親友を裏切った彼女の末路
――あれはいつ頃だっただろう。仲の良かったはずの親友に裏切られたのは……。
私には幼いころから仲の良い親友がいた。レベッカ・シャノワーヌという、元気で、明るくて、可愛らしい女の子だ。
彼女は持ち前の明るさで、いつも色んな場所へと連れだしてくれた。彼女は私のことを大切に想ってくれ、私もまた彼女のことを大切だと想っていた。
恐らく自分の性格が内気で、彼女とは対照的だったこともあるのだろう。お互いに馬が合っていて、喧嘩など一度もしたことがなかった。
そんな少女時代から続いていた関係が崩れたのは、学院に入ってからだった。
学院は身分など関係なく、貴族や平民、そして王族の子供が一同に会する場所だった。そして、私たちの代には、次期国王と呼ばれている王太子も入学していた。
彼女の家はシャノワーヌ公爵家と呼ばれる、ここら一帯で有名な名家であった。そのため、王太子の婚約相手として、彼女が選ばれていた。
当然、めでたい事であるため、親友として彼女のことを応援した。そのことを彼女も喜んでおり、私に感謝をしていた。
そうして何事もなく日々が過ぎていく中、ある出来事が起きた。ある日私は授業に出た際、教科書を忘れることがあった。どうしたものかと途方に暮れていたところ、隣の男性が声をかけてきた。
「これを使うといいよ」
そう言って、彼から教科書が差し出された。
「あ、ありがとうございます」
俯いていた私は、その提案をしてくれた彼に感謝を述べつつ顔を横に向けた。するとそこにいたのは、王太子ウィリアム・ジラールだった。
「ウィリアム様!? は、初めまして。私はクレア・ランヴェルと言います」
「それぐらい知ってるさ。婚約者のご友人だからね」
「そ、そうですか……。あ、そうだ!? これはお借りすることは出来ません」
「なぜだい?」
「だって、これがなければウィリアム様が困ることになるではないですか。私、人に迷惑はかけたくないんです」
「問題ないよ。僕は既に理解している内容だからね。それがあってもなくても問題ないさ」
彼はそう言って、自分に使う様に促した。
これが彼との初めての出会いだった。
それをきっかけに、彼とは他の授業でも会うことがあり、お互いによく話す仲となった。内気な私が普通に話せる友人として、数少ないうちの一人だ。もちろん親友の婚約者であることは理解しているため、彼とは一線を超えないようにはしていた。
けれど、彼女はそう思わなかったのだろう。
ある日を境に、私への苛めが始まった。
最初は噂話として、悪評が流されている程度だった。次に、教科書や靴などが燃やされることがあった。また、ダンスの授業で使うドレスが、切り刻まれることなどもあった。
そんな苛めの現場から、たまたま見つけた王太子が助けてくれることもあった。けれど、そのことが癇に障ったのか、さらに苛めはエスカレートしていき、最後は私へ直接危害を加えるまでになっていた。
苛めの実行犯を捕まえた王太子は、黒幕が誰なのかを白状させた。私自身は薄々わかっていたが、実行犯の口から出てきた名前は、やはり彼女の名前だった。
王太子は驚いただろう。あんな元気で明るい婚約者が、こんな陰湿なことをさせていたことに。
彼にとっては信じられないことだが、私にはわかっていた。
過去に一度、私は彼女に大事にしていたアクセサリを渡したことがあった。けれどその時、偶然いた同年代の子供にいたずらで奪われた。
それを見た彼女は、鬼のような形相で子供たちに食ってかかっていったことを覚えている。私はあの時初めて驚いた。
きっと、彼女は自分の物を奪う敵には、誰だろうと容赦はしないのだろう。
そんな窮地を助けてくれる彼に対し、私の心が惹かれていくのは自然なことだった。
親友の婚約者であるため、いけないことだとはわかっていた。けれど、このような事をする親友に配慮する必要があるのか。そう思うと、彼女へと気を遣うことは止めることにした。
