第二十五話
お話の続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
「ごちそうさま!何かわりぃな。」
店を出てすぐ宮島がお礼を言うと、多田は首を激しくぶんぶんと横に振った。
「あ~…美味かったぁ…たまにはいいなぁ、おしることところてん…って、お前は違うの食ってたっけ、ははは。」
宮島の少し後ろを歩く多田は、おはぎを食べたのだった。
「はぁ~…。」
「…ホント…ありがと…何か…目、覚めたってか…ん…ありがと。」
「ん?…ああ、さっきの?…そんなの…。」
ゆっくりと歩く二人の間に、沈黙が流れた。
「去年…。」
話を切り出したのは宮島だった。
「…一緒に暮らしてたじいちゃんが死んじまってさ…。」
「…。」
「そんで…肺がんだったんだけど…逝っちまってからの1ヶ月、2ヶ月ぐらいがさ、すんげぇ哀しいのに…そんな暇ないってぐらい、同時にすんげぇ忙しくてさ…。」
「…。」
「最初の一週間は毎日坊さん来てお経あげてくれて、そんで親戚とか近所の人とかじいちゃんの友達とか、まぁ色んな人が来てくれて…ありがたいんだけど…お茶とか出さねぇとなんねぇし…後さ、じいちゃんの死亡通知とか出して戸籍から抹消してもらうとか…死んでしまうと、もうこの世の人間じゃないから…戸籍とか通帳とか…何つうんだろ…その人が生きてた痕跡ってのか、そういうの、全部消していくのな…哀しいけど…哀しんでる間もないほどすぐにそういうのやらなくちゃなんないみたいでさ…。」
「…。」
「…そんで…1年経ってさ…ばあちゃん、やっとこじいちゃんの遺品の整理する気になって…この間、みんなで手伝ったんだけど…。」
そこまで話すと、宮島は一旦立ち止まって夕焼け空を見上げた。
「…あ…あ…それ…で?」
「あ、ん?ああ、そうそう…続きな…遺品っつってもさ、じいちゃんの着てた服とか靴とかはいいけど…よれよれで毛玉だらけのももひきとかさ、お茶か何かの茶色い染みが残ったまんまのランニングシャツとか…そういうの家族とは言え、見られるのって恥ずかしいよなぁって思ったり…穴開いた靴下とかもあったし…後さ…じいちゃんの部屋の押入れのでっかいダンボールからさ…んぶぶぶぶぶ~。」
「…?えっ?何?」
「ぶぶぶぶ…あ、ごめん…思い出したら…ぶぶぶぶふぅ~…あははははは。」
「え?何?何?どしたの?教えなさいよ!」
「ああ、あははは…それがさ、ふふふ…大量のエロ雑誌とエロDVDが出てきてさぁ…はははは…じいちゃん、じいちゃんだけど…やっぱり男だったんだよなぁって思ってさ…あはははは…おっぱい好きだったんだなぁって…巨乳ものばっかだったからさ…はははは。」
「えっ?ヤダっ!」
「だろ?さっきお前さ、あっこから死のうと思ったみたいだけど…死んだらさ、誰にも見られたくないそういうのとかも全部…ぜ~んぶ発見されちゃうんだぜ!お前…パンツとかブラジャーとかもそうだけど…スマホとか、もしか書いてたら日記とかさ…見られたくないだろ?な?」
宮島の話を聞いて、多田の脳裏には雑然とした自分の部屋や、縫い目が少しほどけてゴムが見えかかっている、よれよれだけどお気に入りのイチゴ柄のパンツだのが思い出され、そういうのをすっかり処分するなり、綺麗にしておかないとうかつに「死のう」なんて考えちゃ駄目だと強く思った。
それと同時にそういう、自分が見られたくない物とかをすっきり整理や処分していくうちに、自然に「死にたい」って気持ちも薄れていくんだろうなぁとも思った。
「ホント、そだね…宮島さ…あんた、良い事言うね…すんごく勉強になったわ…ありがと。」
「じゃあな!多田、もう変な気起こすなよ!約束!なっ!」
「うん!」
別れ際、宮島と指切りをした多田の心は、いつの間にかすっかり軽くなっていたのだった。
「ただいまぁ~!」
…おかえりぃ~!つばさ…抱っこ!抱っこ!
「あ~、ただいま、リリー…ちょっと待ってな…今、手ぇ洗ってくっから。」
…いや~ん、つばさ…抱っこして!抱っこしてったら~!
洗面所までついて来た飼い猫のリリーは、真っ白い体をつばさのズボンにすりすりと擦りつけた。
そして、後ろ足で立ち上がり両前足を宮島のズボンに乗っけ、更に抱っこをせがんだ。
「あ~、はいはい、お待たせぇ~!」
笑顔の宮島に抱っこされると、リリーは静かに目を閉じた。
…つばさ…大しゅき…抱っこ、気持ちいいにゃあ…くんくん…あれ?つばさ…何かいい匂いがする…これは…え~と…え~と…。
リリーの小さな頭の中にぼんやりと、じいちゃんの月命日に仏壇に上がるおはぎが浮かんだのだった。
…リリーね、つばさ、しゅきぃ~…むにゃむにゃ…。
宮島の腕に抱かれ体を優しく撫でられると、リリーはいつしか眠りの世界に入り込んでいくのだった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、これからもどうぞ宜しくお願い致します。




