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MITSURUGI  作者: 島田祥介
第伍幕【舞】
14/57

弐ノ其

 東京都港区芝公園──午後。


 東京タワーが天に向かってそびえ立つ姿が間近に見える芝公園の一角、芝東照宮(しばとうしょうぐう)にそれはいた。

 観光客がちらほらといる中、女性の形をした細身の鎧は道行く人の視線を気にも留めず優雅に舞っていた。羽衣を棚引かせ軽い足取りでしなやかに踊る姿は、訪れた観光客にとっては東照宮が用意したイベントのひとつに見えただろう。きっと、正義達以外はそれを微笑ましく眺めていたに違いない。

「照合の結果は、[コードNo.T‐0040:アメノウズメ]に間違いなさそうです」

 姫城から送られてきたデータをタブレットで受け取った石川は、どうしていいか判らずに頭を掻く千葉に報告した。

「全くよぉ…こんな場所じゃ規制のかけ様がないだろが」

 芝東照宮の周囲には円山随身稲荷まるやまずいしんいなり、増上寺、鑑蓮社善長寺かんれんじゃぜんちょうじといった仏閣に加えて、ザ・プリンスパークタワー東京、東京プリンスホテルといった宿泊施設、果ては東京タワーがある。いくら政府が緊急規制を発令したとして、まだ陽も落ちていない真昼間にこれだけの施設に集う客を捌くのは容易ではない。

千葉大学の“爆弾騒動”にしても、報道規制をかけたとはいえ被害の痕跡がある以上「処理中にひとつが時限発火した」とTVのニュースで簡単に流させるしかなかった。だが、今回は歪界域発生の確認とほぼ同時に『天人』の熱源も確認され、正義達が駈け付けた時には既にその姿は周囲の目に晒されていた。とてもじゃないが、規制をかけている暇等ない。

「東照宮側には連絡ついてるのか?」

「はい、警視庁からそれとなく話はいってるとの事です」

「って事は、観光客がパニックにならない様にどうやって誘導するか…一番難しいじゃねぇか」

『天人』アメノウズメは多数の観光客がいる中すでに動き回っている。そんな中にGMを投入させるのは明らかに困難を要する状態だった。

「取り合えず、刺激を与えない程度の距離から様子を見るしかないでしょうね」

 石川の言葉に五人はアメノウズメに近付いてみるが、それでもアメノウズメは舞を止めようとはしない。エソラムを召喚する訳でもなく、派手に暴れ出す訳でもなく、優雅に舞を披露しているだけのその敵は、何を目的としてその場に現れたのか全く掴み所がなかった。

「おい、どうした?」

 正義達の近くにいた初老の観光客が突然崩れ落ち、同行していたであろう客が心配そうに声をかける。その姿を見て一瞬五人に緊張が走るが、『天人』が攻撃した様子はなかった。それでも警戒の目を休める事なく周囲を確認する中で、茜は観光客の方に歩を進めた。

「お連れの方、大丈夫ですか?」

 同行客の男性に声をかけ、二言三言話を聞くと彼女はうずくまっている客を地面の上で楽な体勢に寝かせ、脈を計りながら顔色を見る。

「脈が少し弱いけどチアノーゼが出てる訳でもないし、軽い貧血でしょう」

 茜の言葉に、同行者がほっとした表情を見せる。ただ、今後の移動の事も考えると不安だろうと考えた茜は、

「近くの病院だと…慈恵会(じけいかい)医大付属か。今、簡単な地図と病院の連絡先書きますね」

と、ポケットの中からメモ帳を取り出すと走り書きで付近の病院への案内を書いた。

「曲木さん、凄く手際がいいな」

「そりゃ当たり前だ、あいつは守護者になる前はメディカルスタッフだったからな」

 正義が感心する横で、千葉が茜の過去を語った。

 ミタマの前任が大怪我で搬送されてきた際に受け持ったメディカルスタッフの中に茜がいた。非戦闘雇用だった彼女は守護者としての適性検査は受けていなかったが、前任者の処置中にGMが解除されたかと思うと、何の前触れもなくそれは彼女に覆い被さった。結果として、前任者は怪我の具合も相まって戦闘に参加出来る状況ではなかった為に茜が新たな守護者としてミタマを扱う様になったのだ。

