シェフ
…暗い。
話しが暗いよ、ファーちゃん。
たとえれば、月も霞んで見えない程の暗さです。
ファーちゃんは、辛いとか苦しいとか一言も言わないけれども、話しの内容から、阿鼻叫喚の嘆き苦しみ、この世の地獄を味わった事は想像に難くない。
だからこそだ。
だからこそ、苦しみ悲しみ辛さ怒りは、明るく話さなくてはいけない。無理があるのは承知の上です。
ファーちゃんの苦しみは、僕の苦しみ。
ファーちゃんの悲しみは、僕の悲しみ。
そして、ファーちゃんの怒りは、僕の怒りだ。
子供は、やはり笑っていた方が良い。
後の事は、大人である火猿さんと、名前の分からないお弟子さんに任せたまえよ。
僕は、ファーちゃんの肩を、安心するようにポンポンと叩く。
「それで、どうしましょう?火猿師匠。」
僕はクルッと回って火猿さんに、問題の行く末をトスする。
ああ、自分より歳上の人がいる時は、気楽です。
今世は、なるべくストレスフリーで行く事を目指しているので、出来る人にドンドン、パスして行く方針なのです。
イメージとしては、前世で見た映画のスーダラなんちゃら節みたいな感じで。
「師匠だぁ?う〜ん、お前さんとは確かに同門だが、師匠と呼ばれるほどの間柄ではあるまい。それに、さっきから火猿、火猿と呼んでいるが、わしにも名前くらいあるわい。シン・ラプサンスーチョンと言うから覚えておきなさい。名前はカミさんが付けてくれてのう。わしは婿養子なんじゃよ。」
ホッホッホッと笑う火猿さん。
…じゃあ、これからは、火猿さんのことはラプさんと呼びます。
ラプさんは、言葉を続ける。
「そうじゃのう…考えてもしょうがあるまい。こんな時は、美味しいものを沢山食べて、たっぷり睡眠を取って元気になってから突撃じゃと、わしの中の心の師匠がおっしゃっておるわい。」
おお!…グットでグレイトです。ラプさんの心の師匠最高です。僕と気が合いそう。
そんなわけで、今日の夕飯は、ラプさんが奢ってくれるとか。食材はあるらしいので、お弟子のテライさんが作ってくれるらしいです。
なんとこの人、表の職業は料理人だとか。名前も今知りました。テライシェフは台所に入って行く。
「女なんだから、料理くらいしろよ。」とかブツクサ言ってましたけど、作ってくれるなら全然気になりません。
僕の心は、海のように広いですから。
…
料理は、美味しかったです。
さすが料理人です。
感想を言ったら、テライさん凄い喜んでました。
うん、うん、そうなんだよね。
作った料理を褒められたりすると、とても嬉しいものなんだよね、分かる、わかる。
逆に、出来立てを食べてくれないと、ドンドン冷めて美味しさのバロメーターも下がっていって悲しくなるんだよね。
分かってるかな?
さて、お腹一杯になって元気になった所で本題です。
僕は、テミ君の隣に座る。
「テミ君、今日はもう帰りなさいな。きっと心配している。」
「テンペスト様、それは…。」
言いかけたファーちゃんの言葉を手でストップを掛ける。
テミ君が僕を見上げる。不安そうな顔だ。
「約束する。…[苔蜘蛛]さんを酷い目には合わせない。」
テミ君の眼を見つめる。
テミ君は、しばらくすると小さく頷いた。
良い子ですね。
頭を撫でて、…思わず頭から抱きしめたりする。
「やーの。…テンペスト様、僕のこと好きなの?」
真っ赤になって、僕に尋ねるテミ君。
ニッコリ笑う。
「もちろん、大好きですよ。」
「そーなんだ、ふーん、そう…。」
テミ君は、心なしか元気になって帰って行った。
手を振っている。
「テンペスト様、一人で帰らして良かったんですか?」
一緒にテミ君を見送ったファーちゃんが聞いてきた。
「あの子、歳の割にしっかりしてるから大丈夫だよ。自衛手段もあるのは、さっき抱きしめた際に確認したから。」
「そういう意味ではありません。その…テミ君の今の保護者は、私達の敵…。」
「大丈夫。さっき抱きしめた時に、仕掛けを一つ着けといたから、居場所は分かるよ。テミ君は敏感だからね。1キロ以上離れてから追跡しよう。」
テライさんが、後ろの方で、「女、怖い、テミ君が可哀想だ。」とか、何やら言っているが気にしない。
何しろテライシェフの料理美味しかったから。
僕の心は、この夜空のように広いのだ。