第八話
太った高橋の切ない想いです。
駕籠の上に一本通した轅と呼ばれる太い棒の前を「えっさ」の掛け声の土田が、後ろを「ほいさ」の掛け声の北側が担いだ。
代表選手の彼らの後を、自転車に乗ったコーチとマネージャーと他の部員達が数人、駆け足で続いた。
ジャージに着替えて駕籠に乗り込んだ高橋なずなは、初めての駕籠に嬉しさとドキドキが停まらなかった。
だが、いざ乗って出発し始めると前後左右や上下など予測不能な激しい動きに、駕籠の中にぶら下がっている太い紐を必死に両手で掴まって凌ぐのに精一杯だった。
いや…さすがに…高橋…重すぎ…担ぐのもしんどかったけど…走るの…マジ…死にそう…勝馬…大丈夫かなぁ?…あいつ、さっき高橋に肩、バーンってやられて痛がってたけど…
ううわっ…何、この重さ…やっぱ今まで練習してた方が…楽だったなぁ…あ、でも…それじゃ試合に勝てないし…しっかしきっつい…俺、鍛え方足りねぇのかな?…それより…こんまま、神社の階段、上れっかな…いや…上れるさ…うん…毎日あの355段上って下りて、上って下りてんだもん…何往復もしてんだもん…絶対、大丈夫…うん…多分…つっちー…リードしてくれてんだから…俺もしっかりついてかないと…
ひゃあ~っ!こぅわっ!何?これっ?…北側に頼まれちゃったから、ほいほい引き受けちゃったけど…何?これ!落ちる落ちる…あっぶね…何?ちょっとも片手外せないってか…ずっと両手じゃないとバランスが…あ、でも、ずっとこの体勢…きっつ…
わぁ、すげぇ…土田先輩と北側先輩、やっぱすげぇ…あんなデブ乗せてんのに…いつもとさほど変わらないスピードで走って…すげぇ…尊敬するぅ…俺ならぜってぇ無理…無理だし…駕籠担いで走ってる先輩達…なんかかっけー!俺らも先輩達みたいにかっけーってなりてぇ…けど…あのデブじゃ…ちょっと無理かなぁ…だから…やっぱすげぇよ!ハンパねぇ!
後ろからついて来た1年の鎌田大地は、担ぎ手の土田と北側を尊敬の眼差しで追いかけるのだった。
神社へ続く長い石段の一番下に到着した時、コーチの柳沢から「ストップ!」がかかった。
これ以上の練習は逆に担ぎ手の怪我に繋がるとの判断で、一旦駕籠を下に降ろしコーチが学校に戻って車を取って来る間、軽い休憩となった。
いつもの練習よりも随分重い高橋を乗せて走った土田と北側は、全身から汗が勝手にどんどん噴出した。
それと同時に今まで味わったことのない、疲労感に見舞われてその場に倒れそうになっていた。
彼らの体を心配し、コーチと共に自転車でついて来たマネージャーの門倉ひかりは、飲み物部に作ってもらった特製ドリンクとタオルを渡すと、轅が当たっている二人の肩の辺りにそれぞれ服の上からコールドスプレーをかけてあげた。
結局、高橋を乗せて階段を上るのを中止し、普段通り試合の規定と同じ体重約60キロの1年の鎌田大地が駕籠に乗り込むこととなった。
「ごめんな、高橋…。」と土田、「折角付き合ってもらったのに、ホントごめん。」と北側。
二人は高橋なずなにぺこりと頭を下げた。
「あっ、やっ…そんな、謝んないでよ…逆に…。」
「逆に何?」とそこにいる全員がそう思った。
逆に…なんか…あたしが重すぎるから…だから、二人の体…壊しちゃうとこだったんでしょ…ごめんね…重くてさ…デブでさ…好きで太ってんじゃないんだけどさ…ホントは痩せたいって思ってはいるんだけどさ…でも…なんか…色々美味しいからさ…ホント…ごめんね…特に北側はさ…こんなデブ女なんかホントは嫌いなんだよね?…さっきはつい誘われちゃったから…ちょっと調子こいて自惚れちゃったけど…ホントは…あたしなんか誘うどころか、同じクラスでも眼中にないんでしょ?きっとそうだよね…るかちゃんとか、ちかちゃんみたいに可愛くないもんね…あたしみたいなデブなんて、誰も好きになってくれる訳ないもんね…わかってんだ…そう、ちゃんとわかってんの…わかってんだけど…ちょっとだけ嬉しかったな…北側と喋れたしさ…あ、そだ…あたし…ちゃんとダイエットしよっかな…そうだね…こんなままじゃ駄目に決まってるもんね…なんか…あたし…何なんだろ…
柳沢コーチの車の中で、高橋なずなは堪らず泣いてしまった。
「あれっ?えっ?どしたぁ?高橋…駕籠、乗るのきつかったのかぁ?ごめんなぁ…揺れるし、酔って吐きそうになるだろう?初めて乗るとなかなかなぁ…なんかごめんなぁ…急に特訓につきあってもらって…具合悪いのか?ん?大丈夫か?…あ、そだ…みんなには言うなよぉ~…。」
そう言って柳沢コーチは途中にあった自動販売機で、ペットボトルのオレンジジュースを買ってくれた。
「せ、せんっ、せいっ…っく…あっ…ありが…とう…。」
「いいっていいって…それより、今日はごめんなぁ…本当にありがとうなぁ…。」
最後まで読んでくださり、ホントにありがとうございました。
お話はまだ続きますので、どうぞよろしくお願い致します。