る。
良かった…アッサム君も俯いて寝ている。…よしよし。
ホッと一安心。
バスは、いよいよ急な登り坂を進み始めた。
道は細く、もちろん舗装もされていない。
周りは、既に山と緑だけだ。
小休憩を取った場所からは、たっぷり40分はたったのだろうか。
バスは遂に終点に着いた。
方向変換できるよう少しだけ開けている場所だ。
元はバス停の台座だったかもしれない石が、置いてある。
ここから先は、急だし幅が無いので、車は進めない。
一番先に車から降りる。
レディファーストだ。
階段をトントンと軽い足音をさせ、最後に地面に降りた。
この一歩は小さな一歩だが、この僕にとっては前世からの悲願であった山登りの先駆け…大きな一歩なのです。
ジーンと目を瞑り、感動に打ち震える。
ん…何あれ?
閉じ掛けた瞼の隙間から、山から駆け降りて来る茶色い塊りが目に付いた。
四つ脚で駆けて来ている大人の人間大のモフモフだ。
そいつは、あっと言う間に僕の前に来ると、大きな叫び声をあげ、立ち上がった。
「少尉、危ない!」
後ろから、危険を知らせるショコラちゃんの声がする。
んん…僕は寝ぼけ眼で、そいつを見る。
大きさは、僕と同じか、少し大きいくらい。
「…なんだ、熊さんか。」
足から脚へ、腰から肩へ、腕から肘へ。
下から上へ、中心から腕先へ。
身体の中の多層に積み上げた円環を高速回転させる。
連環駆動運動と言うらしい。要は回転させて得た力を倍増させて打ち出す身体操作運動だ。
僕は、単純にグルグルクルリンと呼んでいる。
高速回転力を順々に倍増された力を、打ち出したスマッシュの右拳に乗せて、熊さんの左頬部分をぶん殴る。
重量級ハンマーで殴られたように熊さんの顔がグワッと歪み、首があさっての方向に吹っ飛ぶ。…千切れてはいない。
熊さんの身体が、首に引きずられるように一瞬浮いて、ドゥッ…と倒れた。
前に友達に見せた時は、青い顔して、トルネードみたい…と表現されたパンチだ。
僕は、右拳を打ち出したポーズのまま、チラリと熊さんを見る。熊さんはピクリとも動かない。
…軽めのパンチなのに、まるで、屍のようだ。
もう、いきなり来たから、ちょっとだけ、ビックリしちゃったよ。
後ろを振り向くと、駆け出す動作をしたまま、凍りついたように動きが止まったショコラちゃんとアッサム君がいた。
表情も凍り付いている。
まあ、二人共、もしかして僕を助けようとしてくれてたの。
… …嬉しい。
胸のうちがジーンと暖かくなる。
何て良い子達なの。
よく見ると、車内からブルー君や、ゴールドの子も魔法を、撃ち出す手を掲げたまま、動作が止まっていた。
まあ、うちの子達優秀です。
流石、選ばれたブルー達よ、凄いよ。
それにしても、みんな動かずに止まったいるのは何故?
…ハッ、もしかして、ちょっとビックリしたことで僕の未知なるスキルが発動して、時間停止能力が開花したのでは…。
…種別の分からない甲高い鳥の声が山の方から聞こえた。
同時に皆んな動きだす。
ありゃ…違いましたか。
まあ、そんなわけないか。