その3
しょっぱなから思ったよりドラマティックな人生を送っている相手だったため、既に気疲れしてしまった。
気分を変えて、次の彼への返信に着手。
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(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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こんにちは、トム。詐欺師がいるって情報、ありがとう。気をつけます。
メールアドレスありがとう。でも、最初はここでやりとりしていいかな?
このトムという人は、アグレッシブな感じがメールからもバンバン出ていて、まぁ、軍人っていうのが本当の職業なのかなと思わないでもない。
個人的に、軍人の知り合いがいないからなんとも言えないけれど。
でも、本音で言えば、軍人と付き合うってのは、まずないと思う。とはいえ、何事も経験ということで、少しくらいやりとりしてみて無駄ではなさそう。これも、社会経験。あまり気乗りがしない相手だけどなぁ、なんて思って画面を見ていたら、即、返信が来た。
ーーーー受信
(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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一体、何をしていたんだ?君もスキャマーなのか?
なぜ、オンラインなのに、オフラインのステータスに設定しているんだ?
思わず固まる。
何で私が、知らない人にこんなにきつい口調で、???だらけのメッセージをもらわなくてはならないのだ。
私が自分のステータスを偽ろうと、こいつに説教される筋合いはない!
一体、何様?
腹が立って、もう、ネット婚活自体、放り出したくなる。
会った事もない人間に対し、ここまでイラッとくるとは自分でも驚きだ。
こんなやつ、ブロックしてやる!
……と、まさにブロックしようとした時、再度メッセージを受信。
ーーーー受信
(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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悪かった。つい、感情的になってしまった。
俺は、嘘をつく人間が大嫌いなんだ。
でも、考えてみれば、君はきっと、たくさんのメッセージを受信するのを避けようと、オフラインにしたんだと気づいた。
俺の職業を見ればわかるだろうが、戦場にいると、ストレスもたまるし、人を信頼出来なくなるんだ。返信してこないってことは、俺に怒ってるのか?
……ブロックのボタンを押すべきか。
迷った挙げ句、押さなかった。
本当に軍人で戦場にいるとしたら、まぁ、平和な日本にいる私には、到底理解出来ないような日々を送っているんだろう。性格が歪んでも、当然かもしれない。
私は、こういう俺様タイプは、苦手だ。
亭主関白とか、男尊女卑系は大っ嫌い。
でも、考えようによっては、この人は、嘘つきが嫌いっていうくらい、馬鹿正直なタイプかもしれない。戦場生活で心が荒んでいるから、こんな荒っぽいメッセージ書くのか。少しだけ同情心が沸き、返信をする事に決めた。
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(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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怒ってないよ。ステータスは偽ったのは事実だから。メッセージが次々入って来て、パニックになりそうだったから、オフラインにしたの。英語も得意じゃないし。
戦場にいるんだね。毎日、どんな日々を送っているのか、想像もつかないけど、やっぱり、危険なことが多いのかな?
素朴な疑問を送ってみた。
これでまた、攻撃的な返信が来たら、絶対ブロックしてやると決めている。
突然、トムのステータスがオフラインになったのが見えた。
はて、これはどういうことだろうか。
単純に、離席したってこと?
それとも、私とはもうやりとりしたくないということ?
相手から拒否されると思うと、意外と傷ついている自分にびっくりする。
別に、この人とどうにかなるとは思えないし、もういいや、と思って、次の彼、軍医って人に返信をしようと思った矢先、トムからの返信が入る。
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(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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俺もオフラインにした。せっかくだから、落ち着いて話をしよう。ここは、軍人目当ての女が多くて疲れる。
君は、どうやら、軍人には興味なさそうな感じだから、逆にもっと知りたいと思った。
ここは戦場だ。君もニュースでいろいろ見てるだろうから、どんな感じかは想像つくだろう。野郎どもばかりで、飯はマズいし、不規則な勤務時間で、ホリデーもない生活さ。暇な時間が有れば、ジムで過ごすか、こうやってたまにネットでストレス発散するくらいが唯一の娯楽。自分の国に帰るのさえ、希望通りってわけにはいかない。俺は沢山の部下がいるから、責任が重い立場なんだ。悪いが、俺がどの国のどの街に派遣されているとかは、君には教える事が出来ない。こういった情報を、漏らす訳にはいかないことくらい、君だって分かるだろう?
へぇ……
意外と、まともなテンションで返信してきた。
それじゃ、軍に所属していても、ポジション的に高いところにいる人ってわけか。
だから、こんなに高圧的なんだろうか。
早速、返信を送る事にする。
ーーーー送信
(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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軍人に会った事ないから、無知でごめんなさい。
自分の国になかなか帰れないの、辛いよね。家族にも会えないし。どれくらい、今の派遣先にいるのかは、聞いても大丈夫なのかな?
