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アールグレイの日常  作者: さくら
東方見聞録
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苔蜘蛛

 灯りが消えた辺りを探る。

 ファーちゃんも無事付いて来ていた。


 ぬ…ここかな?

 大樹に偽装してるけど、空洞感がある。

 爆裂掌でぶっ飛ばすことも頭をよぎったけども止めておく。

 中にいるテミ君が怪我しても嫌だし、テミ君が悲しむことはあまりしたくない。


 魔力を流して、構造を把握。

 扉の形が頭の中に浮かぶ。これ、多層構造のキーロックが付いている。

 生体認証…抱き締めた時にテミ君の生体コードは解析済みである。テミ君の生体コードに似せてロック解除を試みる。

 …ガチャ。一つ目解除。


 次に暗唱番号は四桁。

 警報装置を一時的に止めて、片っ端から試してみる。

 魔力で、番号をクルクル高速で回していく。

 …9999…ガチャ。二つ目解除。

 むっ、この番号設定、なんだか馬鹿にされてる気分になる。


 次に実際の鍵が必要。

 鍵穴に指を伸ばす。魔力を指先から伸ばして具象化。鍵の形状になったら、回す。…ガチャ。三つ目解除。


 錠は三層構造だったようです。

 探ってから開錠に掛かった時間は、およそ30秒。

 久々だから時間掛かってしまいました。…失敗した。

 学校時代なら教官から叱られてしまいそう。


 この遅さでは、おそらくは、気取られてる。

 勘ですけど、そんな気がする。



 ……ノックをしてみた。

 「……どうぞ。」

 応答があった。テミ君とは違う大人の女性の声だ。


 扉を開けて中に入った。

 「お邪魔します。」

 挨拶は大事です。


 目の前には、外からでは分からない広さ…ざっと20畳の広さはある。

 僕と同じ位の歳の女性とテミ君が、こちらを向いている。

 女性の服は緑地に黒が混ざった、所謂迷彩柄だ。

 茶髪を三つ編みにして頭に巻き付けて邪魔にならないようにしている。

 小さい…僕と同じくらい。

 おそらく、この人が[苔蜘蛛]さん。


 「初めまして。ご存知だとは思いますが僕はアールグレイと申します。あなたが[苔蜘蛛]さんですか。」

 緊張した面持ちが伝わってくる。

 無言で頷く[苔蜘蛛]さん。

 心配そうな顔をしているテミ君の姿が目の端に映る。


 この人が、僕を見張るように言った人。

 おそらく今回キームンとドアーズの確執を意図して誘導した人。

 5年前の[ダージリンの受難]にも、関わっているかも。

 そして、…テミ君を保護して育ててくれた人。

 

 視線を捉える…僕は[苔蜘蛛]さんの中を探ります。

 いったいどんな人なのか。

 searchと心の中で呟く。…パターン白。

 驚いたことに、この人には僕に対する敵対意識が無い。

 または、敵意を隠蔽しているのか。

 でも僕のちょっと高度な探知魔法から、間近で隠蔽するなんて、まず不可能に近い。

 あとはわざと敵意を意識の底に潜らせて隠すか人格を変える方法があるけど…不自然な痕跡が無いから違うと思う。

 だとしたら、この人は、いったい…。


 この時、僕の懐に入れてあった端末が振動した。

 ブルブル振るえている。


 …ブルブル、ブルブル。


 …

 …



 「…どうぞ。」

 「…お言葉に甘えて、失礼します。」

 手に取って、電話に出る。

 「クエー、クェ、クェ、クエクエ、クエーーー!」

 あっ、ペンペン様だ。珍しい。

 …ふんふん、なるほど。

 全然分からない。

 ペンペン様は、人の言葉を解するけど、僕にペンギン語は分からない。僕はペンペン様ほど頭は良く無い。

 でも、僕も伊達に5年以上も一緒に住んでない。

 ペンペン様の声の調子が、前世で聞いた事があるショパンの革命を想起させるメロディーを奏でている…これは!

 以前、ペンペン様が革命を奏でてた時は、お米のストックが切れてお腹を空かしてた時だった。

 悟った!…これは、食べものが無い時の、ペンペン様の悲しみと怒りの鳴き声なのだ。

 そう言えば…最近お米買ってない。忘れてた。

 翻訳するとなると

 「ご飯が無いと悲しい。お腹が空くと悲しい。これはいったい誰のせいなのかー!クェー!」

 と、言ってると思う。…多分。

 「分かりました。帰りにお米買って帰ります。それまで戸棚の下に隠してあるお菓子とパンありますから食べてて下さい。冷蔵庫の下の方に林檎がありますから食べていいですよ。」


 ガチャン…ツー、ツー。


 見つめ合う僕と[苔蜘蛛]さん。

 これから戦うかもしれないのに、この状態は既に僕の方が精神的に不利になっている気がする。

 「あんた…動物の言葉分かるのかい?」

 いいえ。分かりませんが。分かるわけないでしょう。

 もし、分かったらノーベル賞ものだと思います。




 ……あれ?良く見ると、[苔蜘蛛]さんの足元に中型犬並みの大きさの蜘蛛がいた。迷彩柄の丸々と太った蜘蛛だ。

 何故今まで気づかなかったんだろう。


 「まあ、緑色が翡翠のようで、とても綺麗。」

思わず声に出して言うと、蜘蛛さんが複眼が付いた顔を向け、キチキチと声を出して刀のような前足を振っている。

 あれ?人の言葉が分かるのかな…これは、まさか、ペンペン様と同じような魔法生物なんですか?この蜘蛛さん。


 視線を[苔蜘蛛]さんに戻す。

 「あんた…あんたも魔法生物を飼ってるのかい?」

 頷く。すると、この蜘蛛さんも魔法生物。


 一気に親近感が湧く。

 でも、まあ、それはそれ、これはこれです。


 「いま、お茶を入れたところだ。良かったら、あんたも飲むかい?」

 いや、戦うかも知れない相手と、お茶を飲む趣味はありません。

 「美味しいお茶菓子もあるだけども、良かったら…。」

 分かりました。いただきましょう。

 そこまで下手に出てくるならば致し方ありません。

 礼には礼で応えなければ。ねえ、そうだよね?


 蜘蛛さんもカチャカチャ音を出している…これは、どうぞって言ってるのかな?

 「分かりました。まずはお茶をいただきましょう。話しはそれからです。」


 少し甘いかなぁ。

 でも、ペンペン様のせいで、戦う気を削がれてしまいました。


 それに、…テミ君が安心した顔をしてたし。

 





 

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