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アールグレイの日常  作者: さくら
東方見聞録
100/615

小猿(後編)

 聞きたいか?

 聞きたいじゃろ。だが今ここでは語らん。

 何故なら、わし若く見えるかもしれんが、70歳越えとるんじゃ。80歳近い年齢じゃ。

 ダイジェスト版でも1頁、2頁じゃ語りきれんわいのう。

 試しに書いてみたが、無理無理じゃ。

 波瀾万丈すぎて書ききれんじゃった。


 だから、ここでは端折って試しの儀に着いてから語ろう。





 今日は、どうにも調子が悪いわいのう。

 クシュン。〜ズズズ。風邪ひいたかのう。

 わしが試しの儀に着いた時は、既に皆集まっておった。

 弟子のテライも来ておった。


 下馬評では、久々の大型新人らしい。

 しかも向こうから乗り込んで来たという。

 あ〜どれどれ…。


 広場の中央には、ギルドのレッドの制服に身を包んだ17、8歳位の肩まで届かない長さの小さな黒髪の女の子が佇んでいた。


 なんじゃい…今期の新人は女の子か。

 しかも、少女と言えるくらいの歳の可愛いらしい子だ。


 …いかんのう。クシュッ。

 あんな小さい子を裏の試しの儀に参加させるとは。


 元々試しの儀は、表の常識にはみ出す突出した者の処理の為に開催された。

 処理とは迷惑な者は処分するか、頭を押さえつけて傘下に加えたりすることじゃ。

 まあ、裏のドラフト会議みたいなものじゃな。

 その際、勝負して勝った者の傘下に組み込みのが暗黙の了解となっておる。

 裏には化け物クラスの実力者がウヨウヨしてるが、性格破綻者もまた多い。一般には悪人の区分に括られる輩もいる。

 わしのような善人は、そうそうおらん。

 …ここは笑う所ではないぞい。


 いつもは、来てない奴らもおるのう。

 やれやれ。


 試しの儀で、勝負した新人が勝つ事は無い。断言できる。

 当たり前じゃ。裏と表では実力が天と地ほど違う。


 新人で以前に勝った者は、わしくらいじゃ。

 当時は、100年に一度の快挙と言われたわい…懐かしいのう。わし凄いのう。…クシュッ

 あ〜何だか熱が出て来たわい。



 負けた新人は、その場で処分されるか、又は傘下に組み込まれるか、弟子にされるか、奴隷のようにこき使われるか、枷と監視で様子見となるか、要は勝った者の気分次第じゃ。


 あんな可愛い子が負けたら何されるかわからんぞ。

 あんな事やこんな事まで…むぅ、いかんぞい。


 どうも、今期の試しの儀は、きな臭いものを感じる…まるで誰かの思惑通りに進んでいるような…気に入らん。気に入らんわ。


 面倒だが、弟子のテライを対戦させて、わしの所で保護するとするか。…クシュッ。あ、テッシュ、テッシュはどこにやったかな。




 …





 ふぉっ、驚いた。

 あのお嬢ちゃん、テライより実力が優っちょる。

 …いかん。

 あのまま、勝ってしまうと、テライの試しの儀が不十分と見なされ、次の対戦相手がきっと出てくる。

 現に、出ようとしている気配を何箇所かで感じる。

 …剣呑な欲望の匂いが、するわい。


 テライの未熟者め、鼻の下伸ばしながら行くから不覚を取るのじゃ。わしの見立てでは実力は伯仲しとった。経験の差でテライが勝つもの思ったが。


 ジッと少女を見る。


 花のように可憐な少女じゃ。だが中身はどうじゃ。

 その内観を見る。

 

 わしくらいの達人になると、瞳から人格を垣間見ることが出来るのじゃー。性悪な女に騙され続けたわしには分かるのじゃよ。…見た目にはもう騙されんわ。騙されんぞう。

 経験がものを言うわい。


 凝視する。


 ぬ…強い覚悟と…高潔な人格…を感じる。

 猛々しさと…優しさが混然している。

 あと、懐かしいような、分からない…惹かれるものが…ある。

 これは…郷愁に近い何か。なんだこれは?!

 思わず強引に、選手交代した。


 ふん、テライの奴、不満タラタラじゃったのう。

 まあ、…分かる気がする。


 直近で対面してみた。

 おおっ、この少女、近くで見ると…魅力がダダ漏れじゃ。

 可憐にして、凛とした美しさを合わせ持っておる。

 思わず目を追ってしまう。目が離せない。こんな人間おるんじゃのう。…だがそれだけでない何か...懐かしいような…..?