他に質問を入れようとして、誤って送信ボタンを押してしまった。
すると、直に返信が来る。
ーーーー受信
(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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5年だ。この間、帰国したのは1回だけさ。
だが、後1年ほどで、任務完了し帰国する。だから、こうやって、出会いを探している訳さ。帰国したら退役して、もっと平和な仕事しようと思ってるんだ。
なるほど、と頷く。
すごくいろいろと納得した。でも、この人と、自分の接点がよくわからない。
これ以上、なにをやり取りすればいいのかも分からず、キーボードの上の手は動かない。
なんだろう、この人の心が全然読めないというか、人格がよくわからないし、正直、あまり興味が湧かない。
このまま、返信せずにフェードアウトするか、それとも、正直に、ちょっと違うからこれでバイバイ、と書くべきか。
どちらにせよ、すっごくきついメッセージが返ってきそうな気がする。
この人は、怖そうな人、という印象が強い。
どうしたらいいか分からず、画面を眺めていると、また、メッセージが入って来た。
開けてみると、添付写真だけが二枚。
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(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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<添付1>
一枚目の写真を開けてみて、目が点になる。
ジムのトレーニング写真。
筋肉隆々の男性が、上半身裸で仰向けになり、でっかいダンベルを両手に持ち上げている。ミラーサングラスをかけていて目が見えないが、どっちかというと丸っこい顔立ちで、イケメンというより、童顔? 腹筋がバキバキに割れた体とは、ミスマッチな感じが意外。
<添付2>
二枚目の写真。
今度は黒いサングラスをかけて、でっかい米軍車両のハンドルを両手で握っているのを、真正面から撮った写真。何か叫んでいるのか、雄叫びをあげているように口をでっかく開いている。いわゆるシャウトしている感じ。迷彩柄の服の袖をまくり上げた腕の筋肉がすごい……
それにしても、誰がこんな角度の写真を撮ったんだろう?
思わず、はぁとため息が出た。
さすがに軍人は、鍛え方が違うらしい。いや、きっとアジア人と違って、白人の男性はこういう風にぶっとい筋肉がつきやすい体質というのもあるだろう。
ストイックな生活をしているんだろうなぁと感心する。こんな鍛えた体を持つ男性って、実際に見た事ないせいか、ついつい、写真を拡大して見てしまう。
あまり筋肉には興味なかったけれど、こうやって見ると、確かに男らしくて惹かれるものはある。
あれに触ったら、どんな感触なんだろうと思ったりして、一瞬、自分が、すけべな女みたいな気がしてしまった。
ともかく、一応、写真についてコメントを送らねば。
ーーーー送信
(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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写真ありがとう。すごく強そうに見えるね。
私なんて、ジムにも行った事ないよ。
それ以上、書く事も考えつかず、そのまま送る。
すぐに返信が戻って来た。
ーーーー受信
(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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ベイビー。そろそろ行かなきゃならない時間だ。明日は何時頃にここへ来るんだ?
これで会話が終わると思うと、なんとなくホッとしてすぐ、返信を送る。
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(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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明日は仕事があるの。ログイン出来るとしたら、日本時間の夜、大体21時以降かな。
送信ボタンを押して、10秒もせずに返信がくる。
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(2) トム アメリが合衆国 39歳
米軍 独身 離婚歴有り 子供なし
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Okay.
俺は 日本時間の22:00頃にここへ来る。
Bye.
なんだかよく分からないうちに、明日、またこのトムとメッセージ交換をする約束をした感じになった。
押しが強い上、基本、命令口調が当たり前みたいな人。
軍人で部下を抱えている人だから、他人に対しても上から目線になるのだろうか。
こういうタイプの人と打ち解けるのは無理だろうな、と思うが、まぁ、とりあえず明日もやりとりしてみようと思い直す。
さて、3番目の彼に返信だ。こちらも軍人だが、軍医という、ちょっと普通とは違うインテリ。未婚で子供有りってのは、元彼女のところに子供がいるってことだろうか。42歳と割と年上で、メッセージの文面も、落ち着いた感じがする。やっぱり、IQが高いんだろう。
医者じゃなかったら、しょっぱなからもう、ゴメンナサイという感じなプロフィールだ。
もう一度、メッセージを読み返してみる。
ぶっきらぼうなトムとは、全然印象が違う。
流石に医者である人に向かって、間違った英文を送るのは気が引けるので、慎重に返信文の作成に取りかかることにした。