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第二十一話

少し切ない片思いです。


「なぁ、俺さ、新曲の歌詞思いついちゃったから、ちょっこし書き留めといたんだけど…スタジオ行ったら見てくれなっ!」

予約してある駅前のスタジオに向かいながら、大森ジョーはバンド仲間の上田と下田にそうお願いすると、ぴゅ~ぴゅろ~んとほとんど息の音しか聞こえない口笛を吹いて見せた。

駅前にあるCDショップが入るビルには、ピアノやエレクトーンの他、バンドの基礎となるギターやドラム、ベースを習う音楽教室もテナントとして入っており、その一角にはバンドの練習が出来るスタジオも完備している。

大森達は2週に一度の割合で、そこを借りて学食でのライブの練習を重ねているのだった。

「…一年~前はトップレス…今こそ、みんな立ち上がれぇ~…。」

上機嫌でふんふんと鼻歌を歌いながら先頭を歩いている大森は、駅前まで来るとそこいら中の視線を独り占めしていた。

「ぶっ…何?あの歌。」

丁度駅から出て来た山野かずえは、すれ違った大森達を振り返ると再び笑いが湧いてきて歩きながら思わず噴き出してしまった。


若いってなんかいいなぁ…あはははは…。


心の片隅に大森達を僅かに残したまま、かずえは行きつけの花屋に立ち寄ると2500円の季節の花束を買った。

そして、そのまま懐かしの母校「花と森の愛高校」へ向かう道を歩き始めた。

オレンジ色の夕焼けを背にゆっくりと進むと、校門の前辺りで元同級生の今はこの高校で物理の教師をして大喜利部の顧問の梅島やよいにばったり会った。

「あ~!久しぶりぃ~!やよ、元気だったぁ?あ、そっか…ここで先生やってんだったっけねぇ…。」

「そうそう、や~、かずえは元気ぃ?それより、こんなとこで会うなんて…。」

やよいがそこまで言いかけると、かずえは眉をへの字にした頼りない笑顔を見せた。

「あ…ごめん…そっか…今日…。」

かずえが手にしている花束を見て、やよいは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「あ、うん、そうだけど…やよ、なんも謝んないで…大丈夫だから…逆に気ぃ使わせてごめんね。」

「ううん…そんなの…。」

二人は暫く沈黙し、その場に佇んだ。

「あ、じゃあ…あたし、行くね…。」

「あ、じゃあ、あたしも一緒に…。」

「ごめん、やよ…気持ちはありがたいんだけど…ん~…大丈夫よ…それより、今度ゆっくりご飯でも食べに行こうよ…ねっ!」

「そ、そう?ホントに大丈夫?」

かずえがこくんと頷くと、やよいはわかったと哀しげな笑顔で手を振りながらかずえが来た方向に歩いて行った。


そっか…やよ、ここの先生だったもんねぇ…そっかぁ…。


高校の校舎を通り過ぎグラウンドの辺りからは緩い上り坂になっている。

そこを道なりに進んで行くとバスセンターがあるのだが、その途中にある大きなカーブのガードレールに到着するとかずえはしゃがんで買ってきた花束をその場に供えた。

静かに手を合わせ目を閉じると、途端に大好きだった龍一の笑顔が浮かんだ。

「かずえ、もういいんだよ…僕のことはもういいんだよ。」

脳内で再生された龍一の声に、かずえは思わず涙がこぼれた。

「龍一さん…あたし…あたし…。」


その悲惨な事故はもう5年も前の出来事。

憧れていたハワイで親族だけの挙式をして2ヶ月、最愛の夫は帰らぬ人となったのだった。


「かずちゃん、いつもありがとうね、でもね、あなたもまだ若い…だから、龍一のことは…忘れて…とは言わないけれど…どうぞ、新しい縁を捜してみたらどうかしら?もしもかずちゃんが再婚したとしたって、あなたはいつまでも私達にとって娘のような、いや、娘だと思っているから…だからね、かずちゃん、もう龍一のことはいいから…大丈夫だから…あなたがいつまでも新しい縁を求めて踏み出してくれないと…私達も…こんなこというのもなんだけど…正直、辛いわ…だから、ねっ…かずちゃんのお父さん、お母さんにも本当にありがとうございましたって、どうかかずちゃんの幸せを…って…。」


お義母さん…お義母さんだって、お義父さんだってまだ辛いのに…あんな優しい言葉…ありがたいけど…わかってるんだけど…でも…やっぱり…あたしは…龍一さんが…


「お義姉さん!」

「あ、龍造君…。」

声をかけてきたのは死んだ龍一の弟、龍造だった。

二人は何を話せばいいのかわからず、夕焼けが沈むまで黙って手を合わせてその場に佇んだ。


「お義姉さん!」

切り出したのは龍造だった。

「ここで…兄さんが死んだこの場所で言うのもなんだけど…お義姉さん…僕は…僕は…ずっと前から…兄さんがあなたを家に連れてきたあの日からずっと…。」

「や、やめよう…ねっ!龍造君…ねっ…。」

「いや、僕は…やめません…僕は…ずっとあなたのことしか…。」

「やっ、やっぱ、やめようよ!そんな話…ねっ!お願い…。」

来た道を少しづつ戻りながら、かずえは動揺を隠せなかった。

「で、でもっ!…もう5年です!…お義姉さんが今でも兄貴のことを愛しているのは、僕だって十分わかっています…ですが…言わせてください!」

「駄目っ!龍造君…その先は言っちゃ駄目だよ…それより…お義父さんとお義母さんは元気?変わりない?…お義父さんは少し血圧が高めだから…あたし、心配で…お義母さんも去年の冬に転んで腰やっちゃったから…ハルのお散歩とか無理してないか心配で…。」

かずえは後ろを歩く龍造の方を決して振り向かず、話をどんどん進めた。

「お義姉さん…好きです…ずっとずっと好きです。」

かずえの足は止まった。

「ありがとう、龍造君…あたしも龍造君のことは弟として大好きだよ…だから、龍造君、こんなあたしなんかよりもさ、ほら、あそこに立ってるあの人…彼女…あなたのこと、好きなのよ…あんなに可愛い人を哀しませちゃ駄目よ…さ、彼女のとこに行ってあげて…お願い…彼女、あんなに泣いて…あなたのこと、死ぬほど好きなのよ…あたしにはわかるわ…彼女の気持ち…だから…ねっ…。」

かずえは振り向きもしないで龍造に手を振ると、自分達を見つめている可愛らしい女性の傍に来ると立ち止まり、きちんと頭を下げた。


龍造君をお願いします。


かずえの心の声が聞こえたかのように、通り過ぎると途端に彼女は龍造のところに駆け寄って行った。


龍一さん、ごめんね…あたし、やっぱりまだまだあなたのことしか…。


そうかい、かずえ…それでいいのかい?


ええ、ますますあなたのことしか…。


「…一年~前はトップレス…今こそ、みんな立ち上がれぇ~…って…ぶっ…ふふふふふふふ…変な歌…変な…ふふふふふ…あ~、お腹空いた…そだ、今日は龍一さんが好きだった、メンチカツ買ってこうっと…後はぁ…龍一さんが好きだった…揚げだし豆腐とぉ~…。」

駅前の商店街から吹いてくる風は、やけに美味しそうな匂いがしているのだった。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

お話はまだ続きますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。

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