ワルプルギスの夜の祭り
広々とした気持ちのいい山頂でテント泊の準備をしていると、山登りにはふさわしくない魔女みたいな格好をした女の子たちが続々と頂きに登ってきた。四月三十日の午後三時頃のことだ。
彼女たちは山頂のど真ん中にテントを張った僕をしばらく遠巻きに見ていたが、ひと際目立つフリルたっぷりのピンクの衣装を着た高校生ぐらいの女の子がずんずんと近づいてきた。愛らしい顔立ちの少女だった。
「今夜はワルプルギスの夜なんです」と彼女は言った。
ワルプルギスの夜が何か僕は知っていた。ヨーロッパのお祭りだ。ドイツでは魔女がブロッケン山に集って酒宴をする日とされている。
日本では「ワルプルギスの夜」はアニメ「魔法少女まどかマギカ」で最強の魔女として登場し、有名になった。
「今夜、わたしたちはこの山頂でキャンプファイヤーとバーベキューをして、ワルプルギスの夜を祝います。あなたがテントを張っているところはキャンプファイヤーに絶好の場所なんです。譲っていただけませんか?」
礼儀正しい態度だった。
「譲ってあげてもいいけど、日本でワルプルギスの夜にお祭りをする習慣があるとは知らなかったな」
「『まどマギ』っていうアニメがあるんですけど」
「知っているよ」
「わたしたちはあのアニメのファンなんです。コスプレイベントで知り合った仲間同士なんですけど、ヨーロッパ風にワルプルギスの夜にお祭りをしたいなってことになって、三年前からこの山で夜通し遊んでいるんです」
「なるほど。おもしろいことをやっているんだね」
「このお祭りは各地に広まっていて、今夜は日本のいろいろな山で魔法少女のコスプレをした女の子たちが集まっているんですよ」
「わかった。僕は移動するよ」
僕はテントを山頂広場の隅に移設した。
魔法少女のコスプレをした女の子たちは十五人ぐらいいた。彼女たちは薪を井桁状に組み合わせてキャンプファイヤーの準備をしたり、バーベキューの用意をしたりしていた。
僕は飯盒でごはんを炊いた。今夜はレトルトカレーを食べる予定だ。
陽が沈むと、魔法少女たちはキャンプファイヤーを始めようとした。着火がうまくいかなくて彼女たちは少し苦労していたが、やがて薪が燃えあがり、周囲を明るく照らした。少女たちは歓声をあげた。
「これよりワルプルギスの夜を始めます。最初に聖なる歌を歌いましょう」とピンクの衣装の子が言った。彼女がリーダー役らしい。
聖なる歌ってなんだろうと思ったが、「まどマギ」のオープニング曲だった。僕は少女たちが歌う「コネクト」に耳を傾けた。美しい合唱だった。ソロキャンプが思いがけないイベントと出会って、ずいぶんと楽しいものになってきた。
僕はレトルトカレーを食べ、女の子たちはバーベキューを食べ始めた。にぎやかな談笑が聞こえてきた。ピンクと白黒のふたりの魔法少女が牛肉の串焼きを持って僕のところへやってきた。
「場所を譲ってくれたお礼です」
「ありがとう」
串焼きは美味しかった。
魔法少女たちは「まどマギ」の主題歌を次々と歌っていった。「Magia」「ルミナス」「カラフル」「君の銀の庭」。僕も「まどマギ」のファンなので、全部の曲を知っていた。
素敵な夜だった。
来年も彼女たちはここでワルプルギスの夜を祝うのだろう。またこのお祭りを見たいけれど、これは魔法少女たちの祭典だ。来年以降は邪魔をするのはやめよう、と僕は思った。
僕が眠ろうとしたときもまだキャンプファイヤーは燃え盛り、少女たちは笑いさざめいていた。