俺だけにしか見えない天使
久しぶりに小説を書いてみました。
凄く短い小説ですが、感想が聞けると嬉しいです。
俺はこの時、初めて『奇跡』というものを信じた。俺の通っている大学に、小学生の時に好きだった女の子が現れたのだ。
その子とは昔、毎日のように話していて、遊んだりしたこともあった。そうして一緒に過ごしているうちに、その子に好意を抱くようになっていた。しかしその子は五年生の時に転校していまい、告白をすることができないまま別れとなってしまった。
再会したものの、今の彼女は、俺の知っている頃は少し雰囲気が違っていた。俺の知っているその子は皆に優しく、気配りができるような子で、笑顔を配っているような子だった。けれど今俺の目の前にいるその子はとても静かで大人しく、周りに興味示そうとしない。あれから十年経っているわけだから、多少性格が変わってもおかしくはないだろう。
俺は講義中、その子とのことをずっと見つめていた。彼女の長い髪を見ていると、昔の思い出が沸々と湧き出るようによみがえる。講義が終わるとその子は静かに席を立って教室を出た。俺は恥ずかしさと他の人の目が気になって話しかけることもできず、立ち去っていく後ろ姿をただ眺めていた。
いつもは友人の塚本大輝と一緒にいる俺であったが、毎週金曜は大輝が受けていない授業を受けているため、一人で大学に来ている。彼女はその講義も受けている。その講義が八週目を終えた時、俺は勇気を出して話しかけることにした。授業が終わると俺は荷物を片付けて、先に教室を出た彼女を追いかけた。しかし彼女はいつもドア前の席で、俺は後ろの席。その距離があってか、すぐに見失ってしまった。
次週の月曜日。俺はいつものように後ろ側の席に座り、彼女は出入り口付近の席に座る。隣に髪の短い女の子も座っているが、彼女から話しかけようとする様子もなく、彼女が話しかけられることもなかった。俺も彼女に話しかけに行くわけでもなく、ただ後ろから彼女の姿を見つめていた。
「さっきから何見てるんだ?」
突然隣に座っていた大輝に話しかけられた。俺はそれに驚くこともなく、彼女のことを見つめたまま返答した。
「いや、別に」
「ドア前の席の子が気になるのか?」
大輝には誰を見ていたのか分かっていたようだ。と言っても俺が見ていた方向には彼女と、その隣に座っている女の子しかいないから分かるんだろうけど。
「まぁ、そんなとこだ」
「見てるのは良いが、ストーカーとかはするなよ」
「分かってる」
数分経つと先生が教室に入ってきて、教壇に立つと同時に講義を始めた。講義が始まっても、それに構わず俺は彼女のことを見つめながら、今日こそ話しかけようと心に決めた。
講義が終わると、彼女は勉強道具を鞄にしまって教室を後にした。俺もさっさと勉強道具をしまって彼女のことを追いかけようとしたが、大輝に呼び止められてしまって見失ってしまった。
木曜日までは追いかけようとしても大輝に呼び止められるという状態が続き、あっという間に金曜日になった。いつものように講義が終わり、俺は再び彼女を追いかけた。
「あの!」
廊下で彼女のことを呼び止め、彼女はその場で足を止める。
「少し、話せない?」
何を言おうか少し考えたが、このまま突っ立ってても他の人に迷惑にしかならないと思い、咄嗟にそう彼女に言った。彼女は俺の方を向いて頷き、俺が彼女を追い越して歩き始めると、彼女も追いかけるように俺の後ろを歩き始めた。
晴天の青空の下。俺は外にあるベンチを指さし、「ここで話さないか?」と彼女に提案し、彼女は頷いてベンチに座った。時間的には講義中の時間であったため、周りには人はいない。けれど念のために俺は彼女と少し距離を置いてベンチに座った。
「えっと、俺は天野光樹」
とりあえず彼女は俺の名前すら分からないだろうと思い、自己紹介をした。
「・・・藤宮雫です」
彼女も返答するように自分の名前を口にした。彼女の昔と違って声が少し大人っぽくなっているが、名前は同姓同名であった。
俺は彼女の名前を聴いて「やっぱりあの子だ」と確信したが、彼女は驚くこともなく、その表情はまるでセメントで固められているかのように少しも変わっていなかった。
「えっと、小学生の時に一緒に遊んだんだけど、覚えてない?」
自分からこういう話をするのは少し気恥ずかしいという気持ちはあったが、彼女としては「何で自分がこの人に話しかけられたんだろう」と疑問に思っているかと思ったから話すことにした。すると彼女は俯いて、指を顎にあてた。思い出そうと頭の中を掘り返しているのだろう。
「・・・ごめん、思い出せません」
少し経つと彼女は顔を上げ、俺にそう言った。
「人違いってことはない?」
その言葉を聴いた瞬間、俺は胸に刃が刺さったかのような痛みを感じた。楽しかったあの時を忘れられてしまったことがショックだったのだ。
「・・・そうかもな。ごめん、俺の早とちりで呼び止めちまって」
「いいえ、それは全然大丈夫です」
そのあとはお互いに口を開かず、沈黙の時間が続いた。彼女が昔別れた雫とは違ったと分かった瞬間、気が抜けて何も話せなくなった。あっという間に時間が過ぎていき、ふと時計を見ると講義が終わる時間になっていた。
「あ!そろそろ行かないといけないので、失礼します」
彼女は時計を見るや、立ち上がって俺の方を向いて一礼をした。
「あ!うん。今日は呼び止めてごめんな」
「いいえ。ではまた」
