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MITSURUGI  作者: 島田祥介
第肆幕【敵】
10/57

弐ノ其

 千葉市稲毛区弥生町──午後。


「全く、何て場所に…」と千葉は頭を抱えたまま煙草に火を着けようとしたものの、石川にライターを取り上げられてしまう。

「千葉さん、流石にここはまずいんじゃないですかね?」

「別にいいだろよ、関係者は全員避難済みなんだろ?」

「だからって、一応TPOはわきまえて下さいよ」

 千葉大学総合校舎中庭。

 歪界域は、多くの生徒が通うマンモス校の中心部に出現すると計測された。しかも、よりによって人目の多い昼間となればキャンパスにいる全員を追い出し、更には周囲の避難や規制をかけるのに多大なる労力を要する。

 全ての通用門を封鎖し、尚且つ人が集まらない様に対処するには時間も場所も非常に困難であった。その為に、警察側から「爆弾が仕掛けられたと予告された」とうそぶかせ、周囲を警察、機動隊、レスキュー隊、自衛隊と大量に配備させ、上空はマスメディアのヘリが近付かない様徹底させる羽目になった。 

 投入する人数も多ければ捌く人数も多い。たった数匹の敵相手に、こんなにも無駄なエネルギーを消費させるなんてなぁ…と、千葉はため息を吐きながら頭を垂れた。

「石川、後何分だ?」

 ヘッドセットのスピーカーから、加賀の苛立った声が聞こえてくる。

「えっと、後三分ですね」

「揺らぎが激しくなってきてるぞ。そろそろエソラムの数もはっきりするんじゃないのか?」

 本来であれば守護者より戦闘管理補佐官の方が役職としては上なのだが、突撃部隊時代は石川より加賀の方が先輩だった為か未だに突っかかった物言いをされてしまう。

 仕方ないと割り切ってはいるが、加賀の態度が全体の士気を下げつつある事をもう少し理解してほしいものだ、と石川は心の中で中指を立てた。

「石川さん、揺らぎの色がいつもより濃い感じがしますが、異常はなさそうですか?」

 それに比べて、草薙さんはどうだ。新人だからというのを差し引いても、常に相手を思っての物言いだからホッとさせられる。

「今の所、異常現象の報告は届いてないですね。これなら、司令部の情報通りエソラムは五体だと思います」

「了解です。発現はこちらでも確認します」

 石川との通話を終えると、正義は目の前で揺らぐ歪界域をじっと見詰める。

いつもは蒼と碧が入り混じった様な色合いの揺らぎが、今日は若干赤みを帯びている様に見えた。それが気になったが、石川の報告で大した事がなさそうだと自分に言い聞かせる。

「たかが、揺らぎの色合いくらいどうだって言うんだ?」

 正義と石川の通話を聞いていた加賀は、鼻で笑うと呆れた口調で問いかけた。今迄の戦闘で、司令本部のデータと異なった事象は一度もない。そんな事をいちいち気にかけていたってどうという事はないのに、と小馬鹿にした態度で正義を見る。

「気のせいだったらいいんです」

「そんな事、いちいち気にしてたらやってられないと思うがな」

 確かに、加賀の言っている事は正しい。でも、違和感を拭わないまま戦うのは時として自分の身を危険に投じる可能性だってある。敵の事も、GMの事もはっきりと判ってない今は、ちょっとした違和感にも敏感になるべきでは…と、正義は思っていた。

「全く、今回の()()()()はデリケートなお方で──」

「こちら司令部。エソラムのデータ検証出ました、Type‐Kyu・Biです!」

 姫城の声が各人のスピーカーに響き渡る。同時に、石川が「エソラム五体、出ます!」と声を荒げる。

 揺らぎから五つの影が勢いよく飛び出すと、素早い動きで正義達三人の周囲を跳び交う。狐の姿を模したエソラムは、地面に降り立つと臀部に備え付けられている九門の銃火器を火吹かせ、着弾を確認する事なく再び跳躍する。

