第四話
パン屋のお兄さんと同級生の物理の先生の関係のお話です。
「と~みぃ~たくん…。」
「ん?は、はい?」
「もう終わり?」
「あ、だいじょぶだよ…だけど、もう残り少ないけど…いいかい?」
「うん、いい。」
「そっか…じゃあ、どうぞ…決まったら呼んで!」
「あ、あのさぁ…。」
「ん?何?どした?」
「ああ、あはは…ごめん…あのさ、これ…日本海サンドと太平洋サンドって何って思って。」
「あ~、これ?新作のサンドイッチなんだけど…日本海がぁ、かにカマとレタスのサンドイッチで、太平洋の方は海老のすり身とキュウリのサンドイッチなのさ…今日はもうどっちも売り切れちゃってるけどさ。」
「へ~え、でも、なんで日本海がかにカマで、太平洋が海老のすり身?」
「あ~、それ?や~なんかさ、イメージ、あくまでもイメージなんだけどさ…日本海って越前蟹とか紅ズワイ蟹とかさ、タラバとかの産地じゃん…んで、太平洋はさぁ、ま~、そうだねぇ…アメリカに続いてるからぁ…ロブスターって太平洋っぽいかなぁってことで、ロブスターは海老だから…まっ、そんなとこかなっ…ははははは。」
「そうなんだぁ…テキトー…あはははは…人気あんだね…今日は残念…今度、早めに来て買おっかな。」
「ああ、どっちも店の方でもあるから…ここじゃなくても、買えるよ!」
「そっ…じゃあ、今度、お店の方に行こうかな。」
「うん、おいでよ…やよいちゃんならいつでも歓迎。」
…えっ…それ…どういう意味?
学校の購買部にパンを売りに来ていた富田公介は、かつてこの学校でクラスメイトだった物理教師の梅島やよいが売れ残りからパンを選んでいる間、せっせと代車に薄黄色のバットを運んで乗せていた。
「あ、あのさぁ~…決まったよぉ~!お会計お願いしま~す。」
「はいはい…ちょっと待ってね…今、計算するから…って、そだ…やよいちゃん、授業…。」
「ああ、4時間目ね、あたし、授業無いのさ…。」
「そっか…ふ~ん…。」
「そうなの…今日たまたまお弁当忘れちゃって…あっちもちらっと見てきたんだけど…全部売り切れなんだってさ…。」
梅島やよいが小さく指差した先には、小柄な若い女性が周りをまるで気にしない様子でせっせと使った大きな、パン屋と同じ薄黄色のバットを大きめの代車にどんどん荒っぽく積んでいた。
「ああ、お弁当とかおにぎりはねぇ…男子とか女子でも運動部の子は、部活の後用とかでも買ってくから…。」
「まぁ、そうだよね…あたし達の時代もそうだったっけね。」
「そうそう、そんでどっちかっつうとパンは女子が多く買ってくれるんだけど…やっぱ米には勝てないんだよね…腹持ちの違いあるから…高校生はすぐ腹減るから。」
富田から買ったパンとおつりを受け取るも、やよいはすぐに立ち去らず話を続けた。
「あ、そういえば…富田君、まみとしん君の結婚式行くの?」
「うん、行くよ…確か…今度の土曜日だよねぇ…だからさ、店お休みにして行こうと思ってるけど…やよいちゃんは?」
「あたしさぁ、行けないんだよねぇ。」
「そっかぁ…なんか用事あんだぁ。」
「そうなの…大喜利部の全国大会あるんだよねぇ…だからさ、あたし、顧問だから引率しないとなんなくて…。」
梅島やよいは大きなため息をひとつついた。
「ああ、大喜利部って…まだ、あんだぁ…ふ~ん、そっかぁ…そうなんだぁ…。」
「懐かしいでしょ?まだ、ちゃんとあんの、活動してんの…今度の土曜日、全国大会だからさ、ここ一ヶ月ほど毎日部活で練習してんの…手芸部の皆さんにわざわざ座布団いっぱい作ってもらってさ、大舞台でやるから部室じゃ駄目だ、緊張に慣れなくちゃってことで、ほら、あそこ見て!」
「えっ?どこ?どこ?」
「ほら、ロビーのとこ。」
「あ~、はいはい、なんかカラフルな座布団いっぱいあるねぇ。」
「そうなの…本番で緊張しちゃったら負けちゃうからって、部員の子達がね、毎日、放課後、あそこで大喜利の練習してさ、他の生徒達とか先生達とか、来客の人とかさ、後PTAの人達とかに見てもらってんの…偉いんだよぉ~…あいうえお作文とかさ、なんか色々頑張ってるよ…瞬発力が重要だからって…手ぇ上げる練習とかもやってるみたい。」
「す、すごいね…なんか…じゃさ、そこまで頑張ってるんなら、絶対優勝してほしいよね。」
「うん、まぁねぇ…あ、じゃ、あたし、もう行くね、ごめんね、なんか長々邪魔しちゃって…。」
「そんな、邪魔って…それよりさ、大喜利部頑張って!俺もさ、こっからだけど応援してっから…あ、そだ、これさ…部活の子達と食べてよ…。」
「え、いいの?こんなに。」
「あ、うん…それさ、見習いの子が作ったやつなんだけど…売り物にはなんないけど、食べきれないし、かといって捨てちゃうのももったいないから…こっちももらってもらって逆に助かるかなっ…。」
「そっか…そだ、まみとしん君におめでとうって言っておいてね…まぁ、あたしからも言うけどさ…ははは、じゃね。」
富田と梅島が笑顔で別れたところを、お弁当屋の娘、米沢みゆはじっとりした目で数秒見つめた後、そそくさと代車を押して外に出て行った。
最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
まだまだ続きますので、どうぞよろしくお願い致します。