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MITSURUGI  作者: 島田祥介
第肆幕【敵】
11/57

参ノ其

 確かに“神”だ、と正義は思った。

 歪界域から突如現れた鎧姿のそれは姿形こそ正義達とそれ程変わらない筈なのだが、全身が出る前からその場にいた者達を脅かすオーラを放っていた。

「──ッ」

 体中に電撃が走ったかの様に、ビリビリとした刺激が伝わってくる。そのせいなのか、『天人』が一歩前に動くと、三人は一歩後退してしまう。

「こ…これが、『天人』…」

 茜が震えた声を出して呟いた。彼女も、守護者となってからいくつものエソラムとは戦ってきたが『天人』を目の当たりにするのは初めてだった。それは加賀も同じ事で、彼はその重圧の前で言葉を失ってしまっている。

「姫城、何でもっと前に言わねーんだよ!」

 千葉が姫城を怒鳴りつけるが、スピーカーから「仕方ないでしょ!」と反撃されてしまう。

「こっちだって、いきなりの事で驚いてるんだから!」

「千葉さん、彼女の言う通りです。これを見て下さい」

 石川がモニターを操作すると、画面上に歪界域の動きが現れる。最初は、Type‐Kyu・Biのものであろう五つの熱源反応が点々と浮かび上がり、それが外に放出されると歪界域の中は静寂としたものになる。が、暫くして急激に熱源が発生し、画面右上のアラートサインが全て赤くなる。

《Type‐TENJIN》と表記される頃には、既に熱源は外部へ出ようとしている所だった。

「何てこったい…」

 石川にライターを要求すると、千葉はモニターの前で煙草に火を着け深々と煙を吸う。

 どうする、三人を撤退させるか? いや、撤退させてしまえば学校がどうなるか判らない。だからといって、未知数の相手に「戦え」と命令するのも気が引けてしまう。勿論、自分達が最終的に戦わなければいけないのは他でもない『天人』なのだから、この場で三人が戦うのは至極当たり前の事だ。しかし、加賀は兎も角曲木や草薙の兄さんは戦闘慣れしていない。下手に戦わせて被害が出れば、学校がどうこう以前の問題だろう…

「姫城さん! 『天人』の正確なタイプって判りますか?」

 だが、千葉の不安等お構いなしに正義は戦う意識を失っていなかった。

「ごめんなさい、こっちではデータ不足なの…千葉君、石川君、そっちで詳細を掴んで頂戴!」

「千葉さん、取り合えず特攻かますんでデータ照合頼みます!」

 モニターのライブ映像では、あの青年は他の二人同様後退しながら距離を取っている。バンの中と違って目の前にいるのだから、その怖さは並ならぬものがあるのだろう。それでも、彼は戦う事を決して諦めようとはしていない…全く、大した男だ。

「よっしゃ! こっちで拾えるモンは全部拾ってやる。兄さんは、遠慮なく死んでこいや!」

 正義の覚悟に、千葉は気持ちを切り替えた。自分が躊躇していては全体の士気が下がってしまうから、あえて軽口を叩いて少しでも場を盛り上げようとしてみた。

「嫌ですよ、俺は死ぬ気なんてこれっぽっちもないですからね」

 そんな千葉に応える様に、正義もマスクの中でにやりと笑いながら軽口を叩いた。本当は怖さで体が押し潰されそうだったが、ここで逃げるという選択肢はない事は他でもない自分自身が一番判っていた。

「草薙、何か策があるのかよ」

 身構えつつ後退しながら、加賀は正義に問いかける。その横で、茜も心配そうに正義を見る。だが、正義は「そんなのありませんよ」と、あっさりとした口調で返答した。

「俺がアタッカーなんだから、兎に角突っ込んで敵の出方を計るしかないかなって」

「そんな無鉄砲な事をして、何の意味がある?」

「三拍で突っ込みます。同時に、二人はロングレンジからの牽制をしてもらえませんか?」

 正義は加賀の問いかけを無視し、後退したい気持ちを無理矢理押さえ込むとあえて右足を一歩前に出す。そのまま体を前のめりに重心を下げ、いつでも跳びかかれる姿勢を作った。