彼女は俺に背を向けて、そのまま走り去っていった。俺はその後姿をただ眺めていた。
また翌週の月曜日。俺は飽きることなく、また後ろの席から彼女のことを眺めていた。彼女は相変わらず周りに興味を示さず、いつも隣に座っている短髪の女の子にすら話しかける様子がない。
「お前も飽きないよなぁ」
「何がだよ」
「いやだから、毎回毎回眺めてるだけで話しかけようともしないのかと思ってさ」
「この前、金曜の授業終わりに話しかけてみた」
「・・・え!?」
大輝はあからさまに驚いていた。それもそうだ。ここ数週間彼女を眺めるだけで行動に起こそうとしなかった人間が、自分の知らないところで行動を起こしているのだから。
「マジで!?」
「マジもマジ。大マジだ」
「はぁ、そりゃビックリしたわ」
「だろうな。けどそんな大した話はしてねぇよ。軽い自己紹介と雑談だ」
「お前、名前すら知らなかったのか」
「仕方ねぇだろ」
「俺もそんな周りのやつに興味を示す方じゃねぇが、毎回センコウが出席チェックしてるんだから、『市川夏美』っていう名前ぐらいは知ってるぜ」
「・・・え?」
俺はそれを聴いて一瞬固まった。でも確かに隣に座っているのだから、勘違いすることもあるだろう。
「いや、俺が見ていたのはその隣にいる藤宮雫っているやつだ」
俺はそう大輝に言った。焦りはしたが、こんなこともあるだろうと思った。しかし大輝は、まるで異物を見ているかのような顔で俺のことを見ていた。
「はぁ?隣?市川の隣には誰もいないぜ?」
「え?」
俺は大輝の発言を聴いてまた固まった。今度は勘違いでも何でもない。まるで藤宮の存在が大輝には認識していないかのように。
「いやいや、そこに座っているじゃんか!髪の長い子が。その市川とやらの隣に!」
「落ち着け落ち着け!こんなところで騒ぐな!」
我に返って周りを見渡すと、多くの学生が俺の方を見ていた。俺は小声ですみませんと言いながら何度か会釈した。
「とりあえず、いつものようにセンコウの出席確認を耳の穴かっぽじってよく聴いておけ。それで分かる」
「・・・あぁ」
俺は正直納得できない気持ちがありながらも、それしか解明する手段がないことを分からされた。
先生が教室に入ってきて教壇に立ち、いつものように出席確認をし始める。順番は五十音順であるため、ハ行を意識しておけば聞き逃すことはないだろう。市川とやらはかなり最初の方に呼ばれていた。そのあとも次々と名前が呼ばれていき、ついにハ行になった。
「早川、平井、藤崎・・・」
順番ではその次だ。そう意識していると、胸がどんどん高鳴っていくのが分かる。俺は先生の次の言葉は聞き逃すまいと全意識を集中させた。
「牧野、宮崎・・・」
『藤宮』の名前が出てこなかった瞬間、俺は力尽きるように全身軽くなって、背板にもたれかかった。その後に先生が口にした名前は一切に耳にも頭にも入らなかった。
「これで納得したか?」
大輝は俺の顔を覗き込みながらそう言った。普通ならニヤニヤとバカにしたような表情で言うものだろうが、大輝は寧ろ深刻そうな表情で俺を見ていた。
「お前、今日は帰ったらどうだ?ノートは後で写させてやるからさ」
「いや、ちゃんと出る。訊きたいことのあるやつもいるし」
大輝は何も言わずに頷き、ペンを持って授業の体勢に入った。俺は姿勢は授業モードだが、頭はそれどころではなかった。全くペンが動かず、先生が言っていることが全く頭に入ってこなかった。
授業が終わると俺はさっさと片付けて席を立ち、教室を去っていく藤宮の跡を追いかけた。今日は事情を知っているからか、大輝が俺を呼び止めることはなかった。しかし俺はまた藤宮を見失ってしまった。けれど今日はどうしても確かめたいことがあるからと、キャンパスの中を走り回った。しばらく走り回っていると、人気のない校舎裏で藤宮の姿を見つけ、その瞬間に俺は驚いて思わず影に隠れてしまった。そのまま壁にもたれて、荒くなっていた呼吸を整えた。段々呼吸が落ち着いてきて気持ちの整理ができると、壁から離れて彼女の前に身を出した。その瞬間、彼女の背中から白い何かが広がるように飛び出した。アニメや漫画で、似たような話をみたことはある。けれどこれはアニメでも漫画でもなく、目の前に起こっている。紛れもなく現実のことだ。
俺が彼女のその姿を立ち竦んで見ていると、彼女は俺に気付いたかのようにこちらの方を見た。彼女と僕の目が合い、その瞬間彼女の小さな目は大きく開いた。そのまま俺も藤宮も固まり、沈黙の時間が続いた。どれぐらい経ったか分からないけど、感覚的には十分くらい経ったと思う。藤宮は目線を泳がせると俺に背中を向けて歩き始めた。俺はその跡を追いかけようとしたが、急に突風が吹いて俺の視界を塞いだ。再び目を開けたときには彼女の姿はなかった。
あの白くて大きなもの。あれは間違いなく翼だ。よく見ると藤宮がいた周りには、白い羽根が落ちていた。彼女は一体何者だろう。いや、そんなことは悩むまでもなく分かるはずだ。それでもその回答には現実味もなく、まだ俺の頭の中ではその事実を疑っていた。それでもそれ以外の回答が見つからない。今にも羽ばたいてしまいそうな美しい純白の翼を持つ、綺麗な彼女の姿はまるで・・・。
「天使・・・」
それ以降、授業にも大学のどこにも、彼女を見ることはなかった。
END
どうでしたか。自分は終わりをはっきりさせない終わり方をするのは苦手なのですが、今回はまだ上手く書けたんじゃないかなと自分では思ってます。