幸い彼も満更ではないようで、私のことを受け入れてくれた。
実行犯の口から黒幕を知った王太子は、もう彼女とは付き合えないと言った。自分の妻にしようとも思わないと。そして、来週開かれるパーティで、婚約の破棄を宣言するとも。
そして、遂にその日が訪れる。
「レベッカ・シャノワーヌ! お前との婚約を破棄する!」
ウィリアムは、パーティも半ばに差し掛かる頃、会場全体に響く声でそう告げた。
「何故ですか、ウィリアム様。わたくしが何をしたというのでしょう?」
「何故だと? 聞かなくてもわかるだろう。お前は私に隠れて彼女を苛めていたそうじゃないか!」
ウィリアムは彼女から守るように、横にいた私の肩を抱いてくれた。
「クレア!? あなた、わたくしの婚約者に何をしたの?」
「酷いのはあなたじゃない、レベッカ。私たちずっと親友だと思っていたのに、どうしてこんなことをするの?」
彼と打ち合わせていた通り、執事を呼びつけ、ボロボロになったドレスを会場に見せつけた。
「これだけではありません。他にも彼女からは物だけではなく、直接危害を加えられることもありました。それらはどう説明するつもりなの?」
私のその問いに対し、レベッカは冷静さを取り繕うような口調で答えた。
「わたくしは学院が終わった後、いつも家に教師を招いて勉強をしておりました。そのようなことをする時間はありません」
「そのような言い訳が通用すると思っているのか? 実際に苛めの実行犯を捕まえて問い詰めれば、次々と証言したぞ! お前に命令されたと。自身は手を下さず、他の者を利用して他者を傷つけるとは、何と卑怯なことだ!」
ウィリアムの言葉に、会場に集まった人々からは「あの令嬢がそんなことを」とか、「あのシャノワーヌ家が……」といった。驚きの声が発せられていた。
「レベッカ、何か申し開きはあるか?」
その言葉を聞いて、何をしても無駄だとわかったのだろう。彼女は感情を顔に表さず、無言を貫くことで、返答に応じた。
「何もないようだな。父上、ご覧の通りです。私はこのような女と一緒にいることは出来ません。彼女との婚約を破棄させていただきたい」
彼の視線の先には、王太子の父上でもある、国王の姿があった。
「うむ。このような卑しい者を王族に加えるわけにはいかない。よかろう。ウィリアムとレベッカの婚約を破棄することを認めよう」
国王の宣言によって、正式に婚約が破棄されることとなった。それによって、この国は一体どうなるんだと会場がざわめきだしていた。
「皆、静粛に。これからどうなるかと不安に思っているかもしれないが、安心してほしい。私は新たに彼女、クレア・ランヴェルと婚約することを宣言する」
彼の言葉を受け、一斉にこちらを見てくる。
皆不思議に思っているのだろう。なぜあんな暗そうな娘が王太子に見初められたのかと。けれど、誰かがランヴェル家と呟いたことで、皆が気付くこととなった。
ランヴェル家。家柄は侯爵とシャノワーヌ家には劣るものの、この国では有名な名である。王族入りを果たすための家柄として、十分な地位はあるだろう。
「彼女はランヴェル家のご令嬢です。家柄としては問題ないでしょう。父上、この婚約を認めてくださいませんか?」
「ランヴェル家であれば問題あるまい。よかろう、二人の婚約を認めよう」
「ありがとうございます、父上」
ウィリアムは礼を述べた後、改めてレベッカの方へと向き直る。
「そういうわけで、君はもう婚約者でも何でもない。君のようなものはこの場には相応しくない。早くここを去るがいい」
彼は厳しい口調で元婚約者へと告げる。
彼女は表情に悔しさを滲ませながら私を一瞥すると、一言も告げることなく、会場を去っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これでもう大丈夫かしら?」