 自分でも分からない気持ちを抱きつつ、軽口を叩きながら、少女と闘う。


 クシュ、本格的に風邪を引いたようじゃ。

 頭に霞がかっておる。

 ぬう、集中じゃ。


 少女の実力よりも人格の方に、目を見張る。

 強さとは、人格から出ずるものだから。

 闘ってて分かる…この子は毎日毎日継続して基礎を修練している…十年以上の練度を感じる大きな土台じゃ。それは、たゆまぬ努力。

 およそ弱点と言えるものが無い…毎日、試行錯誤して改善している姿がみえる。吸収力と成長率が半端無い。前進する勇気。

 正々堂々とワシに向かってくる。至誠。


 わしは、これほど内と外の魅力が合致する者を見たことが無い。

 いや、いた…昔一人だけ。

 

 なにやら、懐かしい気持ちがした。

 一瞬、油断してしまった。少女に首を突かれる。


 ぬう、不覚よ。わしとしたことがぁ。

 少しだけ、本気を出してやろう。


 身体中に力を込める。

 わはははっ、わしの奥義よ。少女の鍛え上げた身体に、致命傷をギリギリ負わぬ程度に傷を負わせる力を込める。

 可哀想だか入院して表にお帰り。

 それがお主のためじゃよ。

 そして、当然わしの勝ちじゃ。わはは。

 わしは少女に両手刀を繰り出した。奥義[破極突き]


 だが突如、見知らぬ白服の少女がわしの前に飛び出した。

 「させません。守ります。私が…。」

 ふぉー。なぬぅ。いかん!命を懸けて庇うつもりなのか。

 止まらない。間に合わんぞ。こんな華奢な身体に奥義が当たれば殺してしまう。


 更に、ここから不思議な事が起こる。


 バナナの皮に滑るわし。「うおっ。」

 突きの軌跡が変わる。そして勢いが更に加わる。いかん。

 従前まで、バナナの皮など無かった筈、いやあった、見落としていたのか、何故?

 バナナの皮に滑る白服の少女。「キャー。」

 あちらにもバナナの皮が。

 そんなバナナ。



 そして庇った白服の少女を庇うように、更にわしの前に出る少女。

 なんじゃ!

 躊躇なく、白服の少女を庇う為に命を投げ出すというのか!


 刹那の瞬間にコロコロと状況が変わっていく。

 全てがスローモーションの様に遅く…感じる。だが身体が展開の変化に追いつかない。


 いかん、力が加わった分、致命傷を負わしてしまう。

 間に合わん。

 少女の顔を見る。

 信じられん。その表情は、…微かに笑っている。

 何故じゃ、まるでわしに感謝しておるような、そのお陽様のような笑顔は。

 

 それは、全てを赦す笑顔だ。


 鼻の奥がジーンとする。その時、……匂い立つ程の、幸せのオレンジの香りを嗅いだ。


 遥か昔、約束した言葉を脳裏に思い出す。


 (うんうん…えらい。さすが男の子だ。ならば、君がこれから修行して強くなった時は、僕がピンチの時に助けに来て。約束だよ。)


 約束だよ



 「ふおああがおああぁ!」

 なあ、約束は守るものだろう。

 この身命を賭してもだ。


 無理矢理身体の動きを急停止させる。指先を無理矢理曲げる。

 わしの70年の修行が走馬灯のように脳裏によぎる。

 全てはこの時のために。

 マジで全力を出し切る。



 …



 …と、…止まった。

 顔から身体全体から、ぶわっと嫌な脂汗が吹き出し落ちる。

 止める為に何もかも出し切った。

 力が入らない、尻もちを付いてしまう。


 指先に感覚が無い。

 少女がボロボロと涙を溢しながら、両手でわしの指先を包む。

 「火猿さん、ありがとう、ごめんなさい。」

 …温かい。おそらく治癒魔法を掛けてくれている。


 …何故直ぐに分からなかったのだろう。

 …この少女は、あの人に瓜二つだ。声までそっくりだ。


 あの人が存命ならば90歳に近い…年齢が違いすぎるから、あの人の孫かひ孫なのじゃろうな。

 危うく恩人の孫を殺してしまうところじゃった。



 脱力して少女に治療を受けていたら、[影]が傍に来ている事に気づいた。

 「火猿殿、お主の負けだ。確か同門では、後ろに退がった方が負けだと聞く。それは退がったうちに入るだろう。」

 わしが尻もちを着いた箇所を指差す。



 …なるほど、確かに[影]の言う通りだ。

 わしと彼女は同門だ。違いない。わはは。

 どう考えても、わしの負けじゃ。

 「そうじゃのう。わしの負けよ。…完敗だ。」


 負けであるのに、スッキリと晴れやかな気分がした。

 嫌なものが全部外に出し尽くしたような。

 いつのまにか風邪も治っている。


 わしはこれまで勝ちに拘ってきた。

 だが、…負けで良い。これで良いのだ。これが正解なのだと腑に落ちた。


 何故なら彼女の勝利が、わしらの明日につながる。






 わしの話しは、これで終いじゃ。

 また、話しが聞きたいと、思ったら声を掛けておくれ。




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