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MITSURUGI  作者: 島田祥介
第陸幕【反】
19/57

弐ノ其

 東京都世田谷区池尻──深夜。


 世田谷公園に隣接する陸上自衛隊三宿駐屯地の一角で、防衛省勅命の自衛官編成部隊が周囲を警護する中、正義達はエソラムと対峙していた。

「いやぁ、今回は規制に頭を悩ませずに済むから楽でいいわ」

 千葉は、バンの中で火の着いていない煙草を咥えながら何度も頷いていた。駐屯地の中では一般市民の出歯亀の目は届く事はないだろうし、周囲を取り囲んでいる自衛官も防衛省長官、刑部守(おさかべまもる)が直々に選んだ人員だから他にリークされる事はまず有り得ない。これが楽と言わずして何と言おう。

「そういえば、刑部長官がこっちに向かってるとかって話ですよね?」

 そんな千葉の気持ちを知ってか知らずか、石川はキーボードを叩きながら聞いてくる。そういえば、刑部からの電話で部隊編成の報告を受けたついでにそんな事も言われてたな。

「『直にこの目で見たいから、戦いを引き延ばせないか?』なんて冗談飛ばしてやがったが、その内『研究材料にするから生け捕りに出来ないか?』とか真顔で言ってきそうだぞ」

「まぁ、ここの技本(技術研究本部)の施設は電子装備研究所ですから、この場で解剖とかってのは有り得ないでしょうけど」

 現場を知らない人間は簡単に言ってくれる、と石川は肩をすくめながらデータ収集の作業に戻る。そんな石川を横で眺めていた千葉は、おもむろにモニターに映っている正義達三人をじっと見詰めた。

 現場を知らない人間が現場に無茶を言う様に、もしかしたら前線に立っていない俺等も前線組に無茶を言っているんじゃないだろうか。

 ただな、加賀、曲木、兄さん。

 俺はお前等に死んで欲しくないから、結構無茶な要求も突き付けちまうんだ。人類の為云々とかって前に、たった三人で世界を背負ってるお前等を失いたくねーんだよ。

「あー…でもな」

 千葉は煙草に火を着けると、モニターがアップで捉えた正義を見ながら「笑われるな、これ」と呟いた。

 もし、こんな事を兄さんにこぼそうもんなら、絶対に彼の事だ真っ向から否定してきそうだ。

「千葉さん、俺は死ぬ為に戦ってる訳じゃないです。死んでもいいとも思っちゃいない。『世界を守るって大義名分』の前に()()()()()()()()()から戦うんですって」

とか何とか言って、笑いながら敵に向かって突き進んで行くんだろうな。

「石川ぁー、俺等は精一杯あの三人を応援しような」

 煙草の煙を勢いよく吐き出す千葉の言葉に、石川は「突然何を言ってるんだ?」という顔をしながら彼の横顔を見詰めた。

「千葉さん、そんな事言ってる場合じゃなくなってるんですからしっかりして下さいよ」

 石川は再びモニターに目をやると、キーボードを叩いて状況の分析を急いだ。普段であれば五体前後の数しか現れないエソラムが、今回は次々と歪界域から湧き出てくる。正直な所、敵の質は三人の守護者にとっては余裕で蹴散らせるだけのものでしかないが、物量作戦で挑まれればいくら守護者であっても疲弊による敗北も有り得なくない。

「それにさっきの話ですけど、刑部長官が到着する前に事を終わらせられないと生け捕りの話が本格的にされ兼ねませんよ」

「だからってなぁ、歪界域が閉じない事には何ともならんだろ」

 モニターには、戦闘力が向上したミツルギがいくつものブレードを同時に突き出して複数のエソラムを片付けている姿がある。その取りこぼしは、ミカガミ、ミタマ両名が次々と仕留めている。

「曲木、状況は変化なさそうか?」

「変化ですか? Esが異様に湧くくらいですよ」

 だが、そんな状況もパワーアップしたミツルギがあっさりと片付けていく。

「深夜帯で駐屯地内での発砲は余計な嫌疑がかかってしまう為、ミカガミはイレディミラーの使用を禁止。Esも崩壊消滅を狙い、爆破消滅は避ける様に」

と、最初の指示の時は戦力の大幅ダウンを懸念してしまったが、正義の活躍によってそんな憂いは一瞬にして解消された。

 草薙君がアタッカーの本質を大いに発揮してくれているんだから、自分はきちんとフォローをしていこう。彼が倒し損ねたEsをきっちり片付けるのが、今自分にやれる優先事項だ。

「草薙君、疲れてない? 大丈夫?」

 ミツルギの隙を突破したエソラムを勾玉の鞭で核ごと貫くと、茜は正義の動きを追った。彼より数メートル左側では、加賀が黙々とエソラムを撃退している。

「パワーアップした俺は無敵です!…って言いたいけど、流石に数が多すぎて疲れますね」

 歪界域から一度に現れるエソラムは六体、それが大体五分間隔で次々と沸いて出てくる。津久井との実験で戦闘力が大幅に向上したミツルギにとって、一度に三、四体を倒すのは何ら問題ではなかったものの、自分の肉体精度が向上したとは言い難い状態での連戦は正直厳しく感じてしまう。