会場を去ったレベッカは、歪ませた表情を戻しながらそう呟いた。
「内気なあの子が、初めて好きになった人だもの。上手くいってよかったわ」
レベッカは、クレアとウィリアムが親密な仲になっていることに気付いていた。彼女自身はレベッカのことを気にして、友人として振る舞っているつもりだったようだが、傍から見ればその恋心は隠せていなかった。
そのため、レベッカは一計を案じることにした。
学院内にいる子爵家の子供を呼び、クレアに軽く嫌がらせをするように指示した。その際には、王太子が見ているところで行うこと。誰に命令されたかを聞かれたときは、必ず自分の名を出すことを。
レベッカとしても親友の心を傷つけるのは心苦しかったが、彼女のためと思えば耐えることが出来た。こうすることで、正義感の強いウィリアムなら必ず助け、最後には婚約の破棄を申し出てくるはずだと。
その結果、彼に助けられたクレアは自身の恋心を自覚し、ウィリアムには彼女への恋愛感情を芽生えさせた。その上、レベッカの目論見通り、彼は婚約破棄を宣言した。
「それにしても、さっきクレアが傷つけられたと言ってたわね……。直接危害を加えろとは指示してないのに、あの子達……。後で罰を与えておきましょう」
――ふと立ち止まり、懐からボロボロになったアクセサリを取り出す。
昔、初めて彼女から貰ったプレゼント。あまりに嬉しすぎて、奪われたときには頭に血が登っていた。必死になって何とか取り返したものの、その時に壊れてしまった。
その後クレアの所へ戻った時、彼女はとても驚いた顔をしていた。彼女にとって、もしかしたら嫌な思い出の一つになったかもしれない。けれど、レベッカにとっては忘れられない、大切な思い出だった。
「さようなら、クレア。これからはどうかお幸せに……」
王族との婚約破棄を言い渡されたレベッカは、学院へと戻ることは出来ないだろう。もう二度と会うことの出来ない親友の幸せを祈りながら、静かに彼女との別れを告げた。
「もう終わったのかい?」
「ええ」
声の主へと返事をしながら、レベッカは向き直る。
そこにいたのは、第二王子ルイス・ジラール。レベッカが立てた計画の協力者だ。
「あなたは良かったの? クレアのことを好きだったんでしょう?」
彼は学院でクレアをひと目見て、密かに彼女に惚れていた。そして、ゆくゆくは彼女と結ばれたいと思っていたそうだ。にもかかわらず、彼女と王太子を結びつけるレベッカの計画に、自ら加担してきた。
「僕は自分が好きな人には、幸せになってもらいたいんだよ。相手がどこの誰かもわからない人なら僕も止めるけど、兄上なら安心だ。僕も任せることができる」
「そういうものなのね」
「そういう君も、親友のために身を引いたじゃないか?」
「あれはただの政略結婚なだけよ。別に彼を好きだったわけじゃないわ」
レベッカはツンとした様子で答えた。
「まー、そういうことにしておくよ」
「あら? あまり信じてなさそうな顔ね」
少し不満げな様子を滲ませながら答えた。
「さて、こうして失恋した可哀相な二人がここにいるわけだけど、君はどう思う?」
「もしかしてプロポーズかしら? あなた、もう少し女性の口説き方を勉強してきたほうがよろしいのでは?」
「きびしいなぁ」
レベッカは否定的な言葉で答えつつも、口元に笑みを浮かべていた。
「これから君とは、長い付き合いになりそうだし。その間に、君のことをもっとよく知るとするよ」
「それはそれは。頑張ってくださいませ」
こうして二人は、楽しそうに会話をしながら、ゆっくりと歩んでいくのだった。
ありそうな設定だけど、練習のために書いてみました。評価してもらえると嬉しいです。
また、こんな短編も書いてます。よければ見てください。
「幼馴染の彼の姿は、私にしか見えないようです」
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