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第三十二話

お話の続きです。

どうぞ宜しくお願いします。


ツツツ、ペタン、ツツツ、ペタン。

ズキュン熊岡こと、熊岡ひろゆきは前日に前輪がパンクしてしまった自転車を押しながら、ホームセンターまでやって来た。

「いらっしゃいま…あ…熊っ…。」

そこの自転車コーナーでパンク修理などをしている「がっつりめし」の片山は、驚いてそれ以上何も言えなくなった。

「あ…あの…昨日は…そんで…あの…。」

パンクした自転車とバツが悪そうな顔で若干怯えたような熊岡を見ると、片山はいつもやっている手順でさっさと修理に取り掛かった。

「ああ…それにさ、書き込んでおいてもらえっか?」

「あ、はい。」

熊岡は指示された通り、自転車修理の紙にドンドンと住所などを書き込んでいった。

「あの、先輩…書き終わりましたんで…あの…はい、あのこれ…。」

「おう…んで、え~と、修理にはだいたい20分ほどお時間いただきますが、よろしいでしょうか?」

急に普段通りの接客口調になった片山に、熊岡は少し戸惑いながらも「はい、あの、大丈夫です。」と答えた。


「…ん~とさ…終わるまで、ここに居なくてもいいんだぞ…どっか行ってても…。」

「あ、やっ…ここに居てもいいですか?」

「ん~、まぁ、いいけど…見ててもつまんねぇぞ。」

「先輩達のショートコントみたいに?」

「って、はは、てんめぇ…はははは…言ってくれんじゃねぇか…ははは…てめぇのうんちくめくり芸だって、くっそつまんねぇだろうに…はははは。」

「へへへ…そう…なんですけどねぇ…へへへへへ。」

夕暮れ時のホームセンターは、学校や仕事帰りの人達で案外混んでいるのだった。


「…あの…先輩…あの…昨日は…あの…なんか…すいませんでした…あの…僕は良かれと思って…検索…。」

「あのさぁ…俺…お前のズキュン熊岡って芸名…。」

「…?」

「…すんげぇ、センスあるって思ってる。」

「えっ?あっ…えっ…あ、え~っ…あ…え?え?あ~…。」

「なんだよ、お前、あ~とえ~ばっかでやんの…ははははははは。」

熊岡もつられて笑った。


「ほらよ…出来た…これでもうパンクの心配なし!」

「ありがとうございました。」

熊岡はそう言うと、修理代3200円を払いその場を立ち去ろうとした。

「あ、なぁ、熊っ!」

「はい?何でしょう?」

「俺、今日、これであがりなんだわ。」

「はぁ。」

「駐輪場んとこで待っててもらえっか?」

「はい。」


「おう、待たせちまったなぁ…わりぃ、ほらこれ…。」

そう言って片山は熊岡に缶コーヒーを投げて寄こした。

「あ、ありがとうございます!いただきます!」

プシュッ。

「そだ、お前、これから飯…。」

片山はそこまで言いかけながら、財布の中を見て喋るのをやめた。

随分前に売れた先輩芸人がハワイに行ったお土産にもらったブランド物だけど、今じゃボロボロのお財布にはたった783円しか入っていなかった。

「わりぃ…飯は次回な…はぁ~…今度の火曜日までだから…残り後4日かぁ…給料日までちょっと待ってくれなっ…。」

片手で拝むようなポーズをとった片山は、歩きながら缶コーヒーをぐびぐび飲んだ。

「あ、じゃあ…あの…先輩!家、来ませんか?僕、ご飯作るんで…一緒に食べませんか?」

「え?そうか?…じゃ、遠慮なく…。」

熊岡のアパートに行くのは初めてだった。


築約40年のアパートの2階の端が、熊岡の部屋だった。

「お邪魔しま~すっ!…って…えっ?なんだ?なんだ?…ここは…植物園?」

6畳の部屋と2畳ほどの台所、それに狭いユニットバスがついた熊岡の部屋は、至る所に植物が育てられていた。

「あ、すいません、びっくりさせちゃって…あの、僕、野菜…育ててるから…。」

「はぁ?」

「ああ、一人暮らしだし、バイト代だけでやってくのってなかなか大変じゃないですかぁ…なので、少しでも食費を減らそうと思って…野菜を育ててるんです…ネギと小松菜なんかいいですよぉ…植えると割とすぐ収穫できるし…あ、特にネギなんか万能だから、切っても切ってもすぐに生えてくるし…それに納豆に入れるも良し、蕎麦とかうどんとかラーメンなんかに入れるも良し…玉ねぎ買わないで、この万能ネギでカレーとかシチュー作るんですよ!へへへ…あ、ちょっと待っててくださいね…今、すぐ作りますから…適当にくつろいで下さい。」


さんまの蒲焼の缶詰を玉子でとじて、上に万能ネギを散らした丼飯と、小松菜のおひたしはやけに美味しいお袋の味だった。


「お前さ…すげぇなぁ…部屋ん中で野菜を育てるって発想…俺にはなかったよ…お前、やっぱ、すげぇな!」

「あ、いや…そんな…大学で…品種改良とかの研究やってて…だから、野菜作りは慣れてるってのか…まぁ…そ…んな感じです。」

「ふ~ん…そっかぁ…そうなんだぁ…あ、でも、何でこっちの世界に…。」

「ああ、それは…。」

大学院時代、教授主催の研究室の飲み会でたまたまちょっとだけやった余興が、当時付き合っていた彼女に大うけしたのがきっかけだった。

「あははははははは、熊岡君、ちょ~ウケるぅ~…ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ…やだ…面白すぎて、あたし、笑い死んじゃうよぉ~…ははははは。」

飲み会に参加した全員にウケた訳じゃなかった。

むしろ、彼女だけにウケただけ。

他のメンバーからは失笑だったと思う。

「そっかぁ…それでなんだぁ…。」

そう言う片山も、お笑いを始めたきっかけは「ただ何となく相方に誘われたから。」だった。


「…はぁ、美味かった、ご馳走さんでした…じゃな、俺、帰るわ…また、今度、打ち合わせでな…お互い頑張ろうな!あ、それと、手、お大事に!じゃな!」

「はい!」

こちらを振り向くことなく手を振る片山の後姿に、熊岡は何故か合掌で見送った。


…かっけ~!片山先輩…かっけ~なぁ…それに比べて僕は…

はぁ。

熊岡は深いため息をついた。

ふと見上げた空は、真っ黒の中にラメのような星が薄っすら煌いているのだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

お話はまだ続きますんで、引き続き宜しくお願いします。

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