 歪界域が消滅するのが先か、自分の命が消滅するのが先か──面白い、こうなったらとことんやってやろうじゃないか。

「おっしゃぁ! どんどんこいやぁぁぁッ!!」

 歪界域から新たに現れた六体の人型の撃ち四体が一斉に正義に向かって襲い掛かるが、左足を一歩前に出して腰を落とすと腕部のブレードを伸出させ次々と敵を貫く。残りの二体はブレードを避けようと左右に割れてミツルギを狙うが、素早く近付いたミカガミとミタマの攻撃にあえなくタマハガネを破壊されてしまう。

「ねぇ、もしかしたら『天人』が出てくるパターンとかって言わないよね?」

 歪界域の揺らぎは普段と変わりないが、敵の行動パターンの異常性に茜は違和感を抱く。それは他の二人も感じていた事で、三人が疲弊しきった頃合を見計らって『天人』が現れるのではと予想していた。

「石川、揺らぎはどうなってるよ?」

 加賀の言葉に、石川は大急ぎでキーボードを叩く。だが、それらしき熱源は検出されずエソラムのものであろう小さい熱源ばかりが次々と浮かび上がるだけだった。

「『天人』の発生は今の所確認出来ません」

 ただ、敵の行動パターンがおかしい…と口に出そうとしてそのまま躊躇してしまう。

 歪界域から出現したエソラムを、ミツルギが確認すると同時に仕留めているからみんなは気付いていないだろうが、出現直後の角度や移動ルートを計測すると敵は──ミカガミをターゲットにしている結果が出た。

 やはり、先日計測したデータと何らかの関係があるのか? だとしたら、千葉には言うべきじゃないだろうか?

 キーボードを叩きながら報告するタイミングを見計らった石川は、おもむろにマイクのスイッチを切ると、

「あの、千葉さん。実は──」

「管制室より緊急! 現歪界域より九時の方向約七メートル、新たに歪界域発現の揺らぎを確認!」

 突如、全員の下に管制室からの連絡が入る。

「発現迄およそ二分! 尚、大型熱源出現の可能性あり!」

 複数の歪界域が発現するという、今迄にない行動パターンに正義達は思わずたじろいでしまう。それだけ、敵は今回は本気で挑もうという事なのだろうか。

「千葉さん! 『天人』だったら発砲不可とか言ってる場合じゃねーぞ!」

「判ってる! 今、上と掛け合うから少し待ってろ!」

 一瞬にして、現場が混乱の渦に巻き込まれる。しかし、そんな中正義は一人だけ笑っていた。

「面白いじゃんか…」

「…草薙君?」

「加賀さん! こっちの歪界域は、加賀さんに全て任せても大丈夫ですか?」

 加賀の戦闘能力であれば、雑魚が何匹かかってきた所で大した時間はかからない。ならば、ミツルギ、ミタマ組とミカガミとに分かれ、『天人』は出現と同時にミタマの連珠で動きを抑え込みミツルギの攻撃を全て叩き込む。その間に雑魚が出現した場合はミカガミに全て仕留めてもらった後『天人』との戦闘のフォローをしてもらう。

「ハッ、簡単に言ってくれるじゃねぇか」

「イレディミラー使用許可が下りる迄の緊急措置としては、これが一番妥当な案だと思いますが」

「…お前に指示されるのは気に入らねぇが、事情が事情だからそれしかねぇわな」

 加賀は大きなわざとらしいため息を吐くと、そのまま現存する歪界域の前で背伸びをする。その動きを目の当たりにして、正義は逆に加賀の余裕振りに感心した。

「草薙君、勝算がありそうだけど…どうなの?」

 二人の余裕のありそうな姿に、茜は安心と不安が入り混じった声で正義に質問する。

「勝算ですか?…さぁ、どうなんでしょう?」

「『さぁ』って、もしかして思い付きなの!?」

 正義の素っ呆けた態度に、茜は唖然としてしまう。だが、正義はそんな茜の肩を叩くと、

「加賀さんや曲木さんといると、意外と何でも出来ちゃう気がするんですよ。今回も、何だかんだ言ってやれるんじゃないかなー、って」

 正義は、管制室から送信された予定発現ポイントを眺めながら自分の今の言葉に何の説得力もない事に笑った。それでも、茜に言った事は本心であったし、今回は『天人』相手でも勝てるんじゃないかといった自信があった。

 何故そう思えるのかは、正直正義自身も判らない。ただ、心の奥底から沸々と『天人』を倒す意欲が浮かんでくる。

「…面白い、とことんやってやるよ」

 茜が不思議そうに見ている前で、正義は静に笑みを浮かべた。

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