第三十三話
お話の続きです。
どうぞ宜しくお願いします。
「これ…嬉しいけど…けどなぁ…はぁ…。」
思いがけず晩御飯をご馳走してもらった後輩の熊岡から、部屋で育てたという野菜を少しもらったのは本当に嬉しかった。
だが、万能ネギ、青しそ、みょうが、しょうが、カボスと、麺類の薬味的なものばかり。
給料日まで残り4日となった今、片山の部屋には実家からもらった米、後は味噌と醤油、サラダ油にマーガリン、そして、マヨネーズやケチャップなどの調味料がそれぞれ量もバラバラにあるだけ。
普段、自炊しているにしても、もらった薬味でどうしたらいいのか、正直困っていた。
「あ!ああああ~!どしたの?今、帰り?」
テンション高く声をかけてきたのは、「ピンキーハート」の対馬みずきだった。
「ああ、おうよ…そういうみずきは?」
「ああ、あたし?あたしはさ、今日女子会だったから…ちょろっと飲んできちゃった!えへへへへへ。」
どうりで陽気な訳だと思った。
「ねぇ、それ何?なんか美味しいもの?」
みずきは片山が手にぶら下げている半透明のレジ袋が気になった。
「ああ、これ?」
ちょっぴり酔いが回っているみずきは、首をカクンと上下に振った。
「熊んとこでもらったんだよね。」
「へ?熊?」
「そう、熊さ、部屋ん中で色んな野菜いっぱい育ててんだわ…俺も、今日初めて上がらしてもらってびっくりよ!すげぇよ!あいつ!それで食費浮かせてんだって…たいしたもんだわ…うん。」
「へぇ~…そうなんだぁ。」
みずきは袋の中を見せてもらった。
「ははは、すごいね…ははははは…でも、これ、うどんとかの薬味ばっかだね…ははははは。」
「あ…うん…そうなのよ…もらったは嬉しいんだけど、どうすっかなぁって…ははは…なんかこれら使った料理でも検索してみっかなって…あいつみたいだけどさ…。」
二人の脳裏に熊岡の顔が過ぎった。
「ははははは…そだねぇ…検索…ははははは。」
「おう!お前ら!お~!久しぶりだなぁ…わははははは。」
片山とみずきが立ち話していると、通りの向こうから聞いたことがある声がした。
「えっ?」
「あ、せんせ~!」
声をかけてくれたのは、片山とみずきの母校、花と森の愛高校の駕籠部コーチ柳沢だった。
「お前ら元気だったかぁ…あれ?片山、お前随分細くなっちまって…ちゃんと飯食ってんのかぁ?大丈夫かぁ?」
高校時代駕籠部に所属していた片山は、高校を卒業と同時に同じ市内ながらも家を出て一人暮らしをしているのだが、コーチの柳沢にはまだそのことを伝えていなかった。
「先生こそ…どうしたんですか?こんなところで…。」
「ああ、俺か…女房がさ、出産控えてるもんだから…今、実家に帰っちゃっててさ…だもんだから、ちょっとな、飯でもと思って食ってきたとこなんだけどさ…。」
「ところでお前達、何?つきあってんの?」
「え!」
「あ、いや…。」
片山とみずきはそれまでお互いのことなぞまるで意識していなかったのだが、第三者からそう言われると急に相手のことが気になり、そうなるとなんだか顔を見合わせるのも恥ずかしい様な気がした。
「そうそう…そうだ…お前らさ、いいところで会ったわ…あのよぉ…ちょっと…その…なんだ…相談って言う訳でもないんだけど…その…何て言うか、その…。」
「何だよ、先生、モジモジ…言うのか言わないのかはっきりしてくれよぉ…こっちだって、そこまで聞いたら気になってしゃあないよ。」
「そうだよ、先生…あたし達に教えてよ…何?どうしたのよ?」
「ああ…そうかぁ…あのさぁ…今朝な…クラスの女子からこんなのもらったんだけど…まだ、開けてないんだけど…どうしたもんかなぁと思ってよ…俺も教師生活そこそこ長いけど…こんなこたぁ、初めてなもんだから…。」
そう言うなり、柳沢は肩から斜めにかけている大きなカバンに手を入れてごそごそやると、しわしわになってしまった封筒を取り出した。
それは可愛らしい猫のキャラクターが描かれている、ピンクの封筒だった。
「これ…なんだけどな…お前ら、どう思うよ…。」
少しにやけた顔の柳沢は、片山とみずきに尋ねてきた。
片山もみずきも揃って、「先生、もう答えわかってんじゃん!それってラブレターじゃないの?」と言った。
にやにやしている片山なぞは、照れている柳沢を肘で小突いたぐらいにして。
「そ、そうか?やっぱ…そう思うか?えへへ…だよなぁ…やっぱ、そうだよなぁ…へへへ…でも、先生さ…結婚してるからさぁ…。」
柳沢は鼻の下を伸ばしたにやけ顔で、急に自分のことを「先生」と言い出した。
「そうだけど…でも、ラブレターぐらいなら…なぁ…。」
「うん、別に付き合いたいとかって言うんじゃなくて…自分の気持ちを伝えたかったってだけなんじゃない?」
「俺もそう思うよ、先生…。」
「そうかぁ…そうかぁ…へへへ。」
「そだ、開けて中、見なよ!」
「そうそう、先生、中、見てみたら?」
「そ、そうかぁ…へへへ…じゃあ…開けてみっかな…いいか?開けるぞ。」
少しじらす柳沢のことを、片山とみずきは「うざい。」と思った。
ピリピリピリ。
封筒とお揃いの猫のキャラクターのシールをそうっと剥がすと、中には「進路調査表」が入っていた。
「あ…。」
中を見る前までの祭りはとうに終わっていた。
3人の間に気まずい空気が流れた。
ほんの数秒の沈黙の後、最初に声を出したのは片山だった。
「あ、あのさ…先生…あの…俺らもうさ…帰るね…じゃ…あの…また…その…今度、部活に顔出すね…じゃ…先生…失礼しま~す…。」
な~んだというショックのまま、呆然としている柳沢をその場に残したまま、片山はみずきの手をがっと繋ぐとそそくさと引っ張ってその場を離れた。
「あははははははははは…。」
「はははははは…あ~…面白かったぁ…あははははははは…。」
柳沢の姿が見えなくなった小さな公園まで来ると、二人はゲラゲラ笑った。
「なぁ、面白かったなぁ…ははははは…あの、柳沢の顔っ…あはははははは…駄目だ…思い出すと…ははははははは。」
ひとしきり笑った二人は、がっちりと手を繋いでいることを忘れていたのだった。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願いします。