「駄目、早い!」

 茜が念動宝玉でエソラムを捕らえようとするも、動きはわずかに敵の方が上回り攻撃を繰り出す事が出来ない。

「チッ…草薙! 牽制(けんせい)かけないと、こっちがチャージ出来ないだろ!」

 ブリーフィングでは、ミツルギがアタッカー、ミカガミがバックアップ、ミタマがフォローという形になった。これは、各GMの特性を利用したフォーメーションで、正義がミツルギの守護者になる前から主戦方法として採用されていた。しかし、今回はそれが簡単に通用する様な相手ではなかった。

 敵の銃弾が地面を抉り、校舎の壁を剥がしていく。牽制をかけるつもりが逆に牽制をかけられ、シャワーの様に降り注ぐ銃弾を避けるので精一杯だった。

「──ッ!」

 シャワーの一筋が、ミタマの肩に直撃する。

「曲木さん! 大丈夫ですか!?」

「う、うん…ビックリしただけで、何ともないから」

 確かに、ミタマの肩部は兆弾跡が見られるだけで大した被害ではなさそうだった。という事は、重火器の威力はGMを破壊する程ではないのか?

 正義は、ある疑問を感じて動きを止める。しかし、確認をしようにも敵の動きが早くて今ひとつ掴み切れなかった。

「クソッ…だったら」

 今度は、闇雲に敵に向かって突っ込んだ。それでも狐を止める事は出来ないが、目的はそれを捕縛する事ではなく重火器の威力を確認する事だった。

「く、草薙君!?」

 無数の銃弾が正義を襲う。だが、それのどれもが彼の動きを止める程度の威力で致命傷になるものではなかった。中には威力の強い物もあったが、一発着弾したくらいではわずかな苦痛を伴うだけで連続着弾を避ければどうという事もなさそうだ。

「千葉さん! データ検証をお願いします!」

 重火器の威力を自分の体で覚えた正義は、敵の動きを目で追いながら千葉を呼び出した。

「何を調べたいんだ?」

「敵の跳躍から着地迄の時間と距離、それと、一匹の敵が一度に何門の武器を使っているか…出来るだけ早くに!」

 一度にいくつもの注文を出され、千葉は「無茶言うな」とほくそ笑んだ。

「石川ぁっ! お前は時間と距離な! 俺は武器について調べるわ!」

「了解です!」

 バンに戻ると二人はキーボードを威勢よく叩く。石川の前にあるモニターには狐が飛び跳ねてから着地する迄の動きがモーションキャプチャで幾十ものコマ送り画像になり、千葉の前にあるモニターでは九尾が火を噴く瞬間が画面分割で大量に映し出される。

「出ました! 跳躍距離は約七メートル、跳躍時間は三コンマ三五秒平均!」

「こっちもだ! 五匹の内三匹がマシンガンタイプ、二匹がグレネードタイプ。どっちも、すぐに跳躍する場合は最大二門しか開いてねーわ!」

 タイプが違うと判ると、石川はグレネードタイプといわれたエソラムの動きを追う。千葉はそれを横目で見ると、引き続きマシンガンタイプのエソラムを調べる。

「連携型っぽいですね…マシンガンタイプの後をグレネードタイプが追って、小攻撃から大攻撃という流れにしてる様です」

「石川、グレネードの溜めは何秒だ?」

「えっと…出ました。着地後、発砲迄のチャージに二秒ジャストです!」

 二人の報告を確認するのに、正義はいつも以上に腰を落として身構える。

グレネードタイプと言われていた九尾狐の内の一匹が着地して発砲するのを見つけると、それをターゲットに動きを追う。一瞬、素早い動きに見失いそうになるが、GMのセンサーが追尾していたお陰で次の着地を見逃さなかった。着地と同時に一瞬の溜めから二門の銃火器が火を噴くと、撃ち終わるか終わらないかの内に再び跳躍する。