 ただ、未だに医療関係者だった時の血が騒ぐのだろう。守護者であっても病人は放っておけないのが彼女らしい、と千葉は言葉を纏めた。 

「何か変」

 観光客と別れ、戻ってきた茜は顎に手を当てながら難しそうな顔をしていた。

「どうかしたんですか?」

「それがね、ぱっと見ただけで三人は軽い立ちくらみで足を止めてたの」

 観光名所で、移動疲れによる立ちくらみを起こす事は何ら不思議ではない。だが、それが何人も立て続けに起こるのは普通では考えにくい。

「…もしかしたら、『天人』が何かしてるのかも」

 茜の言葉に、石川は一旦バンへと戻りキーボードを叩く。モニターに『天人』を中心とした映像を出し、そこからサーモグラフィーやモーションキャプチャー等幾つもの検証映像を流す。

「これ…もしかしたら、生体エネルギーを吸い取ってるのか?」

 検証映像の内のひとつが、観光客からアメノウズメへと小さな光が移動し吸収されるデータを掴んだ。それを管制室に転送させ、姫城に更なる検証をさせる。

「現場で直接検証した訳じゃないから正確には言えないけど、恐らく人体の中に入ったマナを取り出してるじゃないかしら」

 天宇受賣命もしくは天鈿女命と記されるアメノウズメノミコトは、天照大神(アマテラスオオミカミ)天岩戸(あまのいわと)に隠れて世界を闇に変えた際に派手な舞を披露し岩戸を開かせるきっかけになった日本最古の踊り子であり芸能の女神だが、その舞の儀礼は外来魂(マナ)を集め神に附ける行為であり、踊り子であると同時に巫女(シャーマニズム)要素を兼ね備えているともされた。

 今回の所作の理由は不明だが、恐らく『天人』アメノウズメは人体からマナを吸収する事を目的としてこの場所に現れたのではないか、というのが管制室側の見解だった。

「それじゃ、一刻も早く──」

 正義は、GMを展開させようと勾玉を力一杯握る。所が、それに対し加賀は「動くな」と正義を制した。

「石川、客足が途絶える迄後どれくらいか時間調べろ」

 加賀の命令に近い要求に、石川は渋々作業を行う。付近の定点カメラにアクセスし、大雑把ではあるが数日間の平均を調べると現在の時刻と比較する。

「後二時間って所、ですかね」

「二時間か…だったら、このまま様子見だな」

 正義は、加賀の言葉に耳を疑った。目の前で観光客が倒れ、その原因が『天人』にあるというのに、加賀はすぐに対処をしない方向で話を進めている。そんなの有り得ない事じゃないのか?

「加賀さん、何を呑気な事言ってるんですか! 今だって、そのマナとかってのが奪われて──」

 興奮し声を荒げている正義の胸倉を加賀が掴んだ。

「お前は、状況を見るって事が出来ねーのか?」

 加賀の睨む目付きに、正義は思わず言葉を飲み込んでしまう。

「客が立ちくらみや軽度の貧血程度だったら、焦らずに人払いが済む迄待機してその後一気に叩けばいいだけの話だろが」

「そんな」

「だったら、お前はこの場で戦いをおっ始めて周囲を混乱させた方がいいって言うのかよ」

 確かに、加賀の発言は正論だった。納得し辛い部分もあるが、無闇に戦って周囲に余計な混乱を与えるくらいであれば、マナ吸収による軽度の人体被害の方が遥かに被害は少ない。悔しいが、状況を見れば加賀の意見に従うしかない。

「…すみません」

 完全に納得出来なかったせいでむすっとした言い方で謝罪をする正義を見て、加賀は鼻を鳴らすとそのまま彼を突き放した。

「ここじゃイレディミラーも使えないから、お前と曲木の二人で対処してみろよ」

 そう冷たくあしらうと、加賀は踵を返して歩き出した。

「加賀君? ちょっと、何処行くつもり?」

「俺は車に戻る。接近戦はお前等向きだろうが、ミカガミは違うからな」

 茜の方を向く事無く手をひらひらと振ると、加賀はそのまま日比谷通りに止めてある車に向かって去って行った。

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