#5 彼氏
もうすぐで午前も終わりかと思うときに、雨が激しく降り出した。
天気とは反対に私はちょっと浮かれた気分だった。
まだ先輩の事を好きでも良いと思い、安心した。
付き合っている男の人がいるとすれば、自分にの気持ちは、ただの迷惑にすぎなくて…まぁ、今でも十分迷惑かも知れないが、それでも嬉しかった。
葛城くんに感謝しないと。
そう思っただけで、自然と微笑みがこぼれた。
昼休みに美恵達に保健室にいったことを心配されるが、なんでもないと明るく返し、後はそのまま幸せの時間が流れていくだけだった。
◆
私の幸せな気分が一変したのは、放課後の部活の時だった。
パート練習のちょっとした休憩の時間、浜内先輩が話始めた。
「ねぇ、皆、好きな人いる?」
私は思いもよらない話に、ドキッとしてしまった。
「めぐちゃんとか、結構乙女そうだから、絶対いるよね?」
浜内先輩が1年生に少し意地悪そうに言った。それを聞いためぐちゃんは顔をまっ赤に染めた。
この子、優佳に似てる。そんでもって、浜内先輩は絶対に美恵と同じタイプだな。
「へー、へー。いるんだぁ」
浜内先輩のテンションが上がった。
「同じクラス?」
ゆー先輩が聞いた。めぐちゃんが少し首を横に振った。
「えっ、じゃあ、同じ小学校だった?」
今度は浜内先輩だ。めぐちゃんは少し戸惑ったあと、…はいと小さな声をあげて頷いた。
「いいなぁ~!!ずっと好きだったんだ!!」
めぐちゃんは顔をもっと赤らめた。そこに、睦月先輩が入ってきた。
「はまっち、そうやって悪戯しないの。めぐちゃんが困るでしょ?」
「もう、むっつ~偉いねぇ」
はまっちと呼ばれた浜内先輩は、素直に引き下がった――ように見えた。
「いいね、むっつ~は彼氏いて」
え?
いないって聞かされたのに、なんで?
私の頭の中は真っ白になった。
「だから、彼氏じゃないって言ってるでしょ?」
睦月先輩は呆れたようにいった。
「だって、絶対にアレはむっつ~に興味あるって」
「そうだよ」
浜内先輩の後にゆー先輩が続いた。
「……っ…」
睦月先輩は少し動揺したように見えた。でもそれは一瞬の出来事であった。
「もう、違うって言ってるでしょ?」
睦月先輩は素敵な笑顔でそういったのだ。裏に何かありそう。
「じゃあ、むっつ~が好きなのは、“りく”じゃなくて、“片倉”の方?」
たぶん、“りく”が葛城のお兄さんで、片倉は…こんな私でも聞いたことがある。
「え?生徒会長にも縁あるの?」
ゆー先輩が驚いている。
そうだ、生徒会長だった。
たしか、名前は誠だった気がする。
「そうそう、いつも3人でいるからねぇ。いわゆる、幼馴染?」
「2人とも良いお友達ですよ」
睦月先輩が明るくいった。
お友達?
私はその言葉を信じきれなかった。
葛城の兄の、片倉会長も、結構顔立ちがいいように思える。
そんな2人が、もし睦月先輩を好きだとしたら、睦月先輩は絶対に……どちらかと付き合うんだ。
今の私の思考回路は最悪の状態だった。
「つーまーんーなーいー!!」
浜内先輩は叫びに似た声を上げた。笑いが起こった。浜内先輩がそのまま続ける。
「じゃあ、あれでしょ!?弟狙いでしょ!?」
「違うから」
睦月が笑いながら言う。
「そう言えば、荒井ちゃんは弟くんと同じクラスじゃなかったっけ?」
ゆー先輩が突然私の名前をあげたので、びっくりした。
「そうだよねっ、クラスでそんな感じ?弟さん」
どんな感じと言われても……。
「…ふつーですね」
「ホント?」
「はい……」
「そっかそっか」
浜内先輩がひとりで納得している。なんなんだ、この人は。
普通以外にどんなコメントをしていいか分からない。今日初めて喋ったし。
「荒井ちゃん、弟くん好きになったりしない?」
ゆー先輩がとんでもないことを聞いてきた。
私は優佳のことを思い出した。
「そんなことないですよ。…結構モテるみたいですけど」
「モテる!?」
浜内先輩が異常に高いテンションで鸚鵡返しをした。
「弟さん結構かっこイイもんね」
「弟はバリバリ青春してるのに、兄貴はなにをやってんだか…」
「そろそろ始めない?」
浜内先輩とゆー先輩がしゃべっているところに、睦月先輩がゆっくり声をかけた。浜内先輩はあーそうだね。と言って、いつも通りの練習に戻った。
睦月先輩にはとりあえず彼氏はいないようだが、やはり昨日のことも含めると…もしかしたら、睦月先輩はどちらかを好きなのかも知れない。
昨日よりは軽いものの、私はまたもやもやした気持ちになってしまった。