「だったら、次は…」

 狐の攻撃を交わしながら、今度は右手で腰元を叩きながら拍子を刻む。三コンマ三五秒を目視で確認する為だ。

「一、二、三…よし」

 狐の動きを数回読んで動きを確認した正義は、そのまま「曲木さん!」と叫んだ。

「あそこの支柱の辺りに宝玉を動かして下さい!」

「えっと…こんな感じ?」

「OKです。今度は、俺が合図したら引き寄せて下さい」

 自分の読みが間違いでなければ、中庭の支柱前でマシンガンタイプが発砲跳躍した直後にグレネードタイプが同じ場所に着地する。その瞬間を狙えば、奴等の連携を崩せる筈だ。

「加賀さん! 敵の動きが止まったら、ノーチャージでいいからミカガミのレーザー光線を発射して下さい!」

「レーザー…? 肩鏡砲塔(イレディミラー)の事かよ」

「何でもいいです! 兎に角、それを!」

 連携攻撃は、一度陣形が崩れると途端に動きがなくなる。その混乱に乗ずる事が出来れば勝機は見える、と正義の中で狙いをつけた。それだから、敵の軌道を変えない程度にわざと敵陣に突っ込み銃弾のシャワーを浴びる。その動きは、アタッカーというより囮といった方が正しかった。

 ダメージを軽減させる為に極力グレネードの着弾は避け、尚且つ加賀や茜に攻撃の目が向かない様に攻撃している振りを続ける。

「三、二…曲木さん!」

 正義の合図に、茜は念動宝玉を自分の元に引き戻す。その宝玉は、正義の読み通りグレネードタイプの九尾狐を捕らえ、その腹部に見事にめり込んだ。

「クァァァァアァァアァァッ!?」

 九尾は甲高い声を上げて、その場に崩れ落ちる。それが引き金となったのか、他の四匹の動きも止まってしまう。

「もらったぁッ!」

 正義が、目の前で動きを止めていた敵にブレードを突きつける。慌てて逃げようとする狐の後ろ足を捕らえると、躊躇なく切り裂いた。致命傷にはならなかったが、ダメージを負った狐の動きはそれ迄とは格段に違って鈍くなる。

 連携が出来ないと咄嗟に判断したのか、残りの三匹はその場で次々と九門全ての重火器を発砲するが、固定砲台と化した狐は最早三人の敵ではなかった。三匹の内一匹は、加賀の放出するイレディミラーの熱量で消し炭と化し、茜の前に身構えていた狐は念動宝玉の雨に蜂の巣にされていく。

「残り一匹!」

 最初に念動宝玉を喰らってよろけていた狐をイレディミラーで葬った後、正義が足を奪った狐を切り刻んだのを見た加賀が叫ぶ。仲間を失ったエソラムは戦意を失い、じりじりと歪界域に向かって後退していくが、そんな事は加賀には関係のない事だった。

「最後も俺がもらうぞ、いいな?」

 左の握り拳を右手でコキコキと鳴らしながら、加賀は狐に向かって歩を進める。

「加賀ぁ、そいつは出来るだけ捕まえられねーか?」

 スピーカーから、千葉が呼びかける。生け捕りにして本部に持ち帰る事が出来れば、研究材料として役に立つと思ったのだろう。しかし、加賀は彼の言葉を無視して肩部の照射口に光を充填させていた。

「俺の役目は“エソラムの殲滅”ですからね、その命令は聞けませんねぇ…」

 加賀は千葉を小馬鹿にした様な口調で返答する。正直、草薙なんてド素人が自分と同じフィールドにいるだけでも苛々するんだ、コイツをサンドバッグにでもしないと腹の虫が収まりはしねぇ…

「え、ちょっと待った…何だ、この熱量?」

 突如、石川の混乱した声が各人のスピーカーから聞こえる。同時に「歪界域、注意!」と姫城の言葉も聞こえてきた。 

「これって…やっぱりそうだわ…」 

 石川同様、姫城も混乱している。否、本部管制室全体が動揺しているのか、彼女の背後がざわついているのがスピーカー越しに聞こえてくる。

「姫城さん、何があったんですか?」

 心配になった茜が問いかけると、

「──『天人』、きます!」

 姫城の言葉が全員に伝わるよりも早く、歪界域から鈍い重金属音が響いた。

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ここまで読んだ評価。 (各項目5点満点) 表現力:5 独創性:5 読みやすさ:4 ストーリー:4 キャラクター:4 総合評価:4 総評:戦闘描写と心理描写がしっかりしていました。主人公がしっかり自分の…
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