「いきます…一、二…」

意味のあるなし、じゃない。“やらなければいけない”が正しいんだ。

「三!」

 かけ声と共に、正義は右足で地面を蹴ると勢いよく『天人』に向かって低姿勢のまま突っ込んだ。その頭上には、ミカガミの照射光とミタマの念動宝玉が飛び交っている。

最初に肩鏡砲塔(イレディミラー)が直撃するが、『天人』は全く動じる気配がない。続いて宝玉が狙いを定めたが、それは『天人』の肩から射出された念動宝玉に弾き飛ばされてしまう。しかし、そのふたつが囮として機能してくれたお陰で、正義は何の抵抗もなく一気に『天人』の懐に入り込めた。

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 正義は上体を起こすと、右拳を『天人』の体に叩き込んだ。が、わずかな隙を突いて『天人』の左手が彼の腕を掴んだ。そして、そのまま勢いよく振り払われた彼は校舎の壁に激突してしまう。

「くはッ!」

 激突した衝撃で呼吸が出来なくなる。立ち上がろうにも体中に激痛が走り、思う様に上体を起こせない。

「草薙君!」

 茜は全ての宝玉を開放させ、その全てを『天人』に向けて放出するとそのまま正義の元に駆け寄る。何とか立ち上がろうとする正義を支えると、彼はかすれた声で「すみません」と呟く様に礼を言った。

「エソラムの時みたいには、上手くいかないか…」

 今迄は、茜や千葉達のサポートのお陰で難しそうな局面も何とかこなしてこれた。それだから、『天人』相手でも恐れずに立ち向かえば活路は開けると信じていた。その気持ちは今でも変わっていないが、流石はエソラムを束ねる頭だけあって『天人』は一筋縄ではいきそうにない。

「ここは一旦退くべきだよ」

 正義の横で、茜が不安の声を上げる。だが、正義は諦めるつもり等毛頭なかった。

「もう一度いきます」

 呼吸を整えると、再び二人の中心位置に立ち突撃の姿勢を取る。

 最初と違うのは、茜の放った宝玉が『天人』の周囲を取り囲み攻撃の態勢に入っている事。十六ある宝玉の内四機は『天人』の宝玉とかち合っているが、それでも八機が敵を捉えている。恐らく、宝玉が時間稼ぎをしてくれたお陰で加賀の方もチャージする事なく高威力の光弾を撃てる筈だ。

「行くならとっとと行け。三拍なんて必要ない」

 ミカガミの肩部、イレディミラー照射口が両門共熱源を溜め込んでいる。正義の口切と同時に照射出来る合図だった。

「了解です…行きます!」

 正義が軽く地面を蹴ると、同時にミカガミの肩から光弾が激しい輝きと共に照射された。その動きに合わせて、『天人』の周りを囲んでいた十六の宝玉は一旦その場を離れる。

『天人』は、自分の周りから離れた念動宝玉に一度目を配らせると、殺気に気付いたのか正義の方に顔を向ける。刹那、ふたつの光がその体を直撃し、先程以上の威力に一歩後退させられてしまう。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 再度捕まる失態を避ける為、正義は低い姿勢のまま拳撃を叩き込む場所を今度は大腿部に定めた。目線は『天人』の腕から離さず、正義を再び捕らえようと左腕が伸びる瞬間を狙った。

 チャンスを見誤るな。狙いが正しければ…きた!

