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大罪の継承者  作者: かじゅー
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許されざるモノ

 スラムで“荒くれ者”と呼ばれている人間を少年は一人しか知らない。暴力でスラムを支配し、何か気に入らないことがあれば人を殴り殺してストレスを発散している男。


 少年はその男――ゲスファーの住処に向かっていた。

 

 少女の敵討ちという主なる目的もあるが、少年は個人的にもゲスファーと因縁があった。何を隠そう、少年を襲って衣服を強奪した人間こそゲスファーなのだ。珍しい衣服を着ているというだけで少年は意識が無くなるまで殴られ、身ぐるみを剥がされた。あとに残ったのは身一つだけ。初めて裸で過ごした夜を少年は一生忘れないだろう。


 ゲスファーの住処はスラムの中央に建てられている立派な木造の家だ。スラムに似合わない立派な家はスラムの外の人間が建てたらしい。少年は一週間という短い時間だがスラムの住人と交流を持ち、そういった情報を得ていた。


 スラムには少年に水を恵んでくれた少女のように優しい人間もいる。ゲスファーの住処を教えてくれた人も優しいとまではいかないが、悪い人ではなかった。


 だがゲスファーは正真正銘の悪党(クズ)だ。少年の中には何が何でもゲスファーを殺さなければならないという思いが渦巻いていた。


 やがてゲスファーの住処である立派な家が見えてくる。ゲスファーの家の周りにはスラムの住人がいない。ゲスファーを恐れて近づかないのだ。


 しかし今日は何故か分からないが、数人の男がゲスファーの家の前に集まっていた。


「……何してるんだ?」


 攻撃の意志がないことを示すために、少年は両手を上げながら男たちに声を掛ける。男たちが手に持っている武器を声のした方へ向けるが、少年の姿を見た男たちは武器を降ろした。


(かたき)討ちだ」


 刃毀(はこぼ)れした斧を持っている男が短く告げる。敵討ち――その言葉に少年は男たちが誰の敵討ちをしようとしているのか理解した。


「僕もあの子に水をもらったんだ。だから一緒に行かせてくれ」


 男たちが顔を見合わせ、頷く。斧を持っている男が腰から錆びたナイフを取り出し、少年に渡した。


自分(てめぇ)の身は自分(てめぇ)で守れ」


 少年が頷くと、長剣(ロングソード)を持っている男が作戦を話し始める。


「小僧、一度しか言わねぇからよく聞いとけ。いま仲間の一人が火を取りに行ってる。そいつが戻ってきたらゲスファー(クソ野郎)の家を燃やして、奴が家から出てきたところを全員で滅多打ちだ」


 長剣を持っている男の説明から暫くして、松明を持った男が走ってこちらに向かってきた。息を切らした男が長剣を持っているに松明を渡す。


「嬢ちゃんの敵だ。絶対に逃がすんじゃねぇぞ」


 長剣を持っている男の言葉に、少年を含めた全員が首を縦に振る。全員の意志を確認した男が松明をゲスファーの家に向かって放り投げた。


 松明を投げた直後は何も起こらなかったが、暫くしてゲスファーの家から煙が上がり始める。煙の勢いは増していき、やがてゲスファーの家は業火に包まれた。


 普通の人間であればこの業火で灰も残らず燃え尽きてしまうだろうが、ゲスファーは普通の人間ではない。絶対にこの業火の中で死んでいないという確信が少年にはあった。


 燃え盛る家の中から一つの人影が姿を現す。衣服は燃えてしまったのだろう。スラムの人間とは思えないほどガッチリとした体躯の男のシルエットが鮮明になっていき、全身に刺青(いれずみ)を入れたその姿が露わになった。


「俺様が気持ちよく寝てたのに……テメェ等、死ね」


 業火の中から出てきたにも拘わらず外傷らしきものが見当たらないゲスファーの姿が掻き消え――少年の直ぐ横でグチャッという何かが潰れる音がした。少年が顔を向けると、そこには斧を持っていた男の顔面を片手で握り潰しているゲスファーがいた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 叫びながら、少年が錆びたナイフをゲスファーに突き刺そうとする。だがナイフはゲスファーの筋肉に阻まれて突き刺さらないどころか、根元からぽっきりと折れてしまった。


「ガッ――」


 ゲスファーの蹴りを食らった少年が吹き飛ぶ。腕の骨が折れたようで、激痛のあまり少年の目に涙が浮かぶ。激痛に耐えながら何とか立ち上がった少年の目に入ってきたものは、首がおかしな方向に曲がったまま斃れている男たちの姿だった。


 長剣を持っていた男も、松明を持ってきた男も、他の男たちも首がおかしな方向に曲がっている。この場で生きている人間は少年とゲスファーの二人だけだった。


「あの子を……何で殺した……」


 震えを堪えながら少年が問う。少年の問いに対し、ゲスファーはあっけらかんといった様子で答えた。


「あの子? 何のことだ?」


 ゲスファーの顔に困惑が浮かぶ。少年はそんなゲスファーの様子に苛立って叫んだ。


「今朝殺しただろ! 僕より小さな女の子だ!」


 少年の叫びを聞き思い出したのか、ゲスファーの顔が醜悪に歪んだ。


「あー、思い出したぞ。あのチビか。前々から鬱陶しいとは思っていたんだが、なかなか見つけられなくてよぉ。今日やっと見つけて殺せたんだ。あのチビが最後になんて言ってたか教えてやるよ。『痛い、助けて、死にたくない』だってよ。傑作だよなぁ? ギャハハハ!」


 少年の頭の中が真っ赤に染まった。何としてもゲスファー(コイツ)だけは殺さなければならない。腕の痛みも忘れて少年はゲスファーに向かって駆け出す。


 少年の貧相な体躯からは想像も出来ない速さにゲスファーは一瞬目を剥くが、自分に対して突き出された拳をあっさりと受け止め、握り潰した。


「か゛あ゛あ゛あ゛!!」


 あまりの激痛に少年が絶叫する。ゲスファーは絶叫に気分を良くしたのか握り潰していた手を離し、倒れ伏した少年の頭を踏みつける。


「お前もあのチビみたいに泣けよ。ほら泣け! 泣け!」


 少年の目から涙が流れる。だがその涙は痛みによって流れたものではない。


「どう……して……」


 少年の口から漏れた“どうして”――。


 どうして――お前みたいなクズにあの子が殺されなければならない? あの子はお前みたいな人間に殺されていい人間じゃなかった。



 それは―――《憤怒》



 どうして――お前みたいなクズがそんなに強い? 何の努力も、苦労もしていない人間がどうして?



 それは―――《嫉妬》



 どうして――僕はこんなにも弱い? 僕が強ければあの子は死ななかったんじゃないか? 僕が強ければ誰もゲスファー(コイツ)に殺されることはなかったんじゃ?



 それは――《強欲》



 ……どうして! どうして! どうして!!



 《憤怒》《嫉妬》《強欲》。三つ感情が少年の心を支配した時――闇をも呑み込む底なしの漆黒が少年の目の前に現れた。





毎日更新だー! おー!

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