ダージリンの憂鬱(前編)
蜘蛛さんに案内されて、テーブルに着く。
テーブルは、大樹から切り出したような木目が綺麗な一枚板だ。買ったら、多分凄く高いよね、これ。
お金持ちですか?
苔蜘蛛さんをマジマジ見る。
「良ければだけど、そこのダージリンのお嬢さんもどうだい?」
「…ご相伴におあずかりします。」
ファーちゃんは、無表情に了承した。
自分の一族の仇かも知れない相手だ。
よく堪えたと思う。
僕がファーちゃんの立場、年齢ならば、相手を有無も言わせず真っ二つにしているかもしれない。
まあ、今でも可能ですが。
蜘蛛さんが、椅子を示して前鎌をカシャカシャいわしている。複眼がピコピコ光る。
(まあまあ、遠慮せず、ここ座りなさいよ、お嬢さん。)と言っていると思う…多分。
席に座る。
テミ君から紅茶を出される。
良い香り…これは、ファーショですね。森の陽当たりの良い場所で自生しているという、あまり流通してないので稀にしか見かけません。爽やかさな香りと、飲んだ後に残る甘味が特徴です。
緑葉をイメージさせる爽やかさはファーショ特有の香りで一度でも飲んだことがある人は直ぐ分かることでしょう。
でも残念な事に人の手による栽培は難しく、お茶っ葉はかなりの法外なお値段のはずです。
宣伝もしてないので、一般には知られていません。
僕も一度しか飲んだことがないよ。
苔蜘蛛さんを、マジマジ見る。
服も、良く見ると生地が厚めで新品のように、よれていない。縫製もしっかりしている。一目で分かる良い品だ。
苔蜘蛛さん、やはり、お金持ちですか?
苔蜘蛛さんが、お茶菓子を持ってきてくれた。
フルーツケーキだ。
ああ、美味しそう。これ、もしかしたら手作りですか?
自分が小腹を空いてることに気づく。
全員着席した。
早速、蜘蛛さんが器用に前足を動かしてフルーツケーキを切り分けて食べている。
どうやら毒は無いようですね。
少しだけ切って口に入れる。
check…モグモグ…毒は無いよ。
味は、酒精が入ってますね。
紅茶もいただく。…ん…グレイトです。
フルーツとパウンドのシットリとした甘味を爽やかな紅茶が洗い流し後味に残る微かな甘味が次に食べるフルーツケーキへとバトンを繋いでいく。こ、これは無限ループです。
あっというまに目の前のフルーツケーキがなくなってしまった。
蜘蛛さんも既に無い。
蜘蛛さんと互いに顔を見合わせる。複眼が暗く遅くピコピコ光る。
ああ…悲しい。いや、表情に出してはいけない。
苔蜘蛛さんからお声が掛かる。
「余ってるから、フルーツケーキいるかい?」
えっ、ホント?
僕と蜘蛛さんは、遠慮なくブンブン頷く。
目の前に、先程より大きめに切り分けられたフルーツケーキが置かれた。
今回は、味わって食べなければ……はっ、いかん、これはもしかして罠?主導権を握る為に、こんな美味しいケーキを出すとは…モグモグ…やられました。
だが、こんな甘味で買収されるほど…モグモグ…僕は甘くないですよ。
「テンペスト様…。」はっ…。
ファーちゃんの、若干呆れた声に我に返る。
…苔蜘蛛さんの方を見る。
苔蜘蛛さんのお顔は緊張が取れて、スッカリ目尻が下がっていた。心無しか薄らと笑顔らしきものも見てとれる。
侮りとか軽蔑とかでは無い、安心しきったようなお顔だ。
「ふっ、流石だね。…敵地で、これほど寛げるなんて尋常じゃない太い神経だ。降参、降参。まあ…元から敵対する気ないがね。聞きたい事があったら何でも聞いとくれ。」
苔蜘蛛さんは、そう言うと、もうすっかり緊張を解いてしまった。
全面降伏して、紅茶に口をつけ、余裕すらうかがえる態度だ。
「…だったら、だったら5年前、私とテミ君の両親を、私の一族を何故殺したのか教えて下さい。何故……う、くぅ。」
僕の隣に座っていたファーちゃんが、急に立ち上がり、苔蜘蛛さんに向かって糾弾するように言い放つ。
その声は震えていた。
まるで口に付けた紅茶が苦いような…顔に表情を曇らせ、苔蜘蛛さんは、ティーカップをソーサーに置いた。
沈黙が訪れた。
誰も口を開かない。
ファーちゃんは、答えを聞くまで引かないだろう。
テミ君も、苔蜘蛛さんを見つめている。
蜘蛛さんはモグモグしている。…全く動じていない。
ペンペン様を彷彿とさせる。魔法生物というのは不動心を標準装備しているのだろうか。全く羨ましい限りだ。
胃が痛くなるくらいの沈黙が続く。
誰かが溜め息を吐いた。
苔蜘蛛さんだ。
「いいでしょう。私の知る限りの事は、お話しします。けれども、私は貴方達の事を知ってますが、貴方達は私の事を何も知らないでしょう。だから、まずは私の事をお話しさせてください。順を追って話します。長くなるので、お座りになってください。」
ファーちゃんは、納得はしてない。
でも、しばらくすると、言われたとおりに座った。
「私は…。」
苔蜘蛛さんは、ファーちゃんが座ると、意を決したように話し始めた。