『天人』の腕が、正義を捕まえようと伸びてきた。それを目視で確認した彼は、勢いよく上体を起こし右足を前に突き出すとブレーキをかけた。そのフェイントが効果を発揮し、正義を捕まえ損ねた『天人』の左腕はそのまま空を切って体勢を崩してしまう。

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 再び加速すると、がら空きになった『天人』の左肩を狙って拳撃を振り下ろした。

「──なっ!?」

 しかし、彼の拳は『天人』の右手から突如現れた大剣によって防がれてしまう。

『天人』は正義を見てはいない。だが、体勢が崩れた勢いで持ち上がった右手から大剣が後頭部すれすれに伸びミツルギの右拳を受け止めた。それは、まるで「お前の攻撃等お見通しだ」と言わんばかりだった。

 体勢を整えた『天人』は、そのまま大剣を勢いよく振る。正義はそれを寸での所で避けたが、剣に帯びた電流がわずかに彼を捉えた。

「クッ!」

 剣撃を避ける為に距離を取ると、体を走った痺れを振り払った。

「データ照合完了! 悪い事は言わん、ここは撤退するぞ!」

 緊張した空間に、千葉の声がスピーカーを通じて響いた。しかし、彼の声はいつもの間延びしたものとは違い、明らかに緊張と動揺が入り混じったものだった。

「いいか、よく聞け。そいつは…混じりっ気のない“神様”だ」

「混じりっ気のない?…どういう意味です?」

 千葉の突拍子もない言葉に、茜が思わず聞き返した。その問いにどう答えるのか躊躇しているのか、スピーカーの向こうで千葉の唸りが聞こえてくる。その溜めに苛立った加賀は、思わず声を荒げて、

「おい、こっちは悠長に待ってる暇なんてねーんだよ!」

「照合した答えは[コードNo.T‐0243:タケミカヅチ]…後は自分の頭で考えろ!」

 信じられない名前が飛んできた。

 建御雷神(タケミカヅチ)

 古事記や日本書紀に登場する雷神で、国譲りの為に天照大神の命を受け地上に降りたとされる。経津主神(フツヌシノカミ)と共に関東・東北の平定を執り行い、現代では茨城県鹿島市にある鹿島神社の主神ともなった存在──そんな神が、今まさに目の前にいる。

「ハッ、たまたま電撃を使うから一番判り易いって感じでつけただけだろ」

「そんなの、名付け親がこの世にいねーんだから俺に言われたって困るわ…それより、ソイツの念動宝玉に気を──」

 千葉の言葉が終わるより早く、『天人』タケミカヅチが持つ四機の念動宝玉から稲妻が放出された。それは三人を直撃する事こそなかったものの、深く抉られた地面は黒々とした煙を立てる。その威力を三人に見せ付けるかの様に。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 その黒煙を、逆に煙幕代わりにして正義はタケミカヅチの下に突っ込むと、両手の手甲からブレードを伸ばした拳撃を次々と雷神に叩き込む。それらは全て受け止められてしまうが、着地した瞬間に地面を蹴って距離を取ると再び特攻をかける。

「草薙君! 無茶よ!」

 スピーカーから茜の声が聞こえてくる。しかし、正義は攻撃の手を休めるつもりはなかった。

今、ここで戦いを放棄して撤退してしまえば大学はどうなる? いや、そんな事じゃない。勝敗は関係なく、ここで少しでも『天人』を知らなければ今後『天人』が現れる度に逃亡撤退しなければならなくなる。それじゃ、自分が守護者になった意味がない。

 戦う覚悟を選んだんだ。だったら、無理とか無茶とかじゃない…やるしかないんだ。

《汝、(チカラ)ヲ求ム者ナリヤ?》

 突如、くくぐもった低い声がマスクの中で響き渡った。

それは加賀や茜、千葉達の声とは違い、マスクのスピーカーからというより直接頭の中に響いた感じだった。雷神の攻撃でミツルギの音声認識に何処か異常が発生したのかと目を配ると、茜や加賀もその声を聴いたのだろうか周囲を見回しながら身構えていた。

「まさか、タケミカヅチの声!?」

 再び距離を取った正義は、声の主を確認しようと雷神を見る。しかし、神は微動だにせずただ威圧感を三人にぶつけているだけだった。

「“力を求む者”か…ああ、力は欲しいね!」

 正義は身構えると右拳をぐっと握り締める。

 今の自分は、明らかに力不足だ。攻めるにしても守るにしても、それに必要とする力がない。それを認めるのは悔しいが、事実なのだから仕方がない。

 もっと力が欲しい。『天人』をも凌駕するくらいの力が。

「『天人』の宝玉、高エネルギー反応! 三人共気をつけて!」

 石川が叫んだ。

 ハッとして頭上を見ると、四機の念動宝玉が帯電の影響か揺らいで見える。

「くるぞッ!!」

 加賀の叫びに、全員が地面を蹴ってその場を後退する。それとほぼ同時に、宝玉から“神の裁き”とでも言わんばかりの雷光が地面に落とされた。

 激しい爆音と共に、もうもうと白煙が上がる。それは周囲を簡単に覆い、三人の視界を一気に奪ってしまう。

「お前等、無事か!?」

 白煙で見えなくなった世界で加賀が叫ぶと、スピーカー越しに「大丈夫です」と二人の声が聞こえる。

落雷の直撃は避けられたが、完全に視界を奪われた三人はその場で身構えるとタケミカヅチの追撃に備えた。雷撃がくるのか、あるいは剣撃がくるのか判らない状況での嫌な緊張感が体を走る。

 だが、雷神は一向に追撃する姿を見せなかった。もしかしたら、神も又視界を奪われて身動きが取れないのだろうか? もしそうであれば、白煙が薄れて姿を捉える事が出来た時がチャンスだ。

 正義は右足に重心をかけ、腰を捻らせると左掌を突き出し右拳を握り締めて身構えた。徐々に白煙が薄れていき、加賀や茜の姿が薄ぼんやりと見えてくる。後は、タケミカヅチの姿さえ捉える事が出来れば──

「…え、いない?」

 視線の先に何もない事に、茜が驚きの声を上げる。白煙が消えつつあると、その先にいる筈のタケミカヅチも、その後ろにある筈の歪界域も跡形もなく消え去っていた。

 もしかしたら、敵は白煙を利用して何処かに身を潜め、油断した所を狙うかもしれない。そう感じた三人は身構えたまま周囲を警戒する。

「石川さん、タケミカヅチは?」

「…駄目です、ロストしました」

 バンのモニターからも、タケミカヅチも歪界域も消失していた。雷神は、三人を襲う事なくその場から立ち去っていったという事だ。

「チッ、逃げられたか」

 構えを解くと、加賀は舌打ちをしてわずかに残った白煙を振り払う。だが、正義は、

「逃げた、というより…見逃がしてもらった、という方が正しいでしょうね…」

 あれだけの力があれば、その気になったら三人共あっという間に倒されていた筈だ。それなのに、雷神は手を下す事なく去っていった。

 悔しいが、認めたくないが、『天人』の力の前では何も出来なかった。生きてこの場に残っているだけ有難い話なのかもしれないが、言い様のない屈辱感が体中を襲っている。

「まぁ、いい…戻るぞ」

 加賀が鼻を鳴らして歩き出した。確かに、守護者としてやる事はもう残っていない。後は処理班が現状調査と後始末をするだけだ。 

「あ…これって、Type‐Kyu・Biの物かな?」

 茜が足元に落ちている勾玉を拾う。それは今にも消えそうな光を纏っていたが、掌の上で生き物の様に表面を蠢かせている形状はタマハガネのものであった。

「いくつか落ちてそうですね。拾って回収しましょうか」  

 正義も、地面に落ちていたタマハガネに気付くとそれを拾う。

 彼が拾ったタマハガネは、捕まった事に怯えて逃げ出そうとする小動物の如くうねりを見せていた。その動きは、タケミカヅチを相手にした自分達の姿の様に見えてしまう。

「“力を求む者”、か…」

 右掌の上で踊る勾玉を見つめながら、正義は頭に響いた声を思い出し改めて自分の力不足を呪った。

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