第2話
片思いのきっかけって、こんな些細なことからなのかもしれないです。
「あ、ボタン…」
席替えで隣になった水野めいに、右腕の袖口についている3つのボタンの1つが取れかかっているのを指摘された。
「ん?ああ…」
「どれっ」
「あっ…」
俺が「あ」しか言ってない間に、日に焼けたごつい手が取れかけのボタンをブチッともいだ。
「あ~…」
脳内では「てめぇ、何しゃあがる!」だの沢山怒鳴っているのだけれど、すぐさま笑顔で「次の休み時間につけてあげるよ。」なんて言われてしまっては、土田和男だってそれ以上彼女に何か文句の一つでもという気は起きなかった。
「ああ…んん…そう…わりぃな…んん…」
もごもごと口が上手く回らない。
同じクラスになった4月、土田和男は水野めいの制服姿を見てたいそう驚いた。
「あ…あいつ…女?だったの?」
日に焼けた顔や手足、そして、男子と同じくらい短く切った真っ黒い髪、がっちりした肩に低めの声。
背は担任の福田先生と変わらないから、ざっと170センチぐらいなのだろう。
クラスが違った時、ジャージ姿で華奢な女子と一緒にいるところを何度か見たことがあったけれど…まさか女だとは、その時は思わなかったから。
だから、そん時隣の席だった山形るかにわざわざ「あのさ…あいつ…女?」って聞いてしまったほど。
そんな「ゴリラ女」と心の中で密かに思ってた水野めいの口から、取れかけたボタンを「次の休み時間につけてあげる」なんて言われたことに土田和男は訳も無くドキドキが止まらなくなっていた。
「あ、ごめん、縫いづらいから脱いでもらえるかな。」
「あ…うん…」
「すぐつけるから…」
「ああ…うん」
いつもなら休み時間は仲がいい友達の席に行く土田と水野だったが、今回は二人共チャイムが鳴っても席に腰掛けたままだった。
水野めいは使い込んだオレンジ色のエナメルバッグから、小さな平たい缶を出した。
どうやらそれはソーイングセットらしい。
「ふ~ん…そういうの持ってんだぁ…」
「えっ?何?」
「あ、いや…別に…」
男みたいなごつい手が細かく繊細な作業を進めていく。
休み時間のうちのほんの3分が、やけに長いように感じる。
「はい、できた。」
「あ、ありがと…」
「あのさ…あんまりじっくり見ないでね…下手くそだからさ…へへへ。」
「そ、そんなの…」
土田はそこまで言いながら、ボタンがついたブレザーを着た。
矢沢君!今の見てた?ねぇ、見てた?
あたしが土田のボタン縫い付けてるとこ、ちゃんと見てくれたかなぁ…あたし、結構女の子っぽいこと得意なんだよぉ~!…あ~、土田のボタンなんかじゃなくって、ホントは矢沢君のボタン、縫い付けてあげたかったよぉ~…でも、これはその時の為の練習、練習…少しでも矢沢君にアピールできてたら…あたし、それでいいんだぁ…いいんだもん!いいんだ…も~~~ん!
どらどら…ボタン、どうよ…って、きつく縫い付けてあっけど…下手くせぇなぁ…これなら俺の方がよっぽど上手くつけられるってもんだぜ…まぁ、でも、ゴリラだと思ってた女が一生懸命縫い付けてくれたからなぁ…それにしてもなんでこんなピンクの糸で…チラッと見えたけど、他にも黒とか目立たない色あっただろうに…って…はっ!まっ…まさかっ…こいつ…俺のこと…えっ?嘘だろ…誰か嘘だって言ってくれよ…あ、でも、またこっち見てるし…そう?なのか?…だから、ピンクの糸なのか?えっ?マジで?…ええ~~っ!…そ、そんなぁ…まぁ、タイプじゃねぇけど…でも…まぁ…しゃあないしなぁ…そっか…だから!だから、俺のボタン取れかかってるのに気づいた?とか?えっ…やべっ…なんだろ…急に心臓が…あれっ?マジで?…なんだろ…顔とか…なんかまともに見れねぇ…なんで?全然タイプじゃないのに…俺、どっちかっつうと色が白くて華奢で髪がふわふわ茶色っぽくて長い子の方がいいんだけど…あれっ?なんで?俺…こういうごついタイプもいけるってこと?か?…嘘だろ…嘘だよなぁ~…。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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