第五話
お弁当屋さんの娘が思い切って、パンを買うお話です。
いいなぁ…梅島先生、富田さんと元同級生なんだもんね…そりゃ、いつでも仲良く話できるよねぇ…あたしも、富田さんとお話したいなぁ…あ、ああ、そだ、そだ、そだ、ああ、どうしよう…いいこと思いついちゃった…
そう思うが早いか、お弁当屋の娘、米沢みゆは代車を外に放ったまま、急いで玄関に戻って来た。
「富田さん!」
もう店に戻る支度がすっかり済んでいた富田公介は、不意に大声で名前を呼ばれて心臓が飛び出そうなほど驚いてしまった。
「へっ?ふぁい?」
だだだだと走って来た小柄の若い女の子の姿が、なんだか鬼気迫る迫力だった。
「あのっ!」
「は、はいっ…な、なんでしょう?」
富田は叱られるんじゃないかと、全身が固まった。
「ごめんなさい!もう、全部しまっちゃってるのに…あの、パン、欲しいなって思って…。」
きっぱりした口調に、富田はまだ若干緊張したまま、ぎこちない笑顔で応対した。
「…ごめんね…これしか残ってないんだけど…。」
「ううん、逆にあたしこそごめんなさい…。」
「いいえぇ、大丈夫ですよぉ…だって、お客さんだから…こちらこそ嬉しいしありがたいですよ。」
積まれたバットの一番上だけ、みゆにもちゃんと見えるようにと、富田はわざわざ下ろしてくれた。
「ホント、ごめんなさい…いっつも、あたしも食べたいなって思ってるんだけど…学生さん達より先に買う訳にいかないから…。」
「あはは…まぁ、そうだよね…あ、でも、お店に来てもらえたら…ねぇ。」
「そ、そうですよね…じゃ、今度…あの。」
そう言って米沢みゆは、7個ほど残っていたパンの中から5つ選んで買った。
「まいどあり…今度、僕もみゆちゃんとこのお弁当買いたいな…。」
「あ!あ、うちもお店に来てもらえたらいつでも…あの。」
「ははは、そっか…そうだね…確かにそうだった…ははは…駅前の商店街のところだったよね。」
「はい、そうです…富田さんのパン屋さんは、この近くのバスセンターの傍でしたよね。」
「そうそう…今日は、ありがとね…ほぼ毎日顔合わせてるけど、こうやってちゃんと話すの初めてだね…ふふふ…不思議だね…お互い顔は知ってるのにね…ふふふ。」
「お~!みゆ~!行くぞぉ~!」
外から大声で呼ぶみゆの父は、富田に笑顔でぺこりと頭を下げた。
富田もぺこりと頭を下げてから、ゆらゆらとみゆの後姿に手を振った。
「なんだみゆ、お前、富田さんとこのパン買ったのか?」
「うん。」
「そうか…美味いんだよなぁ、富田さんとこの…おう、父さんにも1個けれ。」
「え~っ!」
「ほ、ほら…パン代やるから…。」
「嘘だよ~ん!いいよ、父さん先に好きなの選びなよ…パン代は…別にいいよ。」
「そういう訳にはいかねぇだろうよ…ほらっ…。」
そう言うと、みゆの父はみゆの手のひらに500円玉をぎゅっとねじ込むように握らせた。
「えへへ。」
「なんだ、みゆ…。」
「えへへ…何でもない。」
帰りの車内で米沢みゆは富田のところで買った、可愛くない何かしらの動物の形のクリームパンを手に取った。
これ…猫?それとも犬かなぁ?きつね?っぽい感じもするけど…あはは…美味しいからまぁいっか…ふふふ…富田さんのセンス…ふふふ…ふふふふふ…ふふふふふふふ…
口の中いっぱい、黄色いカスタードクリームとパンの絶妙な味が広がった。
最後まで読んでくださり、本当にどうもありがとうございました。
お話はまだまだ続きますので、どうぞよろしくお願